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第57話「アニアとハンネローレ」

 フィリアル様が人族領侵攻を発表してから、一週間が経ちました。魔王軍全体が全力を尽くし、来る日に備えている。私もそのうちの一人として、呪術を極めるべく鍛錬をし、同時進行でゼベルト様のための呪具を開発していた。

「失礼します、アニアさん。」

夜、自室で呪具の開発をしていると、ハンネさんがやってきました。

「お茶を用意しますね。」

「あ、大丈夫です。すぐに帰りますので…。」

遠慮するハンネさん。自分だけお茶を飲むのも悪いので、一応彼女の分も机に置いておく。

「それで、ご用件はなんでしょうか?」

「ゼベルトさん専用の呪具について、少し思いついたことがあったので、それを伝えにきました。」

魔術と呪術。相違点もは々あれど、類似点が少なくはない。ハンネさんの言葉で難航していた、『魔喰らいの剣』の呪術を応用した、ゼベルト様専用の防具が完成に近づくかもしれません。


「その、呪術を長く浸けておくのはどうでしょうか?」

「浸けておく、というのは?」

「えっと、呪術に関しては素人なので、間違ったことを言っていたら申し訳ないんですが、魔道具の一部に魔術を長時間浸けて完成するものがあるんです。」

「なるほど。」

ハンネさんの意見は、一回の呪術付与だけではなく、何度も呪術をかけるべき、と言うことでしょうか。

「その方法でしたら、何度か試しています。しかし呪術が呪術なので、呪術を重ねがけするうちに、前に付与していた呪術が解けてしまうんです。」

『魔喰らいの剣』に付与されている呪術は、『魔素を喰らい霧散させる』というモノ。重ねがけするうちに、矛盾が起こってしまう。

「いえ、私が言いたかったのは….」

ハンネさんが微妙な反応をした。私は解釈を間違えたようです。


「その呪具一つに重ねがけをする場合はアニアさんが言ったように、うまく作用しないと思います。そこで、『呪具を多数作り、それを一箇所に密閉して、浸けておく』というような方法を提案したかったんです。」

「なるほどっ!! その方法なら、活路が見出せるかもしれません!!」

流石、魔を追求する四天王。呪術も魔素を介するモノ、私よりもよっぽど視野が広かった。


「役に立ったなら、嬉しいです。じゃあ、私は私の研究を進めるので…。」

眼鏡をいじりながら、そそくさとハンネさんは帰ろうとする。

「ハンネさん、本当にありがとうございました。」

私は深くお辞儀をする。これで私はまたゼベルト様の力に成れる。

「いえいえ、それでは。」

最初にハンネさんが言っていた通り、すぐ帰るみたいです。

「あ、ハンネさん。私、日中はゼベルト様と訓練場にいますので、また意見があれば教えてくださいませ。」

「え、えっと、はい。」

訓練場という言葉に、ハンネさんが明らかに動揺した。私は一瞬その反応を疑問に思ったが、考えればすぐにわかることだった。


「まだ、バルトルトさんと話せていないのですか?」

「えっ!? いや、別に話せてないわけじゃないですよ!? 食堂とか書室でバルトルトさんによく話しかけらますし、その、はい。」

反応を見るに、まだハンネさんはバルトルトさんに返事をしていないようだった。

「まだ返事はされていないのですよね。」

「はい、まだできていません…。え、ていうかなんでアニアさんがそのことを知っているんですか!?」

語るに落ちる。私の憶測で止まっていたことに確証が得られてしまいました。

「酒を飲んだ後、男女二人きりになる。でしたらすることは限られてくるのではないですか?」

「ああ、なるほど…。ん? でもアニアさんあの時ゼベルトさんの肩に寄りかかって眠っていませんでしたか?」

鋭いハンネさん。ゼベルト様も未だに気づいていないのに。

「あの時、私は眼を瞑って、息を立てていただけですよ?」

「えぇ…。」

ゼベルト様もお酒が入ったり、気が緩んだりすると、人の音に鈍感になる。あのままゼベルト様に部屋に運ばれることを想定していたのですが…。


「あ、あの、アニアさん。」

「はい、アニアです。」

ハンネさんの声で私は現実に戻された。

「その、怖くないんですか? ゼベルトさんに拒絶されたり、失望されたりすることが…。」

「怖くありません。全く、これっぽっちも。」

私は即答する。

「それは…、なぜですか?」

「愛しているからです。」

これも即答。それ以外に理由など無い、いらない。


「私は、アニアさんみたいになれません。私は、好きだと言ってくれた彼を、私自身のせいで失望させるのが怖いんです。彼が思うほど私は美しくありませんし…。」

正直、私には意味がわからなかった。ハンネさんの様子を見るに、ハンネさんもバルトルトさんのことを好いているはずなのに、なぜ愛を注がないのでしょう。


「ハンネさん、愛と呪いは紙一重です。私は私の、貴女は貴女なりの愛を、後悔のない呪いを、注いでくださいね。」

私にはこれくらいのことしか言えません。

「そう、ですね。ありがとうございます。よ、良い夜を…。」

そう言って退室するハンネさん。彼女は私の眼を見て、少し怯えた顔をしていた。


 私も乙女なので、ハンネさんから向けられる表情は心地いいモノではないです。けれどそんな些細なことを気にしている暇はありません。ハンネさんの助言でゼベルト様専用防具の開発にも目処が経ちましたし、これからも愛しのゼベルト様に全てを捧げましょう。

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