第69話「 対 法剣」
戦場の天が燃える少し前、セザールを倒したゼベルトたちの前には次の強敵が現れていた。
「いやぁ〜、セザールさん死んじゃったか。ちょっと遅かったみたいだね。失敗失敗。」
気の抜けた口調で近づいてくるのは一本の剣を手にぶら下げた少年。七星三番『法剣のマリユス・リコール』。まるで散歩をしているような様相だった。
「ゼベルト様、ヴェンデルの治療をお願いします。私が時間を稼ぎます。」
ヴェンデルは自身の魔術とセザールの魔法の傷により、瀕死になっていた。今から治療しても間に合うか分からない。
「…わかった。」
アニアを1人で戦わせることに不安を感じながらも、ゼベルトはヴェンデルの体を背負い、戦場から離れる。戦場にふらりと現れた新たな敵。少年の容姿をしているが内に秘めた力は計り知れない。アニアはセザールと戦い、体力を消耗した状態で連戦を強いられる。
「きみ、剣士? ならできるだけぼくを楽しませてね。」
「ゼベルト様以外を楽しませる趣味は、私にはありません!!」
消耗を誤魔化すように軽口を挟みながら、アニアはマリユスに斬りかかる。
「ハハっ、面白い形の剣だね!」
マリユスは軽く剣を振るった。魔素強化もしていない少年の体で振るう剣には力はなかった。
『キィンッ!!!』
甲高い音を奏で、マリユスの剣はアニアの血刀を弾いた。
「!?」
アニアは内心で驚く。アニアの剣技は決して拙いものではない。さらに今は歴代のメルクル家で最も剣技に長けていたアウレール・メルクルを宿している。少年が振るう剣で自身の血刀を弾かれた事実に目を疑った。
「ハッ!!」
驚きを隠すように声を上げて、アニアはマリユスに再度斬りかかる。
「う〜ん…。」
あくびをしながら、マリユスはアニアの斬撃をまた弾いた。アニアはこの攻防で自身の剣技が相手より劣っていることを受け入れた。
(ならば呪術で絡めとるまで!!)
「服従の呪術、屍よ我を護れ。」
アニアは10数体の兵の屍をマリユスに向かわせる。
「あー、つまんないよー。」
無数の屍を相手にしても、マリユスの剣はぶれない。最小の手数と動作で向かってくる屍を再度戦闘不能にしていった。
(一度斬られただけで術が壊されている? 剣がゼベルトのものと同じ効果を持っている? いや、しかし術の気配を剣からは感じない… 。)
屍は屍。もう生きてはいない。数回斬られただけで地に伏すはずはない。アニアは屍を操りながら不可解に思う。
「あのさあ、ぼくに術の類はほぼ無意味だから。剣で戦ってくれると嬉しいなぁー。」
屍を斬り切ったマリユスが眉を顰めて言う。まるで遊び相手に文句を言っている様子。
「侵食の呪術。魔循よ、瓦解せよ。」
屍の兵が意味を成さないなら、直接術をかけるのみ。マリユスは体に魔素強化をしていないが、魔素強化をしていなくとも、魔素は体の中に秘められている。その魔素をかき乱さんと、アニアは呪術を放った。
「あーつまんない。」
マリユスが初めて魔素強化をしながら剣を振るった。
『パキッ』
何かが割れる音が響いた。
(呪術を斬った!?)
呪術、魔術は魔素の動きによる世界の理に対する干渉。理論上、その魔素を斬ることができれば、術を斬ることは可能。しかしそれをするためには、まず剣に魔素を付与し、眼に捉えられない極小の魔素を切らなければならない。マリユスはそれをいとも簡単にやってのけた。
「術を斬られるのは初めて? ぼくに術は効かないからさ、諦めて剣でかかってきてよ。まだ全力じゃないでしょ? ぼく、剣で戦うの好きだからさ。そしたら瞬殺はしないであげる。」
マリユスは少年らしい笑顔を見せながら、少年に似合わない言葉をアニアに言った。
「…。」
アニアは少女に似合わない苦渋の顔をしながら、言葉を失った。明らかに格が違う。1人では勝てない。
「あー、時間稼ぎはやめてね。ラファエルに速めにしろって言われててさ。」
急にマリユスが一歩踏み込む。それだけでアニアの背筋に悪寒が走り、脳内が白落ちする。どうしたって勝てない。絶望。死。呼吸が浅くなる。セザール戦での消耗も相まって、アニアの体が硬直する。
「じゃあ、殺すね。」
アニアの硬直を時間稼ぎとしてマリユスは受け取った。そのままマリユスはアニアの首に剣を振るう。
「くっ。」
紙一重でアニアが剣撃を回避した。アニアの白髪が舞い散る。
「あれ? ちょっとテキトウにやりすぎちゃったか。」
マリユスは避けられたことに少し驚く。
「…。」
アニアは首にできた一筋の傷に触れる。痛い。敵が強すぎる。それでもなぜか身体は生きようとしていた。その理由を思い出す。白落ちした頭の中にゼベルトが思い浮かんだ。自分が死んだら、次はゼベルトが死ぬだろう。それだけは、いけない。
「そう、私はゼベルト様のために生きる。命に変えても、たとえ死んでもゼベルト様のために。」
アニアの体に鈍色の魔素が集まる。集まった魔素が次第に紺色に変わる。それはゼベルトの髪と瞳の色。操る魔素に色をつけるほどのアニアの想い。
「ん? やる気になった?」
「契縛の呪術、―我が命を賭して、不退を誓う。去りし魔の素よ、我に回帰せよ―。」
アニアの体に紺色の魔素が激る。憑依の呪術によって宿していたアウレール・メルクルの力がさらに強まる。そして祖の全盛期を超えるほどの剣技をアニアにもたらす。
「いいね。やろっか!」
おもちゃをもらった子供のようにマリユスが笑う。
「嗚呼、ゼベルト様…。」
うわ言のように言って、アニアは血刀を握りしめた。文字通りのアニアの命を賭けた戦いが始まった。
「嗚呼、ゼベルト様。」
アニアが鋭い一撃をマリユスに放つ。
「うん、悪くないね。」
先ほどまでの気の抜けた様子から、真剣な表情になったマリユス。
「嗚呼、ゼベルト様。」
唱えるように呟きながら、命を燃やしてアニアは剣を振るう。血刀が空気を斬り裂きながら、マリユスに迫る。体に溜まった疲労さえも力に変えて、アニアは剣を振るう。
「いいね、いいね。楽しくなってきた!」
アニアから放たれる幾重の剣撃をマリユスは軽やかに、効率的に、一度の間違いもなく、弾いていく。
「嗚呼、ゼベルト様。」
いくら弾かれようと関係ない。アニアはマリユスに力の限り、剣撃を放っていく。剣と刀がぶつかる。幾重にも連なる金属音が戦場に響く。
「服従の呪術、屍よ我を護れ。」
先刻倒された屍をアニアはもう一度動かす。
「あのさあ、術は意味ないって言ったよね?」
先刻と変わらず、マリユスは屍を切り伏せる。
「嗚呼、ゼベルト様。」
「わ!」
屍が倒れると、マリユスの眼の前にアニアが血刀を掲げていた。屍たちはこの一撃の布石だった。
「呪裂斬・極。」
アニアの命に呼応した魔素が血刀に集っていた。空気が揺らぐほどの殺傷力。
『キィンッ』
最大の殺傷力を宿していたはずのアニアの血刀が、マリユスの何気ない一太刀によって彼方に弾かれた。
「これ、きみの剣じゃないよね。」
「ぁ。」
アニアは弾かれた剣を眼で追うことしかできない。
「眼の前にいるのに、そこにいない人と戦ってる感じなんだよね。きみの剣。呪術のせいかな。まあでも結構楽しめたからいいよ。ありがとね。」
にこりと笑うマリユス。止めの一撃がアニアに迫る。
(嗚呼、ゼベルト様。もう一度、貴方に撫でていただきたかった…)
アニアの脳裏に浮かぶのはゼベルトの姿、アニアの片眼から一粒の雫が垂れた。




