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第59話「魔喰らいの籠手」

 侵攻開始まで残り1週間。訓練場にて、兵士たちは皆、戦争に勝つため、そして戦争で生き残るために、鍛錬を重ねていた。武器と武器、魔術と魔術がぶつかり合う音が訓練場に響く。そして、その中で誰よりも豪快で壮麗な音を奏でる二人がいた。

「…ッ!!」

「…くっ。」

ゼベルトとバルトルト。剣と斧槍が重厚な音を奏でる。

(以前よりも、格段に強い!!)

バルトルトは自身が劣勢にあることを理解する。

「フンッ!!」

強引に斧槍を振って、ゼベルトを後退させるバルトルト。しかし、ゼベルトの『魔喰らいの剣』と斧槍がぶつかる度に、バルトルトの魔素強化と硬化魔法が乱れていく。


(以前は長期戦に持ち込めば、此方が有利だったが…。)

ゼベルトは魔素を持たない、持久戦に持ち込めば、魔素強化ができるバルトルトが圧倒的有利だった。しかし今のゼベルトは敵の魔素を強制的に減少させられる。

(此度は小生から仕掛けさせてもらおう!!)

バルトルトが肉を引き締め、斧槍を絞る。

「ハッ!!」

岩壁をも砕かんとする、斧槍の突きが放たれた。

「…ッ!?」

放った突きはゼベルトの僅か右を掠め、避けらた。そしてバルトルトの首に剣が添えられていた。バルトルトにとっては、一瞬遅れた世界に自身がいると錯覚するほどの一合いだった。


「ゼベルト殿、今のは…。」

驚愕して、バルトルトはゼベルトに種明かしを求める。

「ハァ…ハァ…。」

肩で息をするゼベルト。先の一合いに全神経を集中させていた。

「ゼベルト様、お水です。」

「ありがとう…。」

観戦していたアニアがゼベルトの異変に気づき、水筒を持って駆け寄ってきた。

「急かすようで申し訳ないゼベルト殿。落ち着いたら先ほどの剣について教えていただきたい…。」

「ああ、ちょっと待ってくれ…。」

咳払いをして、ゼベルトが水を飲む。


「ニャハハ〜、ゼベっち強くなったね〜。いつか私も負けちゃうかも?」

ヴェルニャも三人のところにやってきた。

「私のゼベルト様ですからね。お気をつけくださいね、ヴェルニャさん。」

真剣に言うアニア。

「ニャハハ〜、怖いねぇ。」

呑気に返すヴェルニャ。


アニアとヴェルニャが話しているうちに、ゼベルトが息を整えた。

「さっきのは、感覚と読みでやった。正直成功率はまだ低いし、実戦で使えるほどじゃないけどな。」

「あれを感覚と読みで…。」

「結構前から、聴覚だけじゃなくて視覚により意識を割くようにしてたんだが、それが実ってきたってところかな?」

「ニャハ〜、すごいねぇゼベっち。私には無理だね〜そんな方法。」

ヴェルニャが両手をあげて、お手上げの仕草をした。

「ヴェルニャさんでもできないのですか?」

「うん。なんて言ったらいいのかな。私の剣は力だからね。ゼベっちの剣みたいに技で戦ってないから。」

魔素強化や恵まれた体による剛剣がヴェルニャの強さ。対してゼベルトは持たざる者ゆえに、極めた技術の剣だった。魔素を持っていなかったからこそ、力に頼らず、技術で戦う。ゼベルトとバルトルトの力量はこの時点で横並びとなっていた。


「なるほど。聴覚と視覚によって蓄積した質の高い経験値が、ゼベルト殿の感覚と読みを冴え渡らせていると…。」

驚愕していたバルトルトも頭を整理し、ゼベルトの技法を言語化した。

「ゼベルト殿、あれは『後の先』と呼ばれる技法ですな。」

さらにバルトルトは記憶を掘り起こして、その技法に名前があることを思い出した。

「後の先?」

「はい、小生の記憶が正しければ、ある武術本に次のような記載があったはずです。魔王軍の侵攻先の『アドナロ王国』よりさらに南に位置する国、『武闘国家オードィロダム』では、敵の攻撃を読んで、その後隙を狩る『後の先』という技法があると。そしてそれを習得した者は武の極致に足を踏み入れている』と。」

顎に手を当て、語るバルトルト。

「まあ、俺は完全に習得しきれてないから、まだまだだな。」

深呼吸して、手を伸ばし柔軟をするゼベルト。浮かれている暇はないと、次の訓練の準備をする。


「アニア、籠手を持ってきてもらってもいいか?」

「もう持ってきております!」

最近のアニアは少し怖いぐらいに、ゼベルトに尽くしていた。

「ありがとう、アニア。」

「はい!」

布に包まれた籠手をゼベルトに手渡すアニア。ハンネローレの言葉を参考に作り上げたものだった。

「それが新しいゼベルト殿専用の防具ですかな?」

「はい、その通りです。『魔喰らいの剣』に合わせて『魔喰らいの籠手』と言ったところでしょうか。」

会話の最中に、ゼベルトは籠手を装着した。


「ふむ、籠手の性能を考えると小生では、訓練相手に適していなさそうですな。」

「私も魔術は使わニャいからね〜。」

「そうですね、魔術と剣術を両方高い水準で使える方と言えば…。」

「イザークがいたらよかったんだが、物資の輸送で今はいないし、ヴェンデルさんも執事の仕事で忙しいだろうし…。」

バルトルトは顎に手を当て、ヴェルニャは頭の後ろで手を組み、アニアは首を傾げ、ゼベルトは腕を組んで、それぞれ頭を捻らした。


・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・


 俺の名前はイサマク・イステル、魔王軍序列二十二位の十五歳。イステル家は魔王城から西に行った領土を持つ中堅貴族。メルクル家との決闘から、ゼベルトと話すようになって、アニア様ともたまに会話をするようになった。会話といっても、アニア様がゼベルトの趣味趣向について一方的に聞いてくるだけで、仲が良いとか、そんな感じではない。


 一週間前、魔王様が人族領に侵攻すると発表した。そのため中堅貴族の俺も毎日訓練場に出て、一般兵とともに訓練する日々を送っている。俺も小隊を一つ任されることになった。アニア様が推薦してくれたらしい。その代わりにと言って、ゼベルトについて根掘り葉掘り聞かれた。あのときのアニア様の眼はなんか怖かった。


「イステルさん、少しお時間よろしいでしょうか?」

「えっ!? はい、大丈夫です!!」

驚いた。噂をすれば何とやらとはこのことか。アニア様がいつの間にか後ろにいた。

「では、こちらについて来てください。」

「は、はあ。えっと何の御用でしょうか?」

「とりあえず、ついて来てください。」

「あ、はい。」

俺に拒否権は無いらしい。犬みたいに、俺はアニア様の後ろを追っていった。



もう一度言おう、俺の名前はイサマク・イステル、魔王軍序列二十二位の十五歳。ここで強調すべきは、俺は魔王軍序列二十二位の中堅貴族、中堅兵士だってこと。間違っても、序列一桁代の相手なんてできるわけない、できるわけないんだ。


「遠慮しなくていいからな、全力で来てくれ。」

「…はい。」

できるわけないのに!! なんで俺はゼベルトと本気の手合わせしなくちゃいけないんだ!! 心の叫びは声にできない。断ったらアニア様に何をされるか分からない。

「あー、もうこうなりゃヤケだっ!! 後悔すんなよ、ゼベルト!!」

そもそも魔術の効かないゼベルトに俺が勝てるわけない。だから俺の魔術か剣がゼベルトの体に一撃でも当たれば、俺の勝ちという条件になった。一撃でも無理そうだけどな。

「おう、かかってこい。」

余裕綽々のゼベルトに思いっきり剣を振る。が、軽々と止められてしまう。おかしいだろ。俺、魔素強化してるんだぞ? 何で普通に受けられるんだよ。


「炎焼の魔術!!」

至近距離で魔術を放つ。ゼベルトの剣で炎がかき消されるが、眼眩しになれば十分。もう一度、剣を振る。

「イサマク、強くなったな。」

俺の必死の剣撃を避けられた。褒め言葉付きで。

「魔術・連炎熱波。」

そう、俺も強くなった。上級魔術を溜め無しで使用可能になった。ゼベルトを連鎖する炎が襲い掛かる。

「お!!」

何だその嬉しそうな反応!? 俺はイラついて剣を水平に振るう。流石に魔術と剣両方は避けられまい。

「なっ!?」

俺の剣はゼベルトの剣に防がれ、さらに炎も籠手によって払われた。ふざけやがって、何が魔素を持ってないだ。普通の兵士よりもっと強いじゃねえか。

「魔術・焔嵐の迅矢っ!!!」

俺は残りの魔素半分を込めて、あのときゼベルトの体で消された魔術を放った。

「懐かしいな、その魔術。」

ゼベルトがそう言って、剣で魔術を斬り、突っ込んでくる。

「かかったな!!」

お前が魔術に突っ込んでくるのはお見通しなんだよ!! 俺は残った魔素を全て身体強化に当てて、俺は俺史上最速の剣撃を放った。ゼベルトの剣は魔術を斬るため、すでに振り抜かれている。勝ったな。確信したその瞬間、俺の視界は真っ暗になった。…またかよ。


・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・


「…。」

「起きたか、イサマク。」

眼を覚ましたイサマクにゼベルトは手巾と水筒を手渡す。

「あー。一体何が起こったんだ? 俺が気絶したのはわかるけど…。」

イサマクが上体を起こし、地面に座ったままゼベルトに手合わせの顛末を聞く。

「俺が籠手でイサマクの顔面を殴った。」

「なるほどな、簡潔で分かりやすい。」

手合わせの最後、イサマクは魔術を使ってゼベルトの剣を封じ、剣撃をゼベルトに放った。しかしその剣撃はゼベルトの籠手によって受け流された。そしてそのまま、ゼベルトは籠手でイサマクの顔を殴った。


「ありがとうな、イサマク。籠手で殴ったらどうなるか分かって助かった。」

「そりゃどうも、実際具体的に何がどう作用したんだ?」

イサマクが籠手の性能について尋ねる。殴られた時、イサマクは奇妙な感覚を覚えていた。

「この籠手はこの剣と同じで、触れたモノの魔素を霧散させるんだ。だからお前の顔面を殴った時に、お前の魔素強化を強制的に霧散させたんだろうな。」

「なるほど、それがあの変な感覚の原因か…。」

納得すると同時にイサマクの頭に疑問が一つ浮かぶ。


「でも待てよ、お前の体質上その籠手がなくても似たようなことはできるんじゃないか?」

「あー、まあできるといえばできる。」

以前のイザークとゼベルトの決闘では、イザークの剣の持ち手をゼベルトが触ることによって、イザークの魔素強化を撹乱していた。

「ただ俺の体質と違って、この剣と籠手は魔法にも有効的なんだよ。魔素自体を霧散させるからな。それに純粋に防具として便利だ。」

「なーるほどな。」

イサマクの疑問は晴れた。ゼベルトの魔素の無い体質は魔素に対して阻害物・絶縁体の効果を持っている。しかし魔法のように強固で完結してる魔素には、その効果は通じない。バルトルトの硬化魔法にゼベルトの体質が通じないのが一例。


「すげえな、お前はまだ強くなるのか。」

「まあな。付き合ってくれてありがとう、イサマク。」

ゼベルトがイサマクに手を差し伸べ、彼を立ち上がらせた。

「はっ、気にすんな。今度なんか奢れよ。」

「分かった。じゃ、俺は鍛錬を再開してくる。死ぬわけにいかないからな。」

イサマクに声をかけ、ゼベルトはアニアたちがいるところへ戻っていった。

「『死ぬわけにいかない』か。ホントにすげえな、アイツは。」

イサマクは改めてゼベルトの強さへの直向きさに感心するのだった。

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