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第49話「龍」

 龍はこの世界に産まれた時から独りだった。父も母はおろか、同種さえ居なかった。だから独りで生きていくしかなかった。飢えを凌ぐために森を駆け、川を泳ぎ、大小構わず獣を喰らう。最初は自分を狙う狼や鳥の群れがいたが、いつしか龍を見るとどの生き物も逃げていくようになった。


 ある日龍が独り森を歩いていると、傷だらけの翼竜に出会った。龍はたまたま腹が膨れていたので、翼竜を喰らいはしなかった。なぜ傷だらけなのかと翼竜に聞くと、

「答える代わりに食べ物を持ってこい。」

と翼竜が言う。言われた通り、龍は小さい獣を狩ってきて翼竜のところへ持ってきた。翼竜は驚きながら龍の質問に答えた。

「人族にやられた。アレは小さくても、数が集まり、道具を持つと強くなる。龍も気をつけることだな。」

答えるだけでなく、翼竜は龍に忠告をした。


 龍は嬉しかった。初めて自分と話してくれる相手、そして心配までしてくれた。龍は傷だらけの翼竜が動けるようになるまで食べ物を持って行き続けた。翼竜は傷が癒えると龍に飛び方を教えた。龍が飛べるようになった日、

「俺はこれから仲間たちのとこへ行く。龍はどうする?」

と翼竜が言った。龍は翼竜についていくことにした。また独りになるのは嫌だったし、翼竜といると楽しかった。


 傷跡だらけの翼竜についていくと、ある島についた。そこにはたくさんの知らない翼竜がいた。傷跡だらけの翼竜が言うには全員家族らしい。しかし傷跡だらけの翼竜と龍は歓迎されなかった。むしろ知らない翼竜たちに攻撃された。

「お前は負けたんだ。」

「もうお前は長じゃない。」

「知らない奴を連れてくるな。」

そんなことを知らない翼竜たちが言う。龍たちは全力で逃げたが傷跡だらけの翼竜はうまく逃げることができず、翼を噛みちぎられ、地に堕ちた。


「俺はもうダメだ。龍に逢えて良かった。ありがとう。」

それだけ言うと、傷跡だらけの翼竜は死んでしまった。龍は初めて怒りを覚えた。怒りに任せて身体を動かしているうちに、知らない翼竜たちはみんな死んでいた。死んでしまった翼竜が家族だと言っていたが、そんなのどうでもよかった。結局、龍はまた独りになってしまった。


 死んでしまった翼竜と出会った森に龍が戻ると、傷だらけの生きものがいた。その生きものは放っておくと死んでしまいそうだった。龍は死んでしまった翼竜のことを思い出した。帰ってきてほしい、そう思ったら眼の前の生きものに光が集まった。傷だらけだった生きものから傷がなくなっていく、光がおさまると傷跡も無い綺麗な生きものがそこにいた。


「あなたが私を助けてくれたの?」

龍は自分が何をしたのか分からなかった。

「きっとあなたが魔法で私を助けてくれたのね。」

綺麗な生きものはそう言って頭を下げた。

「ほんとうにありがとう。あなたの名前は?」

綺麗な生きものが真っ直ぐに龍を見つめる。

「龍。」

そう言って龍は綺麗な生きものを真似て頭を下げた。


「まあそうなのね。あ、私は人族よ。名前はラディア。」

龍は驚いた。死んでしまった翼竜が気をつけろと言っていた人族。それが眼の前にいた。人族は思っていたよりもずっと綺麗だった。

「私、翼竜に襲われて気づいたらここにいたの。だから家に帰りたいんだけど、ここがどこだか分かる?」

綺麗な人族は悲しそうだった。

「分からない。でも一緒に人族の家を探す。」

龍は綺麗な人族を背中に乗せて空を飛び回った。独りじゃないのが嬉しかった。


「あ、あそこだわっ!! あの明かりがたくさんあるところ!!」

陽が沈んだすぐ後に、人族の家が見つかった。人族の家から少し離れたところに龍は綺麗な人族を降ろした。

「ありがとう。あなたのおかげで帰ってこれたわ。本当にありがとう。」

龍は綺麗な人族に感謝された。でもこれで綺麗な人族とはもう会えなくなるのは嫌だった。

「人族と一緒にいたい。」

龍は初めて誰かにお願いをした。

「ごめんなさい。それはできないわ。あなたは龍だから、みんなが怖がってしまうわ。」

綺麗な人族は心から申し訳なさそうに言った。

「じゃあ私も人族になる。」

龍はそう言って、傷だらけの人族を綺麗にした時のように自分を光で包んだ。


「これで人族と一緒。」

龍は龍人になった。

「すごいわっ!! 角と翼と尻尾があるけれど、魔族と獣族みたいなものだし大丈夫ね。」

綺麗な人族と龍人は手を繋いだ。

「ねえ、私のことはラディアって、名前で呼んで? 」

「ラディアと一緒にいたい。」

名前を呼んで、もう一度龍人はお願いをした。

「ええ、もちろん。でもあなたにも名前が必要よね。」

「ラディアと一緒がいい。」

龍人は名前とは何なのかよく分かっていなかった。

「一緒がいいの? でも名前は別々だから良いものなのよ?」

「そうなのか…。」

龍人は少しがっかりした。

「じゃあ似ている名前にしましょ。あなたは空も飛べるくらい大きいから、名前も長いほうがいいかしら…、フィラウディアっていうのはどう?」

「それがいい。」

龍人、フィラウディアは名前を貰ってとても嬉しかった。

「ラディアとフィラウディア。お互いに名前を呼び合ったら友達よ。」

「友達。」

友達というのは、きっと『一緒にいる』ということだろう。フィラウディアは考えた。


 ラディアは農民という仕事をしていた。フィラウディアもそれを手伝って一緒に暮らした。ある日、偉そうな人族がラディアの畑と家にやってきて、食べ物を全部取って行ってしまった。

「なんでアイツらは食べ物を取って行ったの?」

龍は不思議でならなかった。

「あの食べ物は王様のところに届くのよ。」

「じゃあ、ラディアが食べる分は?」

フィラウディアの質問にラディアは答えてくれなかった。しかも悲しい顔をしていたので、フィラウディアはより不思議に思った。フィラウディアはやっぱり納得いかなくて、他の人族や魔族や獣族に持っていかれる食べ物について聞いた。そして王様という悪者が食べ物を集めていることを知った。


 龍人は龍に戻って王様がいるお城に飛んで行った。たくさんの人族や亜人族、魔族、獣族が刺々したものを投げてきたが、龍は全然痛くなかった。お城の天辺にいた王様を見つけ、龍は王様に聞いた。

「なんでみんなから食べ物を集めるの? みんなの食べる分がないじゃないか。」

「うるさいっ!! 離せっ!! この汚い手を離せっ!!」

王様は質問に答えないし、うるさかった。だから龍は少し息を吹きかけた。すると王様の身体が黒焦げになって、死んでしまった。どうしよう、ラディアになんて言われるだろうかとフィラウディアは慌てた。


「王様が死んだぞー!!」

「やったあああー。」

「ありがとう、龍神様!」

フィラウディアは何故か周りの人族や亜人族、魔族、獣族に褒められた。よく分からなくてお城の天辺に止まったままでいると、小綺麗な人族がやってきた。

「龍神様、我々を悪王から救っていただきありがとうございました。この国は今日から龍神様のものです。何か欲しいものはありますでしょうか?」

「ラディアと一緒に入られればそれでいい。」

フィラウディアはいつも思っていることを正直に言った。


 フィラウディアとラディアは王様と王女になった。

「フィラウディア、みんなを助けるために王様を殺しちゃったの?」

「少し静かにさせようとしたら、死んじゃった。」

龍人に戻ったフィラウディアはお城の天辺でラディアにお説教されていた。

「じゃあ、なんでお城に行こうと思ったの?」

「王様っていう悪者を懲らしめれば、ラディアが悲しい顔をしなくていいと思って…。」

フィラウディアは正直に答えた。

「ありがとう、フィラウディア。でもね人族も魔族も獣族も、生き物はできるだけ殺しちゃいけないのよ。自分が食べるため、自分を守るため、それ以外の時は殺しちゃいけないの。」

「わかった。もう殺さない。」

フィラウディアはラディアと約束した。


 国は豊かで平和になった。外から魔獣が来たらフィラウディアがやっつけて、国の決まり事はラディアが決める。陽が出たら一緒に起きて、三回ご飯を一緒に食べて、陽が沈んだら一緒に眠る。そうして幸せな日々をフィラウディアとラディアは送っていった。でも幸せで喜びに満ちた日々はあっという間に過ぎていく。ラディアの顔や体にはシワが増えた。彼女の寝る時間も次第に長くなった。言葉遣いも変わっていった。反対に、フィラウディアはずっと変わらないままだった。試しにフィラウディアが黙ってラディアに魔法を使っても、ラディアの体は昔のようには戻らなかった。


「貴女と逢えて良かった。大好きですよ、フィラウディア。」

ある日の夜、ラディアが死んでしまった翼竜と同じことを言った。豪勢で大きなベッドの中、ラディアの命が薄く小さくなっていくのをフィラウディアは感じた。その暖かさが無くならないようフィラウディアはラディアを抱きしめた。

「死なないで、ラディア。」

「生きているものは皆いつか死んでしまうの。そして死んでしまうから、生きてきた時間が尊いのですよ。」

「じゃあ、私もラディアと一緒に死ぬ。」


 乾いた音が寝室に響いた。フィラウディアの頬をラディアが両の手で叩いて挟んだ音だった。フィラウディアはラディアが暴力を振るうところを初めて見た。


「生きなさいフィラウディア、自分で命を絶ってはいけない。どんなに辛いことがあっても、悲しいことがあっても、生きていく姿は美しく、生きていく貴女は素晴らしいのです。だからフィラウディア、命尽きるまで生きなさい。」

消えてしまいそうだったラディアの命が生きろとフィラウディアに強く訴えていた。

「でも独りは嫌だよ…。」

「大丈夫ですよ、フィラウディア。また貴女と友達になってくれる人が必ず現れます。」

「…わかった。」

もう一度しっかりと抱き合って、二人は静かに眠った。


 次の日の朝。ラディアは死んでしまった。死んでしまってもラディアは美しかった。フィラウディアは初めて哀しさという感情を抱いた。


 ラディアが死んで、国の決まり事を決める者がいなくなった。すると豊かで平和だった国を色々な種族が取り争った。そして国は貧しく荒れ果てていった。ラディアのいない国にいる意味なんて、フィラウディアにはなかった。フィラウディアは龍人から龍に戻って、高い山を探した。少しでも空に、ラディアに近いところへ行きたかった。


 龍は国の近くで高い山を見つけ、そこで哀しみが無くなるまで眠ることにした。しかし哀しみは全然無くならなかった。眼を覚まし、哀しみで胸を痛め、空腹を抑えるため獣を喰らい、喉を潤すため水を飲んで、また眠る。何度か人族や魔族を見つけたが、戦争をしており、昔の豊かで平和な国などありはしなかった。


 この大陸のどこかの高い山には龍が眠っている。高い山の頂上にだけ雲がかかり、雨が降っている時は、龍が眠りから覚めて、涙を流しているのかもしれない。


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