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第83話「友好的外交」

 アドナロ王国、城下町広場。国中の人族が集まり、そこから見える背の高い長堂の舞台に皆眼を向けていた。アドナロ王国を負かし、国を手にした魔王がそこに現れる。そしてアドナロ王国民は自身らの処遇を知らされる。魔王が現れ、それが発する言葉を人族たちは息を呑んで待っていた。


「俺たちはどうなるんだ…?」

「魔王ってどんな姿してるんだろうな。」

「こ、殺されはしないよな。」

人族らが心配を小声にする中、一人の魔族がバルコニーに現れた。

「あれが魔王か…?」

「やっぱり男なんだな。」

「魔石角は意外と小さいんだな…。」

好き勝手に感想を口にする人族たち。しかし舞台に現れたのは魔王ではない。一人の魔族騎士、ゼベルトだった。


 礼を一つ、ゼベルトは人族たちに送った。人族が礼儀正しい彼の姿に少し驚く。広場には小鳥のさえずりだけが響いた。

「ふぅ…。」

息を大きく吐いて、ゼベルトは用意されたピアノの前の椅子に座る。身体にはまだ火傷が残っていて、疲れと痛みが残っていた。それでもフィリアルとの約束を守るため、彼はピアノに指を置いた。


「…。」

無言のゼベルトの指から音が奏でられる。それは優しくも悲しい響きだった。ゆったりとしたメロディーが人族たちを包みこむ。リズムも穏やかで、音程も安らか。優美で安心をもたらす、集まった人族たちを落ち着かせて、癒すような曲だった。


(聴いたら友達になる曲。そんな魔法じみた曲はまだ俺には弾けない。せめてこの後話すフィリアルのために、少しでもフィリアルの言葉が人族たちに届くように、彼らの心を静める。)

フィリアルのため。その一心でゼベルトは鍵盤を指で弾く。彼の想いが届いたのか、演奏中人族たちは皆黙ってその音に耳を傾けていた。小鳥さえもそのさえずりを止めて、ゼベルトの奏でるピアノを聴いていた。


 ゼベルトの演奏が終わった。鍵盤から指を離し、ゼベルトは立ち上がる。そしてまた広場の人族たちに礼を一つして、舞台から去っていった。演奏の余韻だけが広場に残る。まっさらで心配も不安も喜怒哀楽も静まった空間がそこにあった。そしてそんな空間についに魔王が現れる。


 髪飾りに似た黒の魔石角、日光を燦々と反射する褐色肌、深夜よりも深い黒髪。金装飾が細心にあしらわれた黒の王服に、凹凸とメリハリのついた肢体が包まれている。腰に漆黒の剣を下げ、フィリアルが人族たちの前にその存在を顕した。

「我は魔王フィリアル。魔族の王にして、貴様らアドナロ王国をこの手にした者。」

人族たちは一言も聞き逃すまいと、フィリアルの厳格な声にその耳を傾ける。

「魔王直々に貴様らアドナロ王国の処遇を宣言しよう。」

一言一言をフィリアルはゆっくりと全国民に届くよう話す。


「アドナロ王国の処遇。それは魔族領との『友好的外交』だ。」

フィリアルは言い切り、眼を瞑る。この瞬間に人族たちは自身らの頭で魔王の放った言葉を噛み締め粗食をした。そして戸惑う。

「友好的って言ったか…?」

「支配されるわけじゃないのか?」

「騙されるな。表向きの言葉に違いない。」

民衆たちは各々感想を小声で喋る。


「もう一度言おう。我の望む魔族領とアドナロ王国の関係、それは『友好的外交』である。お互いの富を分け合い、貧を埋め合う。衣食住を分け合い、より豊かな暮らしを目指す。災いから守り合い、より安らかな生活を志す。『友好的外交』である。」

フィリアルが再度詳しく望みを説明した。人族たちの様相は混乱から沈黙へと移った。

「我は支配も隷属も望んでいない。対等で公平な友人としての関わりを貴様らに要求する。」

フィリアルは毅然と真意を言葉にする。しかしその真意が魔族を忌み嫌う人族たちに伝わることは容易ではなかった。


「う、嘘をつけ!! そう言って俺たちを奴隷のように扱うんだろ!?」

「魔族の言うことなんて信じられるか!!」

「戦争を仕掛けておいて、友好なんてあるわけないだろう!!」

フィリアルの夢の前に、現実が立ちはだかる。人族たちの疑心、不安、憤怒が広場に渦巻く。

「貴様らの言うことは正しい。戦争を仕掛けたのは我ら魔族。しかし我が交渉を試みたところで、貴様ら人族が応じたか? 我の望みを通すため、戦争は避けられないのは自明だろう。」

人族らをその眼で射抜き、フィリアルは一歩も引かずに言葉を続ける。


「我の言葉が信じられぬのなら、貴様らは何を信じている? おそらく、貴様らの国、アドナロ王国の王、そして貴族たちだろうな。自分達の生活を支えていてくれる、と。そして魔族からもすぐに解放してくれる、と。」

フィリアルが指を鳴らす。すると舞台にレオンが現れ魔法陣を発現させる。数秒後、そこにアドナロ王国の国王、そして有力貴族たちが現れた。ヴェルニャとプラグマが剣と魔杖で彼らの挙動を制していた。


「貴様ら民衆が信じている小奴等、王そして貴族。小奴等は戦争の勝敗が決まった時、真っ先に逃げようとしていた。そして貴様らか払った税収、その半分は小奴等の娯楽の泡と消えていた。国防のための資金や貴様らの生活のためなどではなくな。」

フィリアルが手を振るうと、広場にいる人族らの頭上にいくつもの紙が舞う。それは王印、貴族印の入った税使用の内訳であった。

「それらを見ればわかるだろう。貴様らは魔族を信じられないと言うが、同族も信ずるに値しないとな。」

人族たちの沈黙は再度混乱へと変わった。魔王の言葉が確かならば、民衆は捨てられる寸前であり、彼らが身を斬って払っていた税も無意味だったことになる。現状、降り注ぐ紙には印が刻まれており、物理的証拠を提示されているため、人族らは魔王の言葉を信じるほかない。


「魔族領とアドナロ王国が『友好的外交』を確約するのなら、小奴等のような下衆の仕業はもちろん、貴様ら民衆に不用意な税は課さないと約束しよう。」

そう、これは魔王による人族たちへの利の提示。

「ここには商人もいるだろう。貴様らをなぶっていた貴族はいなくなり、我ら魔族という人族史上初の商売相手ができる。計算の得意な諸君らならわかるだろう? 『友好的外交』の特利が。」

感情ではなく勘定に訴える。現実が夢を阻むのならば、現実でそれを乗り越える。それがフィリアルの目論み。広場にいるアドナロ商協会の人族らは冷や汗を垂らしながら、『外交』の利益を頭で導き出す。


「汗を垂らし、時に血を流し国に奉仕してきた民衆たちよ。我ら魔族は貴様らを害することはない。むしろ、災害が、魔獣が、外敵が貴様らに襲いかかるのならば、魔族が貴様らを助けようではないか。そして貴様らに不自由は課さず、必ず自由を保障する。」

勘定のできない者には感情で。フィリアルは言葉に熱を込め、人族らの心にその言葉を響かせる。ゼベルトが幼い頃に感じた、フィリアルの言葉に激る熱。それを今、フィリアルは遺憾無く発揮していた。


「さあ、3度目だ。我が望むのは魔族領とアドナロ王国の『友好的外交』。我ら魔族は貴様ら人族、民衆に一切の不条理を課さず、富を分け合い、貧を埋め合い、手を取り合う。異論のある者は声を上げろ…。」

三度、フィリアル夢のため高らか望みを声に上げた。人族らは黙り、静寂が流れる。誰しもが魔王の望みを受け入れる、と思われた。


「魔族と友好など結べるものか!!」

誰かが声を上げた。

「我は勇聖教会アドナロ王国支部支部長シリル・ダリエ。勇聖教会を代表して、貴様の望みを拒絶する!!」

名乗ったのは聖服に身を包んだ髭面の男。彼の声によって、熱心な教会支持者たちが声を上げ始める。

「そ、そうだ!! 魔族と手など組めるものか!!」

「悪魔と人生を共にしろっていうのか!!」

「みんなも眼を覚ませ!!」

抵抗はすぐに広がっていく。静まり返ってした民衆たちが騒がしくなった。


「勇聖教会のもとに!!!」

シリル・ダリエと名乗った男が声を張り上げる。

「「「勇聖教会のもとに!!!」」」

民衆がその言葉を繰り返す。

「勇聖教会のもとに!!!」

シリルはまた声を上げる。

「「「勇聖教会のもとに!!!」」」

民衆もまた声を上げる。

「勇聖教会のもとに!!!」

「「「勇聖教会のもとに!!!」」」

人族たちの声が重なる。それは全ての民衆が上げた声ではなかったが、少数の大声が民衆の気持ちを代弁しているかの如く広場に響いた。彼らの声は数十秒間、誰に止められることもなく続く。


「勇聖教か、がはっ。」

シリルが声を上げようとした瞬間、口から血反吐を吐き、その場に倒れた。音頭を取るものが急にいなくなり、教会信仰者たちの叫びが途絶える。皆、先ほどまで声を上げていた者が倒れた事実を受け入れることができていなかった。


「これで拒絶する者はいなくなったか?」

フィリアルが怒りを露わにして静寂に言葉を放った。シリルを殺したのはフィリアル。魔弾を一発放ち、男の命を刈り取っていた。もう人族たちは誰も声を上げない。広場が静まりかえった。

「我が丁寧に話しているからと調子に乗るなよ? 我ら魔族は戦争に勝利してこの場にいるのだ。『友好的外交』、これに嘘をつかないため、わざわざ我の望みという形で貴様ら人族の処遇を話しているのだ。我がその気になれば貴様らなど全員この場で殺すことができる。」

魔王の身体から漆黒の魔素が溢れ出る。人族らは息すらも乱れ、自身らの状況を再認識する。魔王が『友好的』と言っている、しかし魔王は簡単に手のひらを返し、自身らを奴隷に変えることもできる。それを漂う漆黒の魔素に触れて、身をもって感じた。


「4度目だ。我が望むのは魔族領とアドナロ王国の『友好的外交』。我ら魔族は貴様ら人族、民衆に一切の不条理を課さず、富を分け合い、貧を埋め合い、手を取り合う。異論のある者は声を上げろ…。」

4度目、フィリアルの声は低く、突き刺すような鋭さと潰れるような重みがあった。今度こそ、人族たちは誰も声を上げなかった。


 こうして、フィリアルは夢に一歩近づいた。それは自身の武力によって、仮初の『友好』を獲得しただけに過ぎないかもしれない。しかし、彼女は最初の友人の言葉『俺たちの世代が人族と友達になれなくても、次の世代がなれるかもしれない。』。フィリアルはその言葉を胸に、自分を貫き通した。

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