第54話「無音に包まれ踊る」
「まだ寝てなかったのね、ゼベルト。」
「ああ、なんか寝られそうになくって。」
ゼベルトは部屋に戻らず、バルコニーでピアノを弾いていた。フィリアルはアニアを部屋に運んだ後、ピアノの音に気づいてバルコニーまで来たのだった。
「なんか思い出しちゃってさ…。」
「私もそうよ。」
二人とも、あの村の日のことが頭に浮かんでいた。
「最初村に馴染めなかったゼベルトがこんな風になるなんて思ってもなかったわ。」
「それは俺もそうだよ。」
「弱気で涙脆くて、私がいなかったらダメダメだったのに。」
「そう言うフィリアルも俺が村に来なかったら一人ぼっちだったろ?」
お互いの幼い頃を思い出して微笑み合う。
「ねえ、ゼベルト。魔王じゃなくてフィリアルとしての悩みを聞いてくれないかしら。」
「もちろん。お気に召すままに。」
ゼベルトはピアノを弾くのをやめて、横に座るフィリアルと向き合った。
「私ね、時々迷うの。自分はこんなに人族を殺して何をやってるんだろうって。昔、それこそ小さい時は人族も話し合えば友達になれると思ってた。」
フィリアルの眼は悲しみで満ちていた。
「でも今はどうやって人族領に攻め込んで、どうやって戦争に勝つかを考えてる。時々すごい不安になるの。自分が思い描いたことと正反対のことをやってるんじゃないかって。」
ゼベルトは必死になってフィリアルにかける言葉を探す。
「俺もさ、フィリアルに逢うために人族を殺し続けてたよ。アニアと逢えなかったら、その殺しには何の意味も無かったかもしれない。俺も、フィリアルと一緒だよ。自分のやってることの正誤なんてわからなくて、今日を生きるのに必死なんだ。」
ゼベルトはフィリアルの手を取り、黒い瞳を真っ直ぐに見つめた。
「だから精一杯生きていこう。俺たちの約束に一歩ずつ近づいてると信じて。」
フィリアルもゼベルトの紺色の瞳を見つめ返す。夜のバルコニーに静寂が流れた。
「ありがとう、ゼベルト。元気出たわ。」
「そうか、なら良かった。」
また二人で笑い合って、お互いの手をぎゅっと握り締める。
「私もね〜最初は色々試したんだけどね〜。」
「何を試したんだ?」
手を離して、フィリアルがあっけらかんとした態度に戻った。きっともう魔王としてのフィリアルに戻っているんだろうと、ゼベルトは感じた。
「人族兵を殺さないように半殺しにしてみたり、捕縛魔術で動けなくしたり、色々やってみたけどダメだった。大体回復魔術で突っ込んでくるか、勇聖教会への信仰心で捨て身の特攻を仕掛けてきたわ…。」
「なるほどな、確かに殺し切らないとそうなるよな。」
ゼベルトは兵訓練を受けていないため知らないが、魔王軍で最初に教えられる最も重要なことは『敵に必ずトドメを刺す』ということ。それは、敵が半殺しでも魔術を発現させられたら、思わぬ被害を食らったり、回復魔術で復活したりすることもあるからだった。
「私はなんとかなっても他の魔王軍兵が被害を被ったことが何回もあったわ。」
「難しいな…。」
ゼベルトは頭を回すが、フィリアルはとっくに答えを出しているようだった。
「…まあフィリアルは捕虜を取るくらいだから優しい方なんじゃないか?」
「そうかもね。私は随分前から苦しまないようできるだけ一瞬で殺すことにしてるわ。戦争に出ている時点で相手にもその覚悟はあるということにしないと、あまりにも厳しい世界だから…。それに人族の嫌なところもたくさん見てきた。友達になるとは言っても、正直限界があるわ。」
フィリアルはもしかしたら自身に言い聞かせているのかもしれない、ゼベルトは少しそう思ってしまった。でもゼベルトはそれを口にしない、そんなことは魔王として何人も殺してきた彼女が一番わかっているはずだから。
「結局、戦争が最も簡単で速い方法になってしまうのよね。相手の文化も宗教も無視して、力でねじ伏せる。これほど分かりやすい手段はないわ。」
幼いフィリアルが宣言した『悪いヤツは全員ぶっ飛ばして、友達になる』とはつまり暴力で全てを解決するという宣言でもあったことに、フィリアルは魔王になる過程で気づいていた。
「『やりようによる』っていう言葉は楽観的すぎるか? 確かに戦争による犠牲者は出るだろうけど、俺たち魔族が勝って、無意味な虐殺や迫害をしなければ、友好的な関係が気付けるかもしれない。」
頭を捻りに捻って出したゼベルト考え。
「ええ、ゼベルトの言う通りよ。今までの歴史を通しても戦争は避けられない。けれど、これから私たちがどんな歴史を描いていくかは、自由、なはずよ… 。」
言いながら、悲哀に満ちた顔をするフィリアル。ゼベルトも初めて見る表情だった。幼少期の泣き顔とも、先ほどまで会話していた悲しみの表情とも違う。彼女の身体の音も、少し小さくなっていた。
「また、みんなでああやって踊れるといいわね。」
何かを誤魔化すように、フィリアルがピアノの椅子から降りて、ゼベルトの隣から離れた。
「そうだな…。」
ゼベルトも椅子から降りて、フィリアルの前に立つ。
「ん? どうしたの?」
「踊ってくれないか? ほら、俺ずっとピアノを弾いてたから、誰とも踊れなくてさ。」
半分はフィリアルの悲哀をほどくため。半分はフィリアルと踊っていたプラグマに嫉妬していたため。後者の理由をできるだけ感じさせないように、ゼベルトはフィリアルに軽く誘いかけた。
「いいわよ、でもちょっと疲れてるから、ゆっくりね。」
笑いながら、フィリアルはゼベルトの誘いを受けた。
「ありがとう。」
フィリアルは踊っている最中ずっと笑顔だった。ゼベルトの内心を見抜いていたのかもしれない。例えそうだったとしても、ゼベルトは笑顔のフィリアルとの舞踏に幸せを感じていた。夜風の音だけが響く、音楽のない月光の下、二人の魔族が踊った。




