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第50話「雨降って」

 龍人は自身の拳の届かない魔族に向けて、全力の息吹を吐き出した。その最中、自分がなぜ山で眠っていたかを思い出した。その蘇った記憶が自身をまた別の感情で包む。その感情の名前を龍人は知らない。龍人が息吹を吐き出し切った。赤と黒が剥げて、世界が元の色に戻る。


「ハァ…ハァ…。流石にキツイわね。魔素がこんなに減ったのいつぶりかしら。」

魔王は龍の息吹を受け切っていた。世界を赤と黒で焦がすほどの息吹。魔王でも八割の保有魔素を使って、黒と赤の世界で自身の色を保っていた。龍人は驚かない。なんとなく、この魔王は耐えるだろうと思っていた。


「ねえ貴女、すごく寂しそうな顔してるわよ?」

「ッ…。」

まるで心の中を読まれたようだった。息吹に耐えられたことよりも、その言葉の方に龍人は驚いた。龍人は自身の心にある感情が何かわからなくて、また魔王フィリアルから距離を取った。

「哀しいことがあったのね。」

魔王フィリアルがまた距離をつめて言葉をかける。龍人は自分が何をすべきか分からない。

「私の名前はフィリアル。貴女と友達になりたいの。まずは貴女の名前を教えて?」

永い眠りにつく前に出逢った、美しかった彼女を龍人は思い出す。そう、自分の名前はフィラウディア。今まで眠っていた理由は彼女との別れから来る哀しさを消すため。

「…フィラウディア。」

初めて龍人がフィリアルの言葉に応えた。

「フィラウディアっていうのね、いい名前だわ。それに私の名前とちょっと似てるわ。」

フィリアルの言葉と笑顔に、フィラウディアはまた動揺する。


 フィラウディアの心にあった感情は寂しさ。空の飛び方を教えてくれた翼竜と一緒に生きてくれたラディア。友達を失った哀しさはもうとっくに治まっていた。でも独りになってしまったフィラウディアを寂しさが包んでいた。いくら自分が強くても大きくても、一緒に生きてくれる誰かがいないと意味がない。その寂しさに気づいた今、フィラウディアの身体の中の何かが暴れ出しそうだった。

「嫌な気持ちは吐き出しちゃった方がいいわ。貴女が抱えてるもの、全部私が受け止めるから。ほら、大丈夫。」

魔王が龍人に近づき両腕で抱きしめた。

「哀しみも、怒りも、全部吐き出していいのよ。そしたらまた喜びと楽しさを感じられるようになるの。」

「う、あ―。」

龍人がずっと溜め込んでいた何かが溢れ始める。晴れていた山頂を雲が覆っていく。龍の涙が溢れると、雲から雨が溢れた。雨音が龍の涙声を隠す。


 泣き叫ぶフィラウディアを両腕に抱きしめて、フィリアルは空から地面に降りていく。魔王であるフィリアルと並ぶ力を持った龍。恐らく自身よりも長い年月を生きているだろうとフィリアルは感じていた。しかしその龍は幼い少女だった。


 フィラウディアという名の龍。産まれた時から独りぼっちで、やっとできたはずの友達である翼竜と人族も失ってしまった。その怒りと哀しみをずっとずっと独りで抱えて眠っていた。そんなフィラウディアが今日やっと涙を流すことができた。それはフィリアルという名の魔王のおかげ。怒りも哀しみも受け入れて、友達になってくれるフィリアルが現れたからだった。



 山頂に降る雨に不快感は無かった。戦っていた龍と魔族たちの疲れを洗い落とすような安らかな雨。しばらくの間そんな雨に包まれた後、フィリアルがフィラウディアを抱えて、地面に降り立った。

「フィリアっち~!!」

真っ先に駆け寄ってきたのはヴェルニャ。戦いが終わったことを察知して誰よりも速く走る。

「しー、静かに。」

「ニャ?」

唇の前に指を一本立てて、フィリアルはヴェルニャに静かにするよう示した。

「泣き疲れて、眠っちゃったみたいだから。」

「ニャるほど。」

フィリアルの腕の中には少し腫れた眼を瞑って眠る龍人がいた。

「フィリアルっ!」

「魔王様…!!」

「フィリアルちゃん!!」

「フィリアル様…。」

ヴェルニャに遅れてゼベルトたちもフィリアルのところへ駆けつけた。

「「しー。」」

今度はフィリアルとヴェルニャがゼベルトたちを静かにするよう一緒に示した。そしてフィリアルがフィラウディアにローブをかけて抱き上げる。


 フィリアルはゼベルトたちにフィラウディアのことを話し、もう敵意はないと伝えた。ゼベルトは、龍人とフィリアルの会話を聞いていたのですぐに受け入れた。アニアは『ゼベルト様とフィリアル様の言うことならば』と、こちらもすぐに受け入れた。プラグマとハンネローレは少し渋ったが、魔王であり友人であるフィリアルのことを信じた。こうして、魔族たちは魔王フィリアルの新しい友達・フィラウディアを受け入れるのだった。



 フィリアルたちはフィラウディアを連れて、獣族たちの集落まで下山した。フィラウディアがフィリアルに抱きついてずっと離れなかったからだ。龍人を連れてきたことを知った獣族たちによって、集落は阿鼻叫喚の騒ぎとなった。その騒ぎがおさまる頃に、フィラウディアが眼を覚ました。


 巨木のうろにて、フィリアルたちはフィラウディアとの会話を試みる。最初はフィリアル以外の者を警戒していたが、フィラウディアの警戒心は徐々に解けていった。特にヴェルニャが気に入ったようで、フィラウディアはヴェルニャを隣に座らせている。


 陽が沈む頃にはプラグマ、ハンネローレ、モーガン、ウォーレンが見守る中、ゼベルトとアニアがフィラウディアに珈琲を振る舞っていた。

「これ美味しい。」

「おかわりするか?」

「する。」

「ちょっと待っててくれ。」

龍人であるフィラウディアも珈琲を気に入ったようで、ゼベルトにおかわりを頼んだ。

「甘いものと食べると美味しいですよ。」

アニアも持ってきた砂糖菓子をフィラウディアに振る舞う。

「…ありがとう。」

懐かしそうに、フィラウディアが菓子を眺める。長い眠りにつく前、ラディアと食べた菓子をフィラウディアは思い出していた。


「フィラウディア。改めてだけど、本当にごめんなさい。無理やり起こして攻撃されるなんて夢にも見てなかったでしょう?」

「ううん、私も寝起きであなたたちに痛いことしちゃったから。お互い様。」

フィリアルの謝罪をフィラウディアは受け入れてくれた。龍と友達になったと聞いた時は半信半疑だったプラグマ、ハンネローレ、モーガン、ウォーレンもこのやり取りを見てついにその事実を認めるのだった。


「ま、まさか本当に龍神様と友達になってしまうとはな…。驚愕じゃ。」

「ふん、我らが魔王様だからね。当然のことさ。」

驚くモーガンに対して得意げなプラグマ。

「なあ、コイツは一々魔王様の強さを広告しないと気がすまないのか?」

「え、えっと、はい。プラグマ様はフィリアル様のことを非常に尊敬してますので…。」

ウォーレンの質問に優しい回答をするハンネローレ。

「非常っつーか異常だろ…。」

的確なツッコミをするウォーレン。


「にゃあ~。そろそろ本題に入ってもいんじゃにゃいか~?」

尻尾をフィラウディアに握られ、間抜けな声のまま提案するヴェルニャ。

「そうね。フィラウディア、お願いしたいことがあるんだけど…。」

「なに?」

「龍の尾道を通らせてくれないかしら。」

「りゅうのおみち…。」

フィラウディアが真剣な顔を見せた。魔族獣族たちに緊張が走る。

「それってなに?」

肩透かしを食らう一同。フィラウディアの表情から断られるかもしれないと思っていた。


「そ、そうよね。あなたが名付けたわけじゃないものね。えっと、イグレブ山、この山を通ってもいいかって私は聞きたかったの。龍の尾道っていうのはこの山を越えるための道のことよ。」

「別にいいよ。」

なんともあっさりとした回答をするフィラウディア。

「通るって言っても私たち五人とかそういう規模じゃなくて、もっと大勢…。隠すのは良くないわね。軍隊、人族領に侵攻するための軍隊にこの山を通らせてほしいの。」

「…。」

無言になるフィラウディア。今度こそ真剣に悩んでいるようだった。

「魔族と人族はまだ戦争してるんだ…。」

「ええ、その通り。フィラウディア、私には夢があるの。魔族も獣族も人族も関係なく、みんな友達になるって。今は戦争をしてるけど、私が悪い奴は全部ぶっ飛ばして友達にするの。」

「王様をぶっ飛ばすってこと?」

「悪い奴ならね。」

フィリアルが夢を打ち明けた。フィラウディアはまた真剣な表情をして考える。

「…わかった。通ってもいいよ。」

「そう、ありが―」

「でも一つ約束。絶対に死んじゃダメだからね、フィリアル。私を独りにしないで。」

「…わかったわ。」

フィラウディアが条件にしたのは他でもない友達の生還だった。フィラウディアにとっては、戦争の行末などどうでもいい。ただ独りになりたくない、やっとまたできた友達を失いたくなかった。


「にゃは~、フィラウディアが援護してくれたっていいんだよ~。」

ヴェルニャがまた間抜けな声で言った。

「嫌だ。それは絶対にしない。私は食べるためと守るため以外の時は絶対に何も殺さない。」

『…。』

突如フィラウディアが放った嫌悪に一同は黙り冷や汗を垂らした。少女の見た目をしているが、フィラウディアの内包する力は変わりなく龍だった。

「ごめんな、フィラウディア。ヴェルニャが変なこと言って。ほらこれ、おかわりの珈琲。」

「うん、ありがとう。」

ゼベルトがフィラウディアに珈琲を差し出して事なきを得た。その後、フィリアルはヴェルニャの頭に手刀を食らわせていた。

(このおバカっ!!)

(にゃ~、ごめんよ~。)

フィラウディアが珈琲を飲む音と菓子を咀嚼する音が響く。


「魔王様の宣言通り龍人様と仲良くなれたみてえだが、これからどうするんだ? 」

ウォーレンの疑問は至極当然のもの。

「一度、魔王城に戻るわ。フィラウディアと戦ってみんな消耗してるし、人族領に攻める準備もしなきゃだから。」

フィリアルの回答も妥当なもの。

「私も…。私もついていっていい?」

珈琲の入ったコップを両手に持ち、上目遣いでフィリアルを見つめてフィラウディアが聞いた。

「もちろん、いいわよ。きっとみんな歓迎してくれるわ。」

快諾するフィリアル。頼むフィラウディアの姿はとても愛らしかった。

「そんじゃこれであんたらとお別れできるわけだな。」

「ニャハハー、強がっちゃってえ。」

ウォーレンの小言をヴェルニャが揶揄う。

「はっ、別に今生の別れでもあるまいし、悲しくねえよ。」

ウォーレンがさらに小言を重ねた。

「ニャハっ!! つまりはまた会いたいってことかニャ~?」

「ち、ちげえよっ!!」

ヴェルニャの方が一枚上手だった。二人のじゃれあいを皆が笑う。そこにはフィラウディアの柔らかな少女らしい笑みもあった。


 獣族たちと出会い、彼らの集落に訪れ、翼竜・地竜を倒し、山を登り、さらに魔王は龍と友達になった。こうして魔王軍はイグレブ山『龍の尾道』を通行可能にしたのだった。フィラウディアが魔王城まで一緒に飛びたいとフィリアルに頼んだため、二人はゼベルトたちより一足先に魔王城に帰った。往路の途中で森の中に置いてけぼりにしてしまった馬と馬車は獣族たちが集落まで連れてきてくれていた。そしてゼベルトたちはその馬車に乗って魔王城へ帰るのだった。


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