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第76話「極絶硬化と絶対零度」

「ハンネローレ殿っ!! あとどれくらい耐えられますかっ!?」

「も、持って数分です…!! くっ…。」

戦場の最前線。孤立し、敵兵に囲まれたハンネローレとバルトルト。なんとかハンネローレの魔法で迫り来る空の炎に耐え、バルトルトが襲いかかる敵兵を倒していた。

(このまま私たちは死んでしまうのでしょうか…。まだバルトルトさんの愛に私は答えを返していない。…でもこのままバルトルトさんと一緒に死ねるのなら、悪くは無いのかもしれません…。)

絶望的な状況。ハンネローレの頭は既に死に方について考えていた。

(死ぬわけにはいかない。小生はハンネローレ殿と生き残るッ!!)

対称的に、バルトルトは何とか生き残るために斧槍を振り続けていた。


「大地の鳴動。」

低く渋い声が戦場に響いた。その声を合図に地面が揺れ始める。己の身を守るために土壁に身を隠したドミニクがその場で魔法を発現させたのだった。

「少々汚い手だが、すまないな。これは戦争。ワシら勇聖教会が魔族に負けるわけにはいかんッ!!!」

大地の鳴動はその場に立つことすら困難にさせる。バルトルトとハンネローレは体勢を崩す。絶体絶命。敵兵も揺れる大地に足を取られ、すぐには攻めてこないことのみが救い。しかし敵兵も馬鹿ではない。立てずとも、地に伏した状態で魔素を練り始め、幾つもの魔術が2人を襲おうとしていた。


「うっ。」

遂にハンネローレも地に膝をついた。バルトルトは斧槍を杖代わりにしてなんとか立っていたが、限界は近い。燃える空と揺れる大地、そして向かってくる無数の魔術。このまま時間が過ぎれば、2人はあと数秒後に死ぬ。

「ハンネローレ殿、愛しています。」

バルトルトは地に伏すハンネローレの手を取って、優しい口づけをした。

「バルトルトさん? 何を言って…。」

ハンネローレの瞳に映ったバルトルトの最後の表情は覚悟と愛に満ちていた。


「極絶硬化。」

バルトルトは体にある全ての魔素をこの魔法に注いだ。彼の体に迸る銀色の魔素が戦場に解き放たれると、その銀は世界の時間すらも硬化させた。2人に牙を剥いていた空も大地も人族も動きを止める。

「ヌゥンッ!!!」

向かってきていた魔術を斧槍で破壊する。しかし世界を硬化させる代償は決して軽くなかった。硬化魔法はバルトルト本人の身体すらも硬化させ始めていた。


それでも最期の力を絞り出し、音すらも硬化した静寂の中で、バルトルトは全身の筋肉を弓のように引き絞り、斧槍を投擲した。

「―ハァッ!!!!!」

硬化した世界を切り裂きながら、斧槍が行く先にあるのはドミニクが隠れている土の壁。

「がはっ。」

決して柔くない土壁を斧槍は破り、そしてそのままドミニクの心の臓を貫いた。


世界の時間がまた動き出す。

「バルトルト、さん…?」

不可思議な感覚を覚えながら、ハンネローレは彼の名前を呼ぶ。しかし返事は返ってこなかった。バルトルトの身体、そして命は固まりきって、もう動かなかった。固まった彼の身体はハンネローレを優しく見つめ、彼女の頬に手を伸ばしていた。

「そ、んな…。」

ハンネローレはやっと何が起こったのかを理解する。自身を純真に愛してくれた彼が死んだ。それだけが確かだった。


「ぁ…。」

数秒前、ハンネローレはバルトルトと一緒に死ねると思っていた。彼女は別段自分の命にも、戦争の結果にも、魔族の行く末にも興味は無い。あるとしたら『魔に関する研究』にのみ。そんな薄っぺらな自分を愛してくれていた彼だからこそ、一緒に死ねるならもう悔いは無かった。しかし彼だけが死んで、自分は生かされてしまった。

「ぁ、あ…。」

ハンネローレの身体から哀しみという冷気が滲み出る。彼女の周りには彼女の命を奪うべく剣を振りかざす人族たちが迫っていた。しかしその状況を察知もせず、ハンネローレは哀しみで心、頭、体、そのすべてを満たしていた。

「ぁあああああああああああっ!!!!!」

その哀しみをハンネローレは無制限に無差別に解き放った。先程彼女が放った魔法よりも何百倍も冷たい世界が彼女を中心に広がる。地面を伝い、その冷気は周りの敵兵を一瞬にして凍らせる。絶対零度が戦場を包む。そしてその行き場の無い絶対零度は空の炎と衝突した。

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