第45話「魔族 対 竜」
吐いた息も白くなり空に登っていく。ゼベルトたちは防寒具に身を包み、山を登っていた。まだ雪は積もっていないが、薄くなった空気が標高の高さを身体に感じさせている。獣族から教わった道を囲む森の樹は広葉樹から針葉樹に変わっていた。ヴェルニャが地上を警戒し、ゼベルトが地中を警戒する。地竜がいつ現れてもおかしくなかった。
「…下だッ!」
突如、ゼベルトの声が響く。その声に合わせて皆が地面を蹴った。
『ガッギャアアアッ!!!』
瞬間、先ほどまで五人のいた場所から地竜が現れた。鎧のような鱗に身を包んんだ土色の巨大生物が顎門を開いて現れた。
「ニ体っ!!」
フィリアルがいち早く反応し、数を報告。本人は翼を現し、空中で待機。
「服従の呪術。汝らの挙動を一時禁ずる。」
即座にアニアが呪術を駆使して、地竜の動きを一時停止させた。
「旋風の魔術。」
「氷結の魔術。」
その隙をついて、プラグマが風を吹き荒らす。吹き荒れた風にハンネローレの冷気が拡散し、魔術の威力が高まった。地竜らの四つ脚が氷で固まる。
「ニャハハッ! さよならトカゲちゃんたちっ!!!」
『グギャアアア…。』
身動きの取れない地竜たちにヴェルニャがとどめを刺す。流れるような連携で地竜を二体屠った。地竜の倒し方は十人ほどの集団で遠距離から魔術を放ち、弱ったら近距離でとどめを刺すというのが定石。定石から遠く離れた戦法で地竜を瞬殺、これが魔王軍序列最上位集団の強さ。
「まだいるぞっ!」
再度ゼベルトが警告した。
「ニャハハ、何体でも来やがれい!」
「ヴェルニャ! 前に出過ぎるなよ!」
再び地面から地竜が現れる。
「五体っ、みんな頼んだわよ!」
フィリアルは変わらず待機。龍との戦いのため少しでも力を温存する。
「ゼベルト様と私で一掃します、援護を!」
アニアがゼベルトと手を繋ぐ。
「了解しました。私が拘束します。」
ハンネローレが魔素を練る。
「じゃあ私が耐えるね~!」
「僕も手伝おう!」
ヴェルニャが最前線で顎門と凶爪を振るう地竜と斬り結ぶ。その一列後ろでプラグマが初級魔術を駆使して、ハンネローレ、ゼベルト、アニアに地竜を近づかせない。
「魔術・霜踏みの氷縛。」
ハンネローレが魔法を放つ。地面に氷の線が走り、地竜を襲う。
『ギギギッ…』
地竜らの脚に降りた霜が氷の枷となり動きを封じた。
「ゼベルト様ご唱和ください。」
「ああ。」
アニアとゼベルトが手を繋ぎ、呪詞を二人で重ね唱える。
『契縛の呪術[我らが命を賭して不動を誓う、漂う魔の素よ我らに従え]。』
一瞬にしてアニアの空いた片手に強固な魔素が練られた。ちなみにゼベルトはアニアにとっての安全装置。万が一呪術が失敗しても、即座にゼベルトが意識を切り替えて、呪術を破る役割を担っていた。命を賭けた契縛の呪術。尋常ならざる魔力が蠢く。
『侵食の呪術、凶獣微塵と化すまで裂創よ斬り刻め。』
氷の枷に囚われた地竜らが体内から血飛沫を上げて息絶える。叫びをあげる暇も無かった。
「いいわね、みんな。でもここからが本番よ。」
空中で待機しているフィリアルが空を指差す。そこには数体の翼竜が漁夫の利を狙いに来ていた。
「ニャハハ、いいねいいねえ!!」
「ハンネさん防御をお願いします。僕が奴らを地に落とす。ヴェルニャ、アニア、ゼベルトでとどめを頼む。」
プラグマが端的に戦略を伝える。
「承知しました。」
「ゼベルト様との共同作業!(お任せください!)」
「アニア、言ってることと思ってることが逆だぞー。」
戦闘中にも関わらず、二人のやり取りに皆が微笑む。龍を除けば生態系の頂点に君臨する翼竜と魔族最高峰が相対する。翼竜らの顎門に、魔族らの武器に、魔素が集まる。冷えた山の空気に熱が帯びるほど、魔素が荒れ狂っていた。
『ギギギャアアアッ!!!』
二体の翼竜の顎門から熱線が吐かれた。それは竜の息吹、空間を焦がす二本の灼熱。
「魔術・雪崩れる氷壁。」
ハンネローレの氷魔法が竜の息吹と衝突する。熱線が氷壁にぶつかると、空間が割れるような音が響いて竜の息吹は止まり、氷壁は雹となった。
「魔術・氷刃乱舞。」
雹となったハンネローレの魔法をプラグマが再利用する。他人の魔法を上書きするのは並大抵の難易度ではない。しかしプラグマは広範囲の雹を高威力の氷刃と変え、竜の翼を斬り刻む。二体の翼竜が地に堕ちた。
「いいトコもーらいっ!!」
堕ちた竜の首をヴェルニャが双剣で斬り飛ばす。不斬の代名詞である竜鱗もあっさり斬るヴェルニャもまた怪物であった。竜たちは二体倒されると、戸惑いながら距離を取った。
「怖気付いていますね。」
「そうみたいだな。」
出番の無かったゼベルトとアニアが呑気に話す。
「数が多くてさっきまでの連携は難しそうですね…。」
「ここからは即興になるかな。」
真面目に戦況を分析するプラグマとハンネローレ。
「フィリアっち~、一体残しとく?」
「ええ、お願い。」
謎の気を利かせるヴェルニャと腕を回して準備運動するフィリアル。
『ギイイイッ!!!』
『ギルルルッ!!!』
『ギアアアッ!!!』
余裕綽々なゼベルトたちを見てか、竜たちが雄叫びをあげて襲いかかってきた。
「狩り放題の時間ニャー!!」
突っ込んでいくヴェルニャ。獣族の血が騒いでいるのかもしれない。
「まったく…、僕がヴェルニャの援護をする。後は頼んだよ。」
プラグマがヴェルニャのあとを追う。
「ハンネさん、今度は俺とアニアで時間稼ぎます。」
「高威力の魔法を叩き込んでくださいませ。」
「分かりました。二人とも気をつけてくださいね。」
ゼベルトとアニアも前線に駆け出す。ハンネローレは後方で魔素を練り始めた。
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戦闘終了まで長い時間はかかりませんでした。翼竜に突っ込み、場をかき乱すヴェルニャさん。乱された翼竜たちの隙を的確について、戦況を有利にするプラグマさん。この二人が中心となって、魔族側が常に優勢となる。ゼベルト様と私はお互いを守り合いながら、翼竜たちの大技を妨害する。翼竜らの細かい魔素攻撃はゼベルト様が叩き落とす。翼竜らが翼や尻尾で直接攻撃しにくるようなら、私が即座に呪術で迎撃しゼベルト様をお守りする。嗚呼、戦いの中でさえ私はゼベルト様に愛を抱いてしまいます。嗚呼、ゼベルト様から賛辞を送られるたびに、私の愛は深くなっていきます。
ハンネローレさんが四人で作った時間を利用し、魔法を完璧に使い、一体ずつ翼竜を氷柱で串刺しにした。研究者と呼ぶには強すぎる気がします。山道に地竜と翼竜の死体が並ぶ、残す翼竜はついに一体。
「グルルル…。」
残された個体は翼をヴェルニャさんに傷つけられており、逃げることは不可能。堕ちた翼竜が呻き声を上げて、地に伏している。
「フィリアっち、やっちゃっていいよー。」
ヴェルニャさんがフィリアル様を呼ぶ。ついに力を温存していた魔王が動く。
「うん、ありがとう。」
空中を歩くように飛行して、フィリアル様が翼竜にとどめを刺しに近づく。王服のローブが翻る。服の上からでもわかる鍛え上げられたしなやかで必要最低限の筋肉。力みは一切なく、魔素を練っているのかどうか分からないほどに魔素の扱いが体内で完結していた。間合いに入ったのか、フィリアル様が鞘に手をかけた。その距離からその刀身の剣が届くとは思えない。
「グルアアアッッッ!!!」
翼竜、最後の足掻き。顎門からフィリアル様を焼き殺すべく一直線に熱線を吐いた。決して届くとは思えない間合いでも、翼竜は命を握られたと感じたようです。熱線が音を焼くように空を斬って迫る。翼竜の顎門からは鮮血が滴り落ちている。命を賭けた最後の赤熱。私の耳にさえ翼竜の命の鼓動が煩いほど響いていた。
「――。」
無音。赤熱が疾黒に塗り替えられ、全てが白と黒になった。世界が一瞬遅れて事象を知覚する。翼竜の首が堕ち、音がやっと追いつく。命斬られた翼竜の側に魔王様が立っている。誰も身動きが取れない。魔王様が剣を鞘に収め、世界に色味が戻った。
「いい準備運動になったわ。みんな、ありがとう。」
魔王からフィリアルに戻った彼女が振り向き、皆に感謝を述べた。緊張が解ける。私たちはやっと身体の自由が効くようになった。
「フィリアっち~、ニャハハ!!」
ヴェルニャさんがフィリアル様に抱きついた。私もゼベルト様に抱きついてしまいましょうか。流石に怒られそうなのでやめておきましょう。
「流石フィリアル様…。」
プラグマさんは拍手し感無量の表情をしています。彼とは私は似ているところがある。でも決定的に違うところもある。彼は決して自分から愛を注いでもらおうとしない。
「フィリアルちゃんの魔法はやっぱりすごいなあ…。」
ハンネローレさんは…素直に感嘆している。慣れているのでしょうか。そもそも魔術・魔法の研究者といえど、翼竜と渡り合うほど研鑽を積んでいる彼女をただの研究者とは認め難いものです。
「やっぱりすごいな。フィリアルは。」
隣を見ると、そこには圧倒されているようで、どこか誇らしげなゼベルト様の笑顔がありました。砂糖菓子をもらった子供のような純真無垢な紺色の眼。ゼベルト様がフィリアル様に向けているのは尊敬、恋慕、親愛、友愛。どれなのでしょうか。もしかしたら全て正解で、それら全てが混ざり合って純愛と言うのかもしません。その愛を少しでも私に注いでいただくことを渇望して、私は今日もゼベルト様の隣にいる。例え、行く先に地獄があろうと、龍がいようと。




