第62話「戦争準備」
「く、くるな!」
「はあ…、武器を捨て降伏すれば、危害は加えないと言っているだろう。」
陥落した拠点の一角。ヴェンデルは生き残りの人族兵の対処に回っていた。今、ヴェンデルの前にいるのは人族兵長と思わしき人物。危険性を考えてヴェンデルが対処していた。
「嘘をつけ!! 魔族魔族など信用できるか!!」
「落ち着け、魔王様は無意味な虐殺を望んではいない。」
「だ、黙れ! それ以上近づくな!」
「全く…。」
魔族を初めて眼にして、人族兵長は取り乱していた。彼は剣を強く手に握って離さない。
(初めて命の危機を感じているのだろうな、取り乱すのも無理はない。無力化するか…。)
ヴェンデルが剣を鞘に入れたまま振ろうとした時。
「待ってくれ! お、俺には娘がいるんだ。嫁に似て美人で気立のいい娘でよお。今日、娘から酒が送られてきたんだ。頼む! 殺さないでくれ!」
もとより殺す気は無かったが、相手の話を聞いて、ヴェンデルの手が止まった。
「兵長! 逃げてください!」
若い人族兵が積み上げられた物資の陰からヴェンデルに斬り掛かってきた。ヴェンデルはかろうじて剣撃を回避する。そして斬りかかってきた若い兵の首を反射的に斬った。
「くっそおおおお!」
人族兵長もそれを見て動転し、ヴェンデルに斬りかかる。
「…ッ!!」
ヴェンデルは人族兵長の首をまた反射的に斬った。それは長年戦場に出て敵を殺すことを体に馴染ませていたことによる、本人も意識していない条件反射のようなものだった。さらにヴェンデルはもう50歳を超えていた。体が頭より癖で動くようになっていた。
「老いたな…。」
呟くヴェンデルの足元に、二つの死体が転がっていた。
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アドナロ王国の防衛拠点は程なくして、魔族の侵攻拠点へと変わった。拠点の会議室にて、魔王フィリアル、四天王、アニアとゼベルトとヴェンデル、イザークとレオンが、机に置かれた地図を囲み、これからの計画を立てていた。
「今回の防衛拠点奪還における戦闘での死傷者は0、負傷者も30人は超えていません。物資や戦力のみで判断するならば、すぐにでも戦争に出られるでしょう。」
プラグマが現状の総括を話した。侵攻拠点であるこの地から、アドナロ王国まで目立った障害はない。拠点の高台から王国城壁が肉眼で見られるほどの距離にある。軍を進めさえすれば、簡単に戦争を仕掛けられる状況。
「ありがとう、プラグマ。私としては3日から5日間、兵たちを休憩させながら、諸々の準備をして戦争開始となれば上々と考えているわ。」
「承知しました。陣形の方は?」
魔王軍の構造として、主にフィリアルが戦略を発案し、その旨をプラグマが他の隊長や兵に伝えるようになっていた。
「まず最前線はバルトルトとハンネさん。ハンネさんの魔法で敵の足を遅らせて叩く。バルトルトは前線を押し上げるのと、ハンネさんから敵を払って。」
「承知いたしました。」
「わ、わかりました。」
地図の上、王国と拠点の間に銀の駒と白の駒が置かれた。そしてその周りに多数の小さな木片が数個置かれる。それは一般兵の小隊を表している。
「最前線は二人に任せるとして、その左側にレオンとイザークを配置するわ。ただ、レオンは自己判断で戦場に穴ができたら、そこを埋めるよう自由に動いていいわ。」
「はーい、ボクに任せてよ。」
「うっし、わかったぜ。魔王様。」
地図の上、銀の駒と白の駒の左側に紫の駒と茶の駒が置かれた。そして少数の小さな木片もその二つの駒の後方に置かれる。
「最前線の右側にメルクル家の3人を配置するわ。敵国との位置関係上、右側に敵兵が集中するでしょうね。アニアちゃん、ゼベルト、ヴェンデルさん、辛いところを任せるわ。」
「メルクル家にお任せあれ。」
アニアがカーテシーを披露して、他二人は黙って頷く。地図の上、銀の駒と白の駒の右側に、赤の駒と紺の駒と緑の駒が置かれた。これまでで最多数の小さな木片もその3つの駒の後方に置かれる。
「ニャハ〜、私はお留守番かニャ〜?」
「ええ、私、ヴェルニャ、プラグマは後方で待機、戦場でみんなが対処できない敵や魔術、魔法が出てきた際に出動するわ。」
「しょうち!」
「承知いたしました。では僕は他の隊長たちに陣形を伝えてきます。その際に何か、意見・変更点があれば、また僕の方から伝えさせていただきます。」
プラグマが話をまとめた。地図の上、拠点に黒と黄色と水色の駒が置かれる。
「じゃあ後は捕虜を送って宣戦布告ね。返事が返ってき次第、もう一度会議を開くわ。敵国が戦争を受けないことなんて万に一つもないでしょうけれど。」
魔王フィリアルはアドナロ王国の方角を眺め言った。
「さあみんな、ここからが本番よ。体を休め英気を養って、絶対に勝つわよ。」
『ハッ。』
魔王の檄に魔族が応えた。




