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第6話「血と涙」

 果物をみんなで食べた夜から数日後の夕方、ゼベルトは庭仕事をしているときに、聞きなれない音を耳にした。

「何だろう、動物の音かな?」

「ゼベルト、どうかしたかい?」

フランツがそんなゼベルトを訝る。

「いや変な音がしてて。」

「もし気になるなら、僕が確認してこようか?」

ゼベルトが狼や鹿の群れの声を聞いて、狩に出かけることもあった。

「いや、大丈夫。僕が一人で行くよ。なんか一箇所に音も止まってるし。」

「分かった、そろそろ夜になるし早く帰ってくるんだよ。」

そうして、ゼベルトが音の正体を確認することになった。


「何の音だろう、動物かな。」

夕闇に包まれる森の中を、黄色の魔用石を手にしながらゼベルトは進んでいく。

「あれは、馬?」

目線の先には、つい先ほどまで人を乗せていたであろう馬が6頭ほど停められていた。

「これは…まずい、早く帰らなきゃ!」

あれほど馬を所有している村人はいない、つまりそれは村人以外が村に近づいているということだった。そして近づく者は人族である可能性が高かった。

「くっ…。」

森の中を駆けていくが、ゼベルトの耳に村の方から金属音が届く。すでに事は始まっていた。


 村の入り口では、すでに人族と村人が争い始めていた。

「村長!何がどうなってるの!?」

後方で杖を持ち戦前に出ようとする村長を見つけ、ゼベルトは現状把握を試みる。

「おう、ゼベルトや! 先ほど人族が来よってな。食糧を全てよこせと抜かしよった。フランツが交渉を試みたが、斬り返されてもうてな。この有様じゃ。」

村人と人族が激しく攻防を繰り広げていた。ゼベルトが眼を向けた丁度、その時、火の手が上がり戦いは過酷さを増していく。

「ゼベルト、フランツと母を連れて逃げなさい、何、ワシは老い先短いでな、構うでないぞ!」

いつも通りほっほと笑い、村長が魔術の準備をし始めた。

「夜の風、月の光、刃風の魔術。」

刃状の風が放たれる。人族が何人か倒れ、ゼベルトは戦前に倒れていたフランツを見つけた。

「ありがとう!村長!」

フランツの元へゼベルトは駆けて行く、彼は背中を切りつけられており、荒く呼吸をしていた。

「ゼベルト、ごめんね。大事なところで役に立てなくて。」

震えながら謝るフランツ。

「フランツ兄さんのせいじゃないから。ほら一緒に逃げよう。」

歯を食いしばり、ゼベルトはフランツを家まで運んだ。


「母さん! ほら立てる? 一緒に逃げよう。」

エリザベトの病状は悪化する一方で、騒ぎが起きてもベッドに寝たままだった。目も耳も悪くなり、事態を把握しきれていない。

「ああ、ゼベルト何が起きているの?」

「母さん、大丈夫。ちょっとしたことだから、ほら僕の手に捕まって。」

ゼベルトが手を差し伸ばすが、エリザベトはその手を掴まなかった。同時に肩に寄り掛からせていたフランツがよろけ、エリザベトの横に転げた。

「フランツ兄さん!」

出血量がひどく、フランツはまともに立っていられなかった。

「ゼベルト、これは…。」

「母さん!! 今人族が襲撃してきてて、それで…ああ、くっそ!」

話しながら、フランツをもう一度背負おうとするが上手くいかない。


「ゼベルト、私が魔術を使うわ。」

エリザベトがフランツの背中をさする。

「何言ってるんだ母さん!そんなことしたら母さんが…。」

続きの言葉は外の爆発音でかき消された。エリザベトはゼベルトの手を握った。

「ゼベルト、私はもう数日で死んでしまうわ。だからここでフランツお兄さんを助けるの、その後、あなたが背負って逃げなさい。」

「そんなこと、言わないでよ…!」

涙を流すゼベルト、無情にも外の爆発音は増えていく一方だった。

「回復の魔術。」

魔詞も唄えず、エリザベトは強引に魔術を発動させた。三年前フランツの腹の傷が癒えていくのと同じように、彼の背中の傷が治っていく。

「そんな、母さん…。」

魔術を終えると、エリザベトの体は次第に熱を失っていった。

「ゼベルト、愛してるわ。フィリアルにも愛してると伝えて。私は二人の母親になれて幸せだったわ…。」

最後に伝えて、エリザベトは生き絶えた。

「―ッ!!」

言葉にならない叫びを上げ、フランツを抱えてゼベルトは家から出る。


 外は阿鼻叫喚の惨状と化しており、村全体が血と炎に赤く染まっていた。

「おい!こっちに生き残りがいるぞ!」

人族にフランツが見つかる。相手は魔族狩り、魔族の村を襲う夜盗集団。フランツを背負ったゼベルトが逃げ切れるわけもなく、すぐに追いつかれてしまった。

「ったく、魔術使いのジジイのせいで被害がでけェんだ。さっさと死んでくれ。」

人族の剣がゼベルトに迫り、死を覚悟した。

「くっ…。」

しかしゼベルトに剣は届かなかった。ゼベルトに背負われ、意識を失っていたはずのフランツが無理矢理ゼベルトを倒し、自身が身代わりとなった。血を吐き、今度こそフランツは意識を失った。

「そんなっ!フランツ兄さん!そんなっ!」

エリザベトの繋いだ命が、ゼベルトの前で尽き果てた。

「だから手間かけんじゃねェって。」

再度、ゼベルトに剣が振りかざされる。


『退きなさいっ!!』


剣はゼベルトに届かなかった。その代わり黒い旋風が、野党を襲った。

「ごめん、ゼベルト。ちょっと待っててね、今全員ぶっ飛ばしてくるから。」

フィリアルだった。街へ訓練に出ていたはずの、彼女だった。月明かりに照らされ、彼女の黒い肌、黒い髪、黒い魔石が妖艶に光る。手には黒い剣を握り、背中には黒い翼を現していた。魔族の天使、そう形容しても間違いない姿だった。

「魔術・黒旋刃嵐。」

フィリアルが呟くように魔術を発動させる。その瞬間、黒い風の刃が吹き荒れ、夜盗たちを襲っていく。一瞬のうちに、野党のほとんどが血祭りになった。

「何なんだ、あいつ…。」

「嘘だろ、上級魔術だぞ…。」

魔術の範囲外にいたものも、驚愕し足をすくませた。


「私はフィリアル。アンタらは悪い人族よね。友達になる気もしないわ。死になさい。」

冷たく死刑宣告をするフィリアル。フィリアルが剣を掲げたと認識した瞬間に野党たちの前には彼女が立っていた。

「は?」

一刀両断。野党の一人が半分になった。

「おい!どうなってんだよ!」

「に、逃げろ!」

先程まで暴力と破壊の限りを尽くしていた野党たちが逃げ出す。

「逃がさないわ、次。」

フィリアルの姿がまたブレる。その次に、野党が一人、また一人と切り殺されていく。

「次。」

「次。」

「次。」

冷淡なフィリアルの声と野党たちの悲鳴が響く。

「アンタで最後ね。」

「待って。お願い待って、殺さないで。」

最後に残ったのは、女の魔術使いだった。

「アンタが殺した村のみんなも、そうやって思ってたのよ。」

怒りを露わにして、フィリアルは剣を上げる。

「待って!お願い、私家に子供がいるの。だから、お願い!」

それでも命乞いをする女。

「だから、何?」

「こ、このあくっ…。」

言い切る前に、女の首が飛んだ。


「ゼベルト、終わったわ。」

野党を殺し切り、フィリアルはゼベルトの元に戻る。

「うん…。フランツ兄さんも母さんも、死んじゃったよ。フィリアル。」

涙とフランツの血で全身を濡らしたゼベルトが告げる。

「…ごめんなさい、ゼベルト。守るって言ったのに、守れなかったわ。」

拳を握り、血を垂らす。唇を噛み、血を垂らす。無傷だったフィリアルが自分自身に傷をつけた。少年と少女の血と涙が大地に落ちた。


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