第56話「侵攻に向けて」
魔王座の間に、魔王軍序列50位以内の者たちが招集された。玉座に座るのは当然魔王フィリアル。その左にハンネローレとバルトルト、右にプラグマとヴェルニャという並びで四天王が控える。集められた魔族の多さに、皆は緊張していた。
「魔王軍の今後の展望について、魔王様からお話がある。皆、心して聞くように。」
プラグマが静寂を破って、魔王フィリアルに場を献上した。
「前魔王が無くなり10年、我々魔族は人族に煮え湯を飲まされ続けてきた。魔族狩りによって領境界に住む民は殺され、農民は減り不況が続き餓死する者も少なくなかった。」
魔王フィリアルは穏やかな、しかし怒りを確実に含ませた声で喋る。
「しかし今、我は高揚している。何故か分かるか? ようやっと人族共を蹴散らすべく状況が整ったからだ…。」
魔王の言葉に魔族たちが動揺する。魔王前述の通り、魔族領全体が不況に陥り、人族に攻め入る算段など無かった。できたとしても、それは採算度外視の特攻だった。
「『龍の尾道』を通行可能した。聡明な貴様らなら、あの道が人族領侵攻においてどれほど重要な道かわかっているだろう。それ故に我は高揚しているのだ。」
魔族たちの動揺が大きくなる。『龍の尾道』を通るには龍を退けなければならない。過去に軍勢が『龍の尾道』を通ろうとし、龍が現れ、その気迫に誰も身動きを取れなくなったという事実があった。
「一ヶ月後、我ら魔王軍は人族領侵攻を始める。侵攻先はイグレブ平野の先にある、アドナロ王国。『龍の尾道』を利用し、敵国の北東にある監視城を襲撃し、そこを我らの侵攻拠点とする。そして敵国に宣戦布告し敵国主城を落とす。」
玉座に座ったまま、淡々と侵攻計画について魔王フィリアルが話す。
「貴様ら、剣を研ぎ、物資を集め、覚悟をしろ。ついに、我ら魔族が反撃の狼煙をあげる時が来たのだ!!」
魔王フィリアルの喝が部屋に轟く。しかし、魔族たちは困惑し、誰一人返事の声を上げなかった。
「ま、魔王様。大変恐縮なのですが、『龍の尾道』を通行可能にしたとは一体どう言うことでしょうか…。その、具体的な方法を教えていただきたく思います…。」
一人の魔族が魔王相手に恐る恐る質問をした。身なりからして、貴族だと魔王フィリアルは察する。
「ほう、貴族は魔王である我の言葉が信用できないということか。」
「いえ決してそう言うわけではなく!! ただこの不聡明な私にも分かるよう教えていただけないかと思いまして…。」
「まあよい、百聞は一見に如かず。我について来い。」
魔王フィリアルはそう言うと玉座から立ち上がり、魔族の列を突っ切り、魔王座の間から出ていった。四天王がそれについて行く。そしてアニア、ゼベルト、レオン、イザークが最初に四天王を追いかける。他の魔族たちも遅れて彼らについて行った。
魔王フィリアルが向かったのは魔王城のバルコニー。晴れ渡った空と魔王城の黒塔がよく見える。魔族たちがバルコニーに集まりきると、魔王フィリアルがまた話し出した。
「疑り深い貴様らに眼にもの、いや、貴様らの眼に龍を見せてやろう。」
口角を上げ、自信満々に魔王フィリアルは笑う。
「龍だって?」
「流石に冗談だろ。」
「これで翼竜だったら笑い種だな。」
魔族たちが騒めく。貴族至上主義者の嘲るような言葉も混じっていた。
「メルクル家、一つ演奏を頼む。」
「承知いたしました。」
指を一本立てて、魔王フィリアルがアニアとゼベルトにピアノを奏でるよう言い聞かせた。身分の関係上、ゼベルト一人を指名するわけにはいかないため、メルクル家ごと指名した。アニアとゼベルトがピアノの椅子に座り、ゼベルトが鍵盤に指を置く。アニアはゼベルトを見守るのみ。そしてゼベルトの指に従って、幻想的で厳格な曲が響いた。
「さあ、我は龍と空中散歩と行こう。」
そう呟くと、魔王フィリアルはバルコニーから飛び降りた。
『!?』
驚く魔族たち。しかしそのすぐ一瞬後に腰を抜かすほど驚くことになる。
『グカ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!』
世界を裂くような咆哮と共に、バルコニーの下から龍が現れた。赤黒い鱗で日光を反射し、巨大な翼で羽ばたく龍。そしてその背中には、魔王フィリアルが跨り、片手を天高く掲げている。空中で一時停止して、その姿を魔族らに見せつけると、幻想的なピアノの音に送られ、そのまま快晴の空へ、龍と魔王は飛び立って行った。
魔族たちは声も出せず、ただその場にへたり込んだ。驚愕、そして自身の眼に映る事実を受け入れるとともに、魔王を疑ったことを恥じる。魔王城上空を優雅に飛ぶ龍と魔王。自身たちが使えるべき者を本能的にも理性的にも再確認した。
魔王フィリアルは龍の姿を魔王城全体にいる魔族たちに見せつけた。訓練場、決闘場、馬宿、倉庫、寮、そして城下町。魔王軍序列に載らない一般兵たちにも、城下町に暮らす民にも、その魔王と龍の姿を存分に焼き付けさせた。そして、龍を共にしてバルコニーに戻ってきた。
「もう一度言ってやろう、一ヶ月後、我ら魔王軍は人族領侵攻を始める。」
龍を横に侍らせた魔王フィリアルが言葉を放つ。
「剣を研ぎ、物資を掻き集め、命を賭ける覚悟をしろ!! ついに、我ら魔族が反撃の狼煙をあげる時が来たのだッ!!」
『—ハッ!!!!』
晴天の下、魔王フィリアルの声に魔族たちが応えた。
魔族たちがフィリアルの言葉に従い、それぞれの戦争準備のためバルコニーから出て行った。残ったのは四天王とゼベルト、アニア、イザーク、レオン。ヴェンデルを抜いた歓迎会に集まった面子がフィリアルと龍人に戻ったフィラウディアの側へ駆け寄る。
「フィリアル。私、上手くできてた?」
「ええ、すごく上手だったわ。フィラウディア。」
褒めながら、フィリアルは自身のローブを裸のフィラウディアに着させる。
「えへへ〜。」
「ニャハハ〜。」
褒められたフィラウディアはヴェルニャに抱きついて照れ隠しをした。
「フィラウディアちゃんがみんなの前で喋るのはダメだったの?」
「貴族がフィラウディアと意思疎通が図れると知ったら、面倒ごとが起こるだろう? だから言葉じゃなくて姿で見せたのさ。」
レオンの質問にプラグマが答えた。『お前も貴族だろ。』とゼベルトは思ったが、言葉にはしなかった。当のフィラウディアは、頭に疑問符を浮かべながら、ヴェルニャに肩車をしてもらっていた。
「それに龍人の姿でてくるよりも、『龍』の姿の方がカッコよくて、威厳もあるしな。」
イザークが腕組みをしながら、プラグマの説明を捕捉した。ヴェルニャの頭上でフィラウディアが誇らしそうに胸を張る。
「いい視点ですね、イザークさん。」
「なーんかおじさんに負けた感じ〜。」
アニアとレオンがイザークの補足に納得しつつも、微妙な反応を見せる。
「嬢ちゃんたち、俺への当たり、やっぱり強くねえか?」
彼女たちの反応に首を傾げるイザーク。それを見て、皆は微笑んだ。
「ゼベルトもありがとう。いい演奏だったわ。」
「アニアもそう思います!」
「どういたしまして。」
髪をかきながら、ゼベルトも褒め言葉を受け取った。演出の話は事前に打ち合わせされていた。
「いや〜、でもいよいよ始めるんだね。侵攻。」
「フィリアル様が魔王になるまでは防戦一方でヒイヒイ言ってたのにな。流石魔王様だぜ。」
レオンとイザークが実感の無さを口にした。
「経験豊富なイザークさんでも、侵攻戦争の経験はないんですか?」
ハンネローレが疑問に思ってイザークに聞いた。
「俺の生まれた時はもう前魔王が覇道を行っていた時代だったしなあ。人族領を攻める戦争より、奪い取った領地を守る戦争の方が多かったんだよ。んで前魔王が死んでからはさっきも言った通り防戦一方だしな。」
実際のところ、侵攻をするという実感は全員はっきりとは感じていなかった。ヴェンデルを除いて最年長のイザークでさえ、防戦の経験の方が多かった。
「だからこそ、入念に準備しなきゃならないわ。」
漂った不安感がフィリアルの言葉で吹き飛ばされ、逆に空気が引き締まった。
「私とプラグマは貴族を中心に物資の確保。バルトルトは産業家を中心に物資の確保。」
「「承知しました。」」
プラグマとバルトルトが声を重ね返事をした。そしてフィリアルが端的に皆の役割を伝え始める。
「ハンネさんは兵器の研究を続けて。別に戦争に間に合わなくたっていいわ。」
「は、はい!」
勢いよく頷くハンネローレ、はずみで眼鏡が少しずれた。
「ヴェルニャとアニア、ゼベルトで軍全体の統率をお願い。」
「はーい!!」
元気よく返事をするヴェルニャ。静かに頷くゼベルトとアニア。
「イザークさんとレオンは物資の輸送を監督してもらうわ。転移魔術を存分に生かして。」
「任せて!」
快活に返事をするレオンと深く頷くイザーク。
「私は…?」
ヴェルニャに肩車されたまま、フィラウディアが首を傾げる。
「フィラウディアは私の鍛錬に付き合って欲しいわ。魔法の扱い方について相談に乗ってちょうだい? 私自身も強くならないと。」
「わかった!! タンレンする!!」
ヴェルニャの肩から飛び降りて、フィラウディアはフィリアルに飛びついた。少しよろけながらも、フィリアルはフィラウディアを受け止めた。
「ようやっとここまで来たわ。各々、この一ヶ月全力を尽くしなさい!!」
『オォッ!!!』
魔王フィリアルの言葉に友人たちが応えた。




