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第87話「強くなる」

 アドナロ城内を歩くゼベルト。頭に浮かぶのはプラグマに言われた言葉。『強くなってくれ。』

(そうだ、俺は強くなることしかできない。)

ゼベルトは自分のすべきことを思い出した。戦争でゼベルトはマリユスに負けている。彼と同等の強さを持つ相手を倒せるほどの強さをゼベルトは手に入れなければならなかった。

(最後の攻防。後の先の向こう側。『先の先。』あれを習得できれば…。)

『先の先』。後の先とは違う。相手の後隙ではなく、敵が攻撃をする前の隙に自身の攻撃を合わせる技術。ゼベルトが明確に目標にする技術だった。

(誰かと手合わせして、あの時の感覚を呼び起こしたいが…。)

ゼベルトと同程度の力量を持つ者。ヴェンデルとイザーク、バルトルトは戦争で死んでしまった。いなくなった仲間をまたゼベルトは思い出した。

「ちっ…。」

悲しみに包まれそうになる自分をゼベルトは必死に抑える。

「…あ。」

周りからの視線でゼベルトは自身から怒気が漏れていたことに気づいた。王城内には当然人族の執事や侍女、兵がいる。彼らがゼベルトを見て恐れていた。まじまじと額を見つめられ、魔族であるゼベルトに生えている魔石角が人族には物珍しく、そしてそれは魔族としての恐怖の象徴でもあった。


 あまり好ましくない視線を向けられながら、ゼベルトは城内を歩き、訓練場に向かう。実際、魔族を見たことのない人族は多かった。魔族に国が取られるなど思いもしなかった人族がほとんどだった。仲間が命を落とし、大勢の血が流れた戦争。その後にある不思議な日常にゼベルトは少し酔いそうになる。

「おい、そこの兵3人。ちょっと鍛錬に付き合ってくれるか?」

「え、自分達ですか?」

酔いを無視して、ゼベルトは訓練場で荷物を運んでいた魔族兵3人に声をかけた。

「あの、メルクル家のゼベルトさんですよね? 序列上位の相手に俺たちなれないと思うんですけど…。」

「そうですよ。俺たちクソ雑魚っす。」

「うんうん。」

若い3人の兵は謙遜して、ゼベルトの提案に反対する。

「いや、そんな激しい鍛錬はしない。とりあえず木剣を持ってこっちに来てくれ。」

ゼベルトは手に木剣を持って訓練場中央に歩いていく。それを見て3人の兵もついてくる。


「好きなように、俺を叩いてくれ。」

「「「え?」」」

3人同時にゼベルトの言葉に驚く。

「いや流石に…。」

「大丈夫だ。3人で俺を囲うようにして、好きなだけ叩いてくれ。もちろん俺は抵抗するから。」

柔軟体操をしながら、ゼベルトは言った。

「「えぇ…。」」

兵たちは顔を見合わせながら、『どうする?』と相談する。

「3人とも、名前を教えてくれ。」

ゼベルトが質問をする。

「ヨーゼフです。」

「カールです。」

「ロータルです。」

3人は順に答えた。

「ヨーゼフ、カール、ロータル。鍛錬に付き合ってくれたら報酬を出す。これでいいか?」

名前を呼んでゼベルトは金貨3枚をヨーゼフに飛ばした。

「うわっと。」

驚きながらヨーゼフは金貨を受け取る。

「ほ、ほんとにいいんすか?」

カールが聞く。ロータルは金貨に眼を奪われていた。

「大丈夫だ。早く来い。」

余裕綽々なゼベルト。3人は戸惑いながら、木剣を構えた。


「じゃ、じゃあ遠慮なく…。オリャっ!!」

ヨーゼフがゼベルトの正面から木剣を振るう。

『ガチッ』

当然、ゼベルトは木剣を防ぐ

「ほら、後ろのお前らも来い。」

背後のカールとトータルにもゼベルトは発破をかける。

「じゃ、じゃあ。」

「ヤァっ!!」

二人同時に木剣を振るった。またゼベルトは二つの木剣を防いだ。

「ほら、休んでないでどんどん打ち込め。」

ゼベルトはまだ発破をかけた。その発破に乗って、3人は何度も木剣を振るったが、一撃も当たらなかった。ゼベルトはその場から動いていない。体捌きと剣捌きで全てを防いでいた。少し悔しくなって、3人は連続で木剣を振るったり、同時に剣を振るったりしたが、木剣はゼベルトにかすりもしなかった。


「「「はぁはぁはぁ…。」」」

気づけば3人は肩で息をして、木剣を振るどころではなかった。

「ありがとう3人とも。」

ゼベルトは頃合いだと思い。3人を元の作業に戻らせる。

「は、はい。」

「半端なかったっす…。」

「金貨、ありがとうございました…。」

3人それぞれの感想と感謝を言って、荷物のところに戻っていった。


「ふ〜。」

大きな深呼吸をするゼベルト。

(ダメだな。準備運動にしかならなかった。動きが分かり易すぎて、後の先とか先の先とかの話じゃなかったな…。)

木剣を睨みながら、ゼベルトは悩む。彼の発達した聴覚が剣技を鍛えることを邪魔していた。より強い相手と戦わなければ、ゼベルトの剣技は上達しない域まで到達していた。


「ヤッホ〜、ゼベっち!!」

遠くから聞きなれた声が飛んできた。ゼベルトは声の下方に眼を向ける。

「ヴェルニャ。なんか久しぶりだな。」

「そうだね〜、ひっさしぶり〜。」

声の主はヴェルニャ。背中に剣を二本背負ってゼベルトの元へかけてきた。

「アニアちゃんはいないんだね。」

「ああ、魔王城で『魔喰らいの剣』を作ってもらってる。」

アニアはマリユスとの戦いでおれた『魔喰らいの剣』を魔王城で作り直していた。

「ゼベっちは鍛錬してたの?」

「ああ、でも相手がいなくて困ってた。」

「ニャハハ〜、じゃあ私とやる?」

冗談でヴェルニャは言った。それは二人が戦うと、圧倒的にヴェルニャが優勢だから。今まで、半魔半獣のヴェルニャの剛力と魔素強化に、魔素を持たないゼベルトが太刀打ちできた試しはなかった。

「やろう。」

「ニャ?」

しかし、ゼベルトは真っ直ぐに言った。『やろう』と。




「ニャハハ〜、ゼベっち。私、手加減できニャいからね?」

「ああ、それで大丈夫だ。」

二人以外誰もいない訓練場。静けさが包む。それは嵐の前の静けさ。

「私さ、これでも最近結構怒っててさ。なんでお父さんを守れなかったんだろう。もっと上手くできたんじゃないかってさ。私馬鹿だから答えはわかんなくてさ…。」

ヴェルニャがいつもと違う悲しげな表情を見せた。

「だから、八つ当たりさせてもらうね? ゼベっち。」

ヴェルニャの身体がブレた。

「ぐっ!!」

気づけば、ゼベルトの眼の前にヴェルニャの二本の木剣があった。

「オラッ!!」

何とかゼベルトは木剣をふるい、身体を後退させ、ヴェルニャの攻撃を避けた。しかし彼女の二つの剣は止まらない。かろうじて、いや紙一重でゼベルトはヴェルニャの幾重に重なる剣撃を避け、防ぐ。数分も経たないうちに、ゼベルトは先ほどの3人のように肩で息をしていた。


「ラァッ!!」

「!?」

全身の力を使って、何とかゼベルトはヴェルニャの剣を弾き、後退させた。

「流石にやるね。」

二人の距離が離れ、ヴェルニャが笑う。しかしゼベルトは笑わない。虚な眼でヴェルニャの全身を、息を、筋肉を、微妙な木剣の動きを捉えていた。また静けさが二人を包む。じりじりと二人はお互いに近づき、剣の間合いに入っていく。


そして。

「っ!!??」

ヴェルニャが剣を振ろうとした瞬間。彼女の首筋にゼベルトの木剣があった。


「はぁはぁ、はぁはぁ…。」

ゼベルトは地面に転がり過呼吸気味になって、極度の集中で酸欠状態になった頭脳と身体に空気を送る。

「…すごいね。」

対してヴェルニャは冷や汗を一つだけ垂らして、ゼベルトを見つめた。

「先の先ってやつ?」

「ゲホっ、ゲホっ。ああ、なんかできた。」

「ほんとすごいね。これができたら、私なんて楽勝だよ。ゼベっち。」

先の先。それは相手に剣を振らせずして勝つ技術。いくらヴェルニャに剛力があろうとも剣を振れなければ、意味がなかった。

「いや、今のは本当に感覚でやったらたまたまできただけだ。理論的な再現性のある技術として獲得した訳じゃない。だからこそ、まだ俺は強くなれる。」

寝転んだまま、空を見上げてゼベルトは自身に言い聞かせるように言った。


 この後、ゼベルトはヴェルニャとの鍛錬を何度も繰り返したが、『先の先』が成功したのは最初の一回のみだった。気づけば日は沈み始めたため、ゼベルトとヴェルニャは鍛錬をやめて、二人で食事をとり、その日は就寝した。そしてこの日からゼベルトとヴェルニャの鍛錬は日課となり、戦争がまた始まるまで続くのだった。

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