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第71話「神の炎天」

 七星二番『炎天のクロエ・クローズ』と七星一番『神力のラファエル・ラファン』、勇者を除き人族最高峰の戦力を持つこの2人は、数刻前、後方からアドナロ王国軍と魔王軍の戦いを静観していた。アドナロ王国拠点の城壁、その上にも届く戦場の熱気がクロエの赤髪とラファエルの金髪を揺らめかせる。

「クロエ、戦況をどう見る。」

ラファエルが眼を閉じてクロエに意見を求めた。

「率直に言って、我々が劣勢です。セザールは死に、ドミニクも敵と互角。マリユスは問題なさそうですが、敵の主力が出てくるとなれば話は別でしょう。早く手を打たなければ、手遅れになるかと。」

抑揚のない声で、クロエは戦況を分析する。

「ああ、その通りだ。クロエ、神の火を放つ。」

「味方も巻き込むことになりますが?」

「なりふり構っていられない。多少の犠牲もキリア神様はお許しくださるだろう。」

天を仰ぎ、ラファエルは金色の魔素を両手で操り始める。それに続いて、クロエも赤色の魔素を全身に巡らせる。剣を抜刀し、戦場に剣を向ける女騎士。黄金の光に包まれる聖父。2人は祈るように、魔素を操る。


「命果てた神の子たちよ、その身体を神に捧げ給え。」

ラファエルが簡潔に詠唱をし、金色の魔素を戦場全体に放つ。死した人族兵たちの体に金色が触れると、神の元へ帰るように、その動かなくなった身体が空へと浮かんで行く。


「命果てた神の子たちよ、魔なる者ども粛清する浄火と成れ。」

ラファエルの魔法により空に浮かんだ人族兵の死体に、クロエの赤色魔素が宿っていく。すると空が燃え始める。厚い雲に覆われ、暗闇に包まれていた戦場が火の光に満ち溢れる。


「「魔、滅却する神の炎天」」

ラファエルとクロエの詠唱が重なる。こうして戦場に浄火が放たれたのだった。


・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・


 七星の一番、二番と同じように、拠点にて魔族最高戦力のプラグマとフィリアルは戦場を静観していた。今さっき、二人はゼベルトのもとへヴェルニャを送った。それから程なくして、空が燃え始めたのだった。

「なんて規模の魔法…。魔王様、指示を。」

プラグマがフィリアルに指示を仰ぐ。敵の魔法の規模はもはや災害。前線にいる兵を始め、全兵士たちに死が迫っていた。ここからの判断一つで戦争の勝敗が決まる。


「…こんなの、聞いてない。」


 プラグマの声はフィリアルには届いていなかった。何かをうわ言のように言って、フィリアルはただ燃える空を眺めて、思考を放棄していた。

「魔王様…?」

初めて見る魔王の狼狽える姿。すべき判断に遅れが出る。

「魔王様ッ!! 気を確かに!! 指示をください!! 僕と魔王様なら、あの魔法に対処できます!!!」

プラグマがフィリアルの肩をつかみ、大声を上げる。

「ぁあ、そうね…。」

プラグマの声で、フィリアルが我に返る。一瞬の思考を経て、今の危機的状況に対して判断を下す。

「プラグマ、私についてきて。魔法を操っている者を直接叩きに行くわ。」

「了解しました。」

遅れを取り戻すため、フィリアルは黒翼を発現させ、空に羽ばたく。プラグマもフィリアルを追いかけ、飛行魔術を発動させ、燃える空の下を高速で飛行する。


「空が燃えてるぞッ!!」

「みんな逃げろぉ!!」

「なんだよ、あれ…。」

魔族兵たちは突如燃えた空に動揺し、兵の動きが乱れる。無理もない。その場に留まっていたら、死は免れない。


「ああ、あれは神の火か。」

「キリア神様が魔族どもを粛清する火を放たれた…。」

「ああ、アドナロ王国はキリア神様に護られている。」

人族兵たちも一瞬は動きを止めたが、燃える空の火が魔族たちに向かっていることを見て、その火が神のみわざであると悟った。

「行くぞおおお! アドナロ王国ッ!!」

「神の火に続けえええ!!!」

「魔族どもに粛清をッ!!!」

アドナロ王国軍の指揮が最高潮となる。逃げ惑う魔族たちに人族兵の剣が襲う。


「うわああああ!!!」

「逃げろ、逃げろおおお!!」

「だめだ、もうおしまいだ…。」

発狂し逃げる者、全てを諦める者。魔族が優勢だったはずが一つの魔法で人族優勢に変わった。これが魔法という兵器の力。雑兵が雑兵でしかない道理。フィリアルとプラグマの下、地上では阿鼻叫喚の惨事となっていた。急がなければ、魔族軍は全壊する。


 フィリアルの術者を直接叩きに行く判断は間違っていない。多数の人族兵の死体を利用した空をも燃やす魔法。何らかの魔法でそれを打ち消そうとすれば、フィリアルは莫大な魔素を消費しなければならない。敵の戦力がわかっていない現状。フィリアルは魔素を無駄に消費するわけにはいかなかった。しかし、その判断は間違っていなくとも、正解には成らなかった。


「いた、敵拠点の中央。プラグマ、急ぐわよ。」

「はい、魔王様。」

人族兵に追いやられる魔族たちを視界に入れながらも、フィリアルとプラグマは、敵拠点城壁にいる金色と赤色の魔素を扱う2人の人族の元へ直行する。若干、フィリアルの方が先に2人への射程圏内に入った。


「ラファエル様、あれを。」

空を燃やしながら、クロエは空中から迫り来るフィリアルとプラグマの存在に気づいた。

「なるほど、魔の王が現れるか…。クロエ、『炎天』の方は任せる。あの2人は私が止めよう。」

「承知しました。」

ラファエルの言葉を聞き、クロエは空に手を掲げながら、足元に火を灯し、空中を歩き、空の炎に近づく。


「どこへ行こうというのかしら?」

射程圏内に到達したフィリアルがクロエの挙動を封じるため、魔素の弾丸を放った。それは単なる魔素の放出だったが、一般兵のどの魔術よりも殺傷力が高かった。

「…。」

しかしクロエは歩みを止めない。

「『還れ』。」

ラファエルがたった一言の詠唱をする。クロエに向かっていた魔弾が辿ってきた道を戻るようにして、フィリアルの元へ帰って行く。

「!?」

自身が放ったはずの魔弾。それをフィリアルは剣で迎撃することになった。

(転移魔術? いや、それとは全く別物…。)

「プラグマ!! ここは私に任せて、女騎士を追って!!」

「承知しました!!」

遅れて到達したプラグマは方向転換し、燃える空へ向かった。敵の力量は未知数。魔の王であるフィリアルだが結局は1人の魔族。噛み合いによっては『敗北』という2文字もあり得る。


「ああ、その判断は正しいぞ、魔王よ。」

ラファエルは近づいていたプラグマに対して、既に魔法での攻撃を準備していた。しかしフィリアルの指示により、プラグマは魔法射程圏内からギリギリのところで逃れていた。

「『動くな』。」

ラファエルはプラグマに攻撃することを諦め、端的に詠唱をし、手のひらをフィリアルに向ける。

「無駄よ。」

全身に魔素を巡らせ、如何なる魔法も通さない防御体勢を取ったフィリアル。ラファエルの魔法の原理は判明していない。無理に攻撃をすれば、先ほどのように返される可能性があった。しかしその防御を打ち破って、ラファエルの魔法がフィリアルの身体の自由を奪った。

「なっ!?」

「フッ、魔の王といえどもキリア神の加護と賢者様の叡智には無力、か。このまま死んでもらおう。」

フィリアルに向けた手のひらを握りしめるラファエル。その動きと同時に謎の高圧力がフィリアルを襲った。まるで空気、いや空間そのものが自身を押し潰さんとしている感覚をフィリアルは覚える。


「ぐっ…。」

「これに耐えるか、さすがは魔王。しかしいつまで持つかな?」

ラファエルの魔法をフィリアルは自身の膨大な魔素で無理矢理に耐えていた。この時点でのフィリアルの後悔は二つ。一つは直接空を燃やす魔法を壊しに行かなかったこと。結果論的には直接魔法を壊しておけば、魔素の消耗は激しいものの、軍への被害を既に抑えられていたはず。もう一つは最初から全力で敵、ラファエルとクロエを殺しに行かなかったこと。フィラウディアと退治した時のように、全力でかかれば、敵の魔法に嵌る前に殺すことはおそらく可能だった。

(くっ、私がコイツの魔法を壊せないということは、コイツの魔法の解釈が私の解釈で及ばないモノであるということ…。)

冷静に状況を分析するが、フィリアルの内心は焦っていた。あろうことか戦争中に思考を放棄し判断に遅れが生じ、その判断すらも正解ではなかった。極め付けには、自身が敵に捕縛されている。なんとか自身の魔素で強引に耐えているが、徐々にその魔素も削られていく。そしてフィリアルが身動きを封じられている間に、魔王軍は着実にアドナロ王国に追い詰められていった。

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