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第55話「ヴェルニャとヴェンデル」

 月明かりの下で踊る二人の魔族を、魔族と獣族の間の子が見ていた。

「綺麗だねえ。」

ヴェルニャはフィラウディアを部屋に運んでから、魔王城の塔に登って夜風に当たり、酔いを覚ましていた。高所が好きで、よく塔に登る彼女はたまたまバルコニーでのゼベルトとフィリアルの舞踏を眼にしていたのだった。


「ヴェルニャ、お前もここが好きなのか…。」

「ニャっ!?」

急な来訪者の声にヴェルニャは驚く。声の主はヴェンデルだった。

「すまない、驚かすつもりはなかったのだが… 。」

「それより『お前も』って何? 父さんも高いとこ好きなの?」

少しぶっきらぼうに、ヴェンデルに聞くヴェルニャ。


「ルーシャ、お前の母さんもここが好きだった。」

「ふーん…。」

「ルーシャにこの場所を教わってはいないのか?」

「教えてもらってないよ。ていうか私が物心つく頃には、母さんは病気であんまり話せなかったし。私から父さんについて聞くのは責めてるみたいになるから聞かなかった。」

ヴェンデルは娘について無知な自分を再認識する。そしてまず、自身の知るルーシャのことをヴェルニャに話そうと決めた。

「母さんも高所が好きで、ここでよく月を見ていた。私と母さんが婚約した場所でもある。」

「へ〜、そうなんだ。」

興味のなさそうなフリをしていても、ヴェルニャの尻尾は上に伸びていた。その姿もルーシャと似ていることにヴェンデルは気づく。


「戦場で負傷し部隊とはぐれ、気絶していたところを母さんに助けてもらったのが、私とルーシャの出会いだった。」

ヴェルニャは返事をせず、ただ彼女は自身の猫耳をヴェンデルの声に傾ける。

「一眼惚れだった。その頃私はとうに三十を超えていたのだがな。ルーシャの愛らしい猫獣族の顔が、可愛らしい耳と尻尾が、美しい毛並みが私の心を掴んで離してくれなかった。」

「よくそんなスラスラと褒められるね。」

小恥ずかしくて、ヴェルニャは思わず皮肉を言ってしまった。

「愛しているからな、今でも…。」

自然とその言葉はヴェンデルの口から溢れた。


「私はありったけの理由づけをしてルーシャに『一緒に来てくれ』と誘った。彼女の両親に賄賂まがいのものを送ったこともあった。ルーシャは根負けして私についてきてくれた。身勝手な私にルーシャはついてきてくれたんだ。」

ヴェンデルは空に浮かぶ月を眺める。ルーシャと眺めた月がそこにあった。


「魔王軍の四天王だった私はルーシャと幸せな日々を送ったよ。休暇があれば魔族領中を旅して、美味いものを食べて…。」

ヴェルニャが立っている場所を、ヴェンデルは指差した。

「そしてここでルーシャと結婚した親族には猛反対されたが、そんなことどうでも良かった。結婚からしばらくしない内にお前が生まれ『ヴェルニャ』と名づけた。幸せが続くよう、私は心から願っていたよ。」

一瞬だけヴェンデルの老練な表情が崩れ、年老いて過去に思い馳せる老人の表情になった。


「しかし時代は幸せを許さなかった。前魔王の魔道はとうに廃れ、人族が魔族領で魔族狩りをするまでに落ちぶれた。私は四天王の任務を放棄して、ルーシャとお前を守ることに奔走した。その結果二人を守ることはできたが、私の地位を守ることはできなかった。」

苦悶の表情を浮かべるヴェンデル。

「貴族らによって、私は魔王軍から追放された。平民出身の私をずっと眼の仇にしていたのだろうな。ルーシャとお前を人質に取られ、私は実家に帰らざるを得なかった。」

話を聞くうちに、ヴェルニャは、自身の思っていた程度よりもずっと、父親が母親と自身を愛していてくれたことを感じた。


「彼女の平穏を願い続けて、なんとか私は生きていたが、一年ほど経って病気で彼女が死んだと連絡が入ったよ。情けないことに私は荒れ腐り、目的地も決めず魔族領を彷徨い、酒と暴力に溺れる日々を送るようになった。」

ヴェンデルの呼吸が浅くなる。瞳が潤んでいく。声を震わせながら、ヴェンデルは話す。

「すまなかった、ヴェルニャ。お前のところにすぐ行けば良かった。貴族共など全員ねじ伏せて逢いに行くべきだったんだ。ルーシャを失った悲しみに私は囚われすぎていた。本当にすまなかった…。」

泣いてはいけない、泣く資格などない。そう思うほどにヴェンデルの身体の内側から怒りと哀しみが湧き出た。気づけばヴェンデルは血管が浮き上がるほど拳を強く握っていた。


「母さんも、父さんを愛してたよ。父さんの話をするときはいつも眼をキラキラさせてた。『父さんは私の英雄なんだ』って、『いつか私たちを迎えに来る』ってさ。」

ヴェルニャは父親の怒りと哀しみに当てられながら、慰めではなく、自身の知っている事実を語った。

「………。」

ヴェンデルは口を開いたら嗚咽が漏れてしまいそうだった。眼も閉じたが、涙が彼の頬に一筋垂れていった。


「…父さんと話せて良かったよ。私さ、ゼベっちとか、アニアちゃんとか、プラグマとか、バルトルトみたいに、愛だの恋だのがわかんないんだよね…。」

バルコニーで踊っているゼベルトとフィリアルを眺めながら、フィリアルは初めて自身の悩みを誰かに打ち明けた。

「魔族と獣族の間の子だからってのもあるかもだけど…。」

ヴェルニャも声を震わしながら話す。


「自信がなくってさ。母さんと父さんがちゃんと愛し合って自分が生まれたっていう自信がさ。嫌な言い方でごめんね。でもホントなんだ。」

いつもヴェルニャが楽観的で軽薄な態度でいる理由がそれだった。本当は『ニャ』と訛らずに喋ることもできる。でも真面目でいたら、相手との距離感が縮まって、どう接したらいいかヴェルニャはわからなくなる。肉体的に触れ合うことはできても、精神的に触れ合うことを恐れていた。それはヴェルニャが子供の頃から戦闘に明け暮れ、殺しを行ってきた弊害でもあった。


「でも今日、ちょっと自信が持てたよ。私もいつか、母さんと父さんみたいに誰かと出会えるかもしれないってね。ニャハハ。」

力なく笑いながら、ヴェルニャはヴェンデルの胸に飛び込んだ。

「…すまなかったヴェルニャ。私がお前を守らなければいけなかった。お前にちゃんと愛を教えて、幼い頃から戦場に身を投じなくて済むよう、私がそばにいるべきだった。」

少し希望を感じた反面、自身の弱さと向き合ったヴェルニャ。そして父親としての不甲斐なさを今頃痛感したヴェンデル。お互いの感情が収まるまで、父親とその娘は、月明かりの下、塔の上で抱き合っていた

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