第63話「それぞれの愛」
防衛拠点から少し距離のある丘、ヴェンデルは敵人族兵の土葬された地に”彼”が持っていた酒をこぼしていた。ヴェンデルの胸中にあるのは、同じ父としての謝罪と情け。そして老いた自身に対して、限界を感じていた。
(この戦いで私の役目は最期だろう…。)
ヴェンデルの老体に戦闘時の感覚の鈍りが出ていた。
「粋なことをするものですね、死者に酒盛りとは。」
「アニア様。」
ヴェンデルの隣にアニアがやってきた。
「ヴェンデル、執事の貴方に命令があってきました。」
「なんなりとお申し付けください。」
ヴェンデルは自身よりも背の低いアニアの前で膝をつく。
「此度の戦い、私の想い人であるゼベルト様を守りなさい。私の命が彼の命と天秤にかかったとしても、彼の命を優先しなさい。」
赤い眼を曇り澄ませながら、アニアはヴェンデルに命令を下した。
「承知しました。しかし、私の人生最期の役割として、二人の命が天秤にかかるのなら、私の命と引き換えに、ゼベルト様だけでなく、アニア様も御守りします。」
立ち上がり、ヴェンデルはアニアの両肩に手を置いて宣言した。
「頼もしいですね。さすがメルクル家の執事です。」
「アレクシア様、そしてアニア様に使えるのが私の役割ですので。」
笑い合う当主の少女と執事の老人。二人はお互いの大切なものを守るため、戦場に向かう準備をする。そしてヴェンデルは、自身の娘に伝えなければならないことを心に抱いた。
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「やはり獣族は高所が好きなのか?」
「ニャ〜、どうだろね。」
ヴェンデルは拠点の物見櫓に登り、ヴェルニャに話しかけた。
「わざわざ登ってきたってことは用があるんでしょ?」
「ああ、まあ二人で飲まないか?」
そう言って、ヴェンデルは酒の入った瓶と木のコップ二つを取り出した。
「ニャハ〜、いいの?」
「ああ。」
酒を注ぐヴェンデル。親子二人、水いらず、酒有りの夜が始まった。
「んで〜、用はなに〜?」
「お前に、言っておかなければならないことがあってな。」
ヴェンデルが真剣な表情をする。それを察知してヴェルニャも少し真面目な表情をする。
「私が戦場に出るのは、この戦争が最後だろう。そして、私はアニア様とゼベルト様を守るべく、全力を尽くす。血の繋がったお前、ヴェルニャ。お前のことを最優先できないだろう。」
ヴェルニャは黙って、猫耳をヴェンデルの声に傾ける。
「すまない。ただ、私はアニア様とアレクシア様に人生を救われたのだ。許してくれ。」
酒をまだヴェンデルは飲んでいなかった。注がれただけの酒の水面が夜の星を移す。
「べっつに、大丈夫だよ〜。そんなの、今さらだし。私強いからさ。私のことじゃなくってアニアちゃんとゼベっちのために頑張ってよ。お父さん。私もそれを応援するからさ。」
「ありがとう、ヴェルニャ。」
そうして二人は木のコップを合わせた。
「ねえ、せっかくだしお母さんとお父さんの話してよ。いろんなとこ旅行したんでしょ?」
「いいだろう、ただ、夜明けまでかかるぞ?」
「ニャハハ、望むところ〜。」
「ハッハッハ。」
親子は笑いながら、夜中まで酒を飲み交わした。空には煌々と星と月が輝いていた。
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拠点の一室。人族の魔術に関する本が収められている部屋で、ハンネローレは一人読書に耽っていた。
「流石ハンネローレ殿、研究熱心ですな。」
「え!? あ、はい。そうですね。」
いきなり、バルトルトの声がハンネローレの耳に届いた。
「脅かすつもりはなかったのですが、申し訳ない。」
「い、いえいえ。気づかなかった私が悪いので…。」
微妙な沈黙が流れる。バルトルトがハンネローレに愛の告白をしてから、二人の間には微妙な距離感ができていた。
「明日、小生が必ずハンネローレ殿を守ります。それを伝えにきたのです。」
昨日、魔王軍の宣戦布告に対するアドナロ王国の返事が来ていた。その返事はもちろん、『戦争を受けて立つ』というものだった。
「…ありがとうございます。」
ハンネローレは俯きながら答える。
「ハンネローレ殿は、私のことがお嫌いですか? 私の気持ちは貴女にとって要らないものでしょうか。」
バルトルトはハンネローレとできた距離を気にしていた。告白により自身が嫌われたのではと心配だった。
「い、いえ、そんなことはないです!!」
ハンネローレは自分でも驚くぐらいの大きな声でバルトルトの言葉を否定した。
「嫌いじゃないです。むしろ、その、嬉しかったです。バルトルトさんにああ言ってもらえて…。前からバルトルトさんは真摯に私と接してくれていましたし、私が困った時は助けてくれました。ゼベルトさんに決闘を申し込まれた時とか…。」
バルトルトに『在り方が美しい』と言われたことを思い出し、ハンネローレは白い顔を赤面させる。その赤い顔をバルトルトに向けて、まじまじと彼の顔を見つめる。
「美しいと言ってくれたバルトルトさんを失望させるのではないかと、私は怖くて仕方がないんです。」
また俯いて、ハンネローレは胸中を明かした。
「怖い。なるほど。しかしハンネローレ殿、小生は貴女の何に失望することがありましょうか。私は貴女の在り方が美しいと思ったのですよ? 何があろうと、小生は貴女を愛しますとも。」
真剣な眼差しで、俯くハンネローレの顔を見つめるバルトルト。その言葉に嘘偽りは無かった。
「ほ、本当ですか!? 研究に入り浸って、三日連続で湯浴みをしないこととかもありますよ!? ふ、服だって着替えない時もありますし、料理なんて上手く作れませんからね、私!?」
半分混乱して、眼鏡をずらしながら、ものすごい勢いでハンネローレは自身の汚点を話した。
「何も!! 全く!! これっぽっちも!! 問題ありません!! 貴女の在り方に私は惚れていると言っているでしょう。私は、貴女の好きなように、貴女が『魔』を追求している姿が好きなのです!!」
今度はバルトルトが大声を上げた。
「…わ、わかりました。ありがとうございます。」
感謝を言うことしかできなかったハンネローレ。
「ハンネローレ殿、小生は貴女が答えを出してくれるまで、いつまでも貴女を想い、待っていますからね。」
少し悲しそうな顔をしながら、バルトルトは書庫から退出する。
「わかりました。きっと今回の戦争が終わる頃には私も答えを出します…。」
ハンネローレは去っていくバルトルトの背中を眺めながら、そう言った。




