第81話「勝戦」
「ハンネ!!! だいじょーぶ!!??」
氷の華が咲いた最前線に、ヴェルニャが駆けつけた。彼女の周りでは敵人族兵たちが凍りつき、人族の氷像が乱立している。その中心でハンネローレが誰かに膝枕をして座っていた。
「ヴェルニャさん…、私は無事です。し、しかし、バルトルトさんが…、ああ。」
バルトルトの亡骸を自身の膝の上に乗せ地面に座るハンネローレがそこにいた。
「バルトルト…。」
ヴェルニャも彼の名前を呼んで、そこに立ち尽くす。実感する戦争の犠牲。昨日まで共に笑顔を交わしていたはずの仲間がそこで物言わぬ死体となっていた。
「二人共!!」
座り動かないハンネローレ、立って動かないヴェルニャのもとに一人の美しい男声が響いた。
「「プラグマ(さん)!!!」」
二人は飛んできたプラグマにバルトルトの亡骸の存在を眼線で知らせた。
「そうか…。バルトルト…。」
プラグマも数秒間言葉を失った。
「ヴェルニャ、ハンネローレさん。バルトルトを失ったことは、僕も友人として、仲間として、心底残念だ。ただ、ハンネローレさん。貴女は彼のおかげで生き残ったのでしょう? 厳しいことを言いますが、ならばここに蹲っている暇はない。彼に守ってもらった命を無駄にしてはならない。」
ハンネローレの前に膝をつき、眼線を合わせ、バルトルトの体に手を重ねながら、プラグマは言葉を紡ぐ。
「敵は貴女の氷魔法で一時的に足を止めていますが、そのうち前進してくる。今のうちに、バルトルトを連れて、拠点に戻ってください。ヴェルニャ、君も同行してくれ。」
「りょーかい。」
「そう、ですね。バルトルトさんには安らかに眠っていただかないと…。」
虚な顔をしていたハンネローレが立ち上がる。ヴェルニャがハンネローレを彷徨っていた馬に乗せ、バルトルトの亡骸を背負った。
「魔王様は今どうしているんですか?」
ハンネローレが現状を把握するべくプラグマに聞いた。
「魔王様は敵の最高戦力である七星一番を屠った。流石魔王様だ。そして今はその亡骸を利用して、敵に降伏を求めるため動き始めていらっしゃる。僕は今から生き残りを見つけて救助するよ。」
「なるほど、わかりました。この戦争はもう、実質私たちの勝ちなんですね。」
「その通りです。」
「じゃあバルトルトの犠牲も無駄じゃなかったんだね…。」
背負ったバルトルトを見つめ、優しい顔をするヴェルニャ。ハンネローレは愛を込めて、彼の亡骸を優しく撫でた。そうして、プラグマを残して、二人は戦場から離脱していった。
「さて、あとはメルクル小隊だが…。死んでいてくれるなよ、ゼベルト。」
そう呟いて、プラグマは戦場の左翼へ飛んでいった。
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「おい!! 上空に誰かいるぞっ!!!」
進軍を試みる人族兵たちの中の一人が空に浮かぶ漆黒の存在に気づいた。
「翼の生えた魔族…?」
「おい、なんか死体持ってないか?」
「飛行魔術が使えるってことは敵幹部か?」
力量の浅い兵たちは、上空の漆黒の魔族に対して疑問を口にする。しかしその一方で、その漆黒の魔族が信じられない質の魔素を持っていると理解する兵たちは言葉を失い。その場で足を止めていた。そのため、人族軍の進行は乱れ、軍はそこで止まることとなった。
「我は『魔王』フィリアル!!! 貴様らアドナロ王国の敵、魔族の王である!!!」
止まった人族軍を見て、フィリアルは自身の名を轟かせた。
「今、我の左手にあるこの亡骸は、貴様らの最高戦力『勇聖教会七星一番のラファエル・ラファン』。貴様らアドナロ王国に勝機はもうない。我ら魔王軍に降伏せよ!!!」
フィリアルは両手と下半身のないラファエルの死体を掲げ、アドナロ王国軍に宣言した。
「な、嘘だろ…!?」
「ラファエル様が死んだ?」
「俺たちは負けたのか?」
兵たちは困惑し、しかし見覚えのあるラファエルの死体を見た。
「いや、だが魔族たちはさっきの神の炎で半壊状態だろう? 俺たち人族の方が数が多い。勝機は俺たちにあるはずだ!!!」
アドナロ王国兵の一人が声をあげた。
「もし、貴様らがまだ戦うと言うのなら、魔王である我が相手だ。雑兵など、我にかかればいくらいようとも小虫と同じ、空いた右手で鏖殺にしよう。」
フィリアルが右手を掲げる。漆黒の魔素が戦場にいるアドナロ王国軍を全て包んだ。その瞬間、兵たちに引力が強烈に作用し、強制的に彼らを踞らせた。
「がはっっ。」
「な、なんだ、この重さは!!??」
「か、身体が、動かない…。」
フィリアルの引力魔法により、アドナロ王国兵たちは一人残らず、その場に跪いた。魔王の魔法。誰一人対抗できる者はいなかった。中には魔法に対する抵抗力が低く、その場で骨が折れ、内臓が潰れ、血反吐を吐く者も数多くいた。戦場の大地がこれまで以上に血塗られる。
「もう一度問おう。貴様らの最高戦力は我がこの手で殺した。貴様らアドナロ王国に勝機は万に一つも無い。武器を捨て、地に伏し、我ら魔族に降伏を誓え。」
冷徹な魔王の降伏要求。それに反する人族はいなかった。一人残らず武器をその場に捨て、膝を地面に突き、首を垂れた。そしてこの戦いは魔王軍の勝利となり、アドナロ王国は魔族の手に堕ちることとなった。




