第44話「獣族の選択」
「ニャハハー。ココいいとこだね。」
獣族の集落で最も巨大な木。ヴェルニャはその木の天辺のやぐらにいたウォーレンを見つけた。集落全体を見渡すことのできる高さ。
「…。」
「これ飲む? ゼベっちとアニアちゃんが淹れてくれた珈琲。」
相当な高さだが、ヴェルニャは珈琲を一滴も残さず枝まで登ってきていた。
「…。」
「無視はよくないと思うニャ~。魔族と友達になるってゼベルトに言ったんでしょ?」
ウォーレンが振り向き、ヴェルニャを見つめ珈琲をひったくるように取る。
「何だよ、負け犬の俺を煽りにきたのか?」
「ニャハハ。君、犬じゃなくて狼でしょ。」
「ああそうだな。言いたいことはそれだけか?」
珈琲の匂いを嗅ぎながらどこかに行こうとするウォーレン。
「待って待って。ほら、感謝を伝えようと思ってさ。」
「感謝だあ?」
ヴェルニャの発言が意外すぎて、ウォーレンは足を止めた。
「そうそう。獣族が潔く協力できるようにわざと決闘を申し込んでくれたでしょ?」
「…知らねえ。俺はテメエらにイラついただけだ。」
「えー。あれぐらい力量があれば自分がゼベっちに勝てないって分かってたくせに。」
「うるせえ。」
ゴクリとさっきまで嗅いでいただけの珈琲をウォーレンが一口で飲み干した。
「あと謝罪も。魔族と人族の戦争に巻き込んで申し訳ない。魔王様も私たちもそれについては言い訳できないから。」
ヴェルニャが頭を下げる。普段の彼女からは想像できない綺麗な礼だった。
「…はっ、別にお前が殺したわけじゃねえだろ。頭上げろよ、気持ち悪い。」
ウォーレンが初めてヴェルニャを真っ直ぐ眼に捉えた。
「ハッキリ言う、俺はお前ら魔族が嫌いだ。でも魔族だけじゃなくて人族も嫌いだ。神話か御伽噺か知らねえがずっと争いあってやがる。」
「そういえば獣族は戦争に興味ないんだっけね。」
「ああ、そもそも俺らは少数の群れで生活してるからな。俺らが気にすんのは今日明日明後日食えるかどうかだけだ。領土がどうとか神がどうとか、考えてねえ。」
「ニャるほどね~。」
魔族と人族は永く生き残るために国という共同体になった。しかし獣族は種が多様なこともあり、共同体は村や集落と呼べる範囲で止まっていた。
「なんで魔族と人族は争ってんだ? 腹が膨れるわけでもねえだろ、あんな殺しあってよ。」
ウォーレンがヴェルニャに問いかける。その問いにはなぜ自分の親が死ななければならなかったのか、なぜ獣族が生活圏を荒らされなければならないか、そんな怒りも混じっていた。
「私そういう質問苦手なんだけどニャ~。」
そうは言いつつも、ウォーレンに話しかける前から、ヴェルニャはこの質問には答える義務があると確信していた。
「まず、キリア神話っていうのがあるんだよね。
この大陸ができた大昔。そこは様々な種族と獣が生存競争を繰り返す、争いの世界だった。人族、亜人族、獣族、魔族たちの争い。
混沌極まる世界に神が舞い降りた。『キシリカ・キリア・キリタス』。キリア神は争い合う種族たちをまとめ、混沌の世界に秩序をもたらした。
キリア神は我らに技術、魔術を与え、皆が平和に暮らす都を創造した。我らが争い合うことなく、手を取り合い暮らすようになると、神は天に煌く七星になった。」
ヴェルニャが一度大きく呼吸をする。
「次に、勇聖神話。
神が天に帰った後、平穏は長く続かなかった。魔族は魔に魅入られ、都は魔族のものだと言い始め、他の種族が都で暮らすことを認めなくなった。
魔術を最も使いこなせるのは魔族。他の種族はなす術なく都から追いやられた。亜人族と獣族は魔族に逆らうのを諦め、都市の外で慎ましく暮らすことを選んだ。
人族は諦めなかった。神と共に創り上げた都を奪還するべく、魔族と戦い争った。人族で最も叡智なる『賢者』の技術を持ってしても、魔族で最も卓越に魔術を駆使する『魔王』に勝つことはできなかった。
追いやられた『賢者』と人族たちが森を彷徨っていると、世界を覆うほどの樹に出逢う。それまさに『世界樹』であった。
生き残った人族が世界樹に祈りを捧げると、二人の生娘が赤子を身籠り、手に七星の痣を持つ、男子と女子、つまりはキリア神の子が世界樹の根元で産まれたのだった。
その男子は魔を払い除ける『勇者』に、その女子は魔に侵されない『聖女』となった。そして勇者と聖女に率いられた人族が『賢者』の知識を元に、『魔王』を打ち倒した。
魔王が倒された後、暫くの平穏が訪れたがそれも永くは続かない。新たな魔王が生まれ、また人族と魔族の争いが始まる。我ら人族は魔に魅入られてはならない。魔族が魔から解き放たれるその日まで戦い続けなければならない。さすればまた勇者と聖女が現れ、人族を救うだろう。」
ヴェルニャが語り終わり、深呼吸をする。
「…その神話を魔族が信じてるわけじゃねえだろ?」
「うん、その通り。魔族の私たちは逆のことを教えられてるね。魔族の魔術に嫉妬した人族が都から魔族を追い出した。魔族が戦うのは、神の都に戻るためだってね。」
「神の都ねえ…。んなもんあるのかよ。」
「さあね~。でも世界樹はホントにあるよ。」
二人はやぐらの手すりに寄りかかる。猫と狼の尻尾が並ぶ。
「考えれば考えるほど、獣族たちからしたら嫌な話だよね。戦争に巻き込まれるのみってさ。亜人族はもう生きてるのか分からないくらいだし。」
「ああ、だから魔族も人族も俺はバカだと思ってる。けど俺たち獣族は弱い。技術も魔術も使えねえ。体が少し強いくらいだ。弱肉強食が世の理なら、俺らがバカ見てんのは道理だろうよ。」
ウォーレンが自分を説得するように言った。
「…ウォーレン。」
「何だよ。」
「難しいこと考えられるんだね。」
「おい、テメエ…。」
ヴェルニャが陰気な空気を吹っ飛ばす。
「魔族が強いっていうけどさ、私たち魔族は戦争と共に強くなっちゃっただけなんだよね~。」
「…結果的にって話か。」
「そう。だから獣族が弱いってわけじゃないと思うし、私個人の考えだけど獣族の戦わないっていう選択肢は偉大だと思うよ。」
「偉大、ね。」
背中を手すりに預けて、ウォーレンが空を眺めた。
「ちなみに君が負けたゼベっちは強くないと好きな人に逢えないって理由であそこまで強くなったんだよ。」
「ある意味狂気的だな。」
ヴェルニャも背中を手すりに預けて、ウォーレンと同じ方を向いた。
「そうかも。そんで私は強くないとお母さんが殺されちゃうから強くなったよ。」
「…魔族と獣族の間の子だもんな。大分キツかったんじゃねぇか?」
「キツかったね~。フィリアっち、魔王様が来て大分楽になったけど。まあ、そんな感じで強くなるってことは自分の弱さを拒否して厳しい世界に身を投じることでもあるわけだしさ。」
「…なるほどな。」
巨木の天辺。二人の獣耳に魔族の声と獣族の声が響く。
「ウォーレンたちにはさ、強くなって欲しくないな~。いや戦って欲しくないが正しいか。生きるために魔獣を狩るぐらいでさ。」
「お前らもそうできるといいな。」
二人はついに向かい合って言葉を交わす。
「とりあえず、地龍と翼竜のことは頼んだ。」
「おう、任せろニャ。」
「…あと死ぬなよ。龍は魔王ぐらいしか相手になんねえからな。」
「ニャハハ! やっぱ優しいねぇウォーレンは。んじゃね~。」
ウォーレンが文句を言う前にヴェルニャはやぐらから飛び降りた。
「ハッ、ふざけやがって…。」
口では悪態をついていても、ウォーレンの尻尾は揺れていた。




