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第40話「アニアとフィリアル」

 私たちが食事を終える頃には日が沈んだ。女性三人は馬車の引いていた小屋で、男性二人は天幕で寝ることになりました。ちなみに、天幕はハンネローレさんの魔具。私とゼベルト様で天幕を使い、寝てもいいと進言したら、ゼベルト様に猛反対されてしまいました。以前からゼベルト様の防御が硬くなった気がします。気のせいでしょうか。

 火の番と見張りも、くじによってハンネローレさん、ヴェルニャさん、プラグマさん、ゼベルト様、私の順に決定となりました。ゼベルト様に起こしていただける、なんて役得なのでしょう!! ともあれ明日に備え、私は皆さんより一足先に寝るのでした。


「アニア。時間だ、起きてくれ。」

愛しいゼベルト様の声で眼が覚める。寝袋から体を起こして、小屋の入り口を見るとゼベルト様が眠そうに欠伸をしながら、こちらに手を振っています。

「おはようございます、ゼベルト様。」

「ああ、おはよう。」

ゼベルト様から時計を受け取り小屋から出るついでに、ゼベルト様の身体に飛び込む。

「ん!? ど、どうしたアニア?」

私に急に抱きつかれ、ゼベルト様が驚いています。

「すいません。寝起きで足元が滑ってしまいました。」

「そ、そうか。気をつけてな。」

ゼベルト様の身体が離れてしまいました。名残惜しいですが迷惑をかけるわけにも行きません。

「では、時間までおやすみなさってください、ゼベルト様。」

「頼む、それじゃ。」

それだけ言葉を交わすと、ゼベルト様は天幕の中に戻られました。


 深夜と早朝の間。肌寒い空気が私を包む。ただ何もせず待っているのも勿体無いので、簡単な呪術を一通り練習しておきましょう。『龍の尾道』、龍の尻尾が通りできたとされるこの道は魔族領と人族領を直接繋ぐ。このまま真っ直ぐ進んでいけば、私の両親、そしてゼベルト様の御両親を殺した同族が集まり暮らしている。改めて認識すると、緊張しますね。


 呪術の訓練で時間を潰していると、道の魔王領側から鳥の群れが私の頭上を追い越していった。木でも倒れたのでしょうか。鳥の群れがやってきた方向を眺めていると、遅れて黒い鳥がこちらに飛んでくるのが見えた。

「…?」

黒い鳥が段々とこちらに近づいてくる。とてつもない速さ。

(これは皆さんを起こした方が良いのでしょうか。)

小屋と天幕の方に振り返り、頭を回す。ただの鳥型魔獣であれば皆さんを起こす必要は皆無。私だけでも対処可能です。しかし、違った場合は―


 判断を迷っているうちに、それは私の前に降り立った。

「あなたがゼベルトのお嬢様よね? 私はフィリアル。魔王フィリアルよ。」

髪飾りのような黒の魔石角。褐色肌、黒い髪、黒い瞳、黒い翼。そして黒と金で装飾された王服。威厳あるその立ち姿を眼の前にして、私は言葉を失った。

「あれ、驚かしちゃったかしら。」

「い、いえ。大丈夫です、魔王様。魔王軍序列五位のアニア・メルクルと言います。」

頭を下げ、膝を折る。本能的に、私はこの方に勝てないと悟った。

「あ、ごめんね。翼出しっぱなしだった。」

お茶目な雰囲気で魔王様が言うと、先ほどまで纏っていた覇気が消えた。


「驚かしてごめんなさい、アニアちゃん。急いできたからしまい忘れちゃってた。最小限にしてはいたんだけど、眼の前だと流石にびっくりしたわよね。」

「え、えっと。」

独特な魔王様に私の調子は狂っていく。兵の前で凛々しく言葉を放つ魔王様とは違う、友好的であっけらかんな姿がそこにあった。

「魔王様の―」

「ダメ。名前で呼んで。フィリアルって。あなたとは友達になりたいから。」

「え、友達ですか?」

「うん、友達。」

満面の笑みを見せる魔王フィリアルの姿。もしフィリアル様が姉だったら幸せだろうと、おかしなことを思った。

「う~ん、それにしても可愛いわね、アニアちゃん。ゼベルトには勿体無いくらいね。」

フィリアル様がよく分からないことを言っている。

「えっと、フィリアル様の友人であるゼベルト様に私は命を救われました。その恩に報いるため、メルクル家の騎士になっていただきました。立場的には私が上ですが、生涯を尽くして、私はゼベルト様を支えるつもりです。」

とりあえず私の言いたいことをぶつけた。フィリアル様は驚いて眼を開いている。よし、先制攻撃成功です。


「か―」

「か?」

予想していない頭文字。私は少し警戒する。

「かっわいいー!」

「へ!?」

フィリアル様が私を抱きしめてきました。私とは違うメリハリのついた筋肉質な身体で抱きしめられ、私は動けなくなってしまいました。

「うん、ゼベルトが羨ましいわ。アニアちゃんみたいな妹が欲しかったなあ~。」

「え、えっと、その。」

これはアレでしょうか。遠回しに私を馬鹿にしているのでしょうか。しかし、嫌味など全く含んでいなさそうな笑顔で、フィリアル様は私を抱きしめています。


「あ、ごめんね。つい可愛くて抱きしめてたわ。」

「い、いえ。大丈夫です。」

ようやく離してくれました。ヴェルニャさんに続き、フィリアルさんにも抱かれると、自分の貧相な身体が残念に思えてしまいます…。

「私、アニアちゃんとはしっかり話したかったのよ。会えて嬉しいわ!」

少女のように感情を表に出すフィリアル様。ゼベルト様はこういったところに惹かれているのでしょうか。

「私もフィリアル様とお会いしたかったです。」

「ホント!? じゃあしばらく二人で話さないかしら。一人、起こすとやれ魔王様だのうるさい人がいるから。」

おそらくプラグマさんのことでしょう。やはりゼベルト様の方がフィリアル様のことを理解しているのですね。誇らしいような、悔しいような気持ちを抱きます。

「アニアちゃんとゼベルトがどうやって出会って魔王軍に入ったかはゼベルトから聞いたわ。ゼベルトのこと、助けてくれてありがとう。」

「先に救われたのは私の方ですから。むしろ魔王軍に入っても、私を必要としていただき、嬉しい限りです。」

フィリアル様が焚き火の側に座る。私もそれに倣い座った。


「アニアちゃん。ゼベルトのこと、好き?」

私の眼をまじまじと見つめながら、フィリアル様が直球に質問されました。

「はい、好きです。心の底から愛しています。」

不思議と臆することなく、私は想いをフィリアル様に打ち明けることができた。ゼベルト様と私が結ばれるにあたって、最大の壁になるであろう相手に。

「そっか。じゃあ―」

何を言われるのでしょうか。気づけば、私は身構えている。


「ゼベルトのこと、よろしくね。」

その言葉が私に届くと同時に、朝日が顔を出した。そして私の心には暗い影ができた。


「今、なんとおっしゃったのですか?」

もう一度、できれば聞き間違いであってほしいと思い、彼女に聞き返す。

「ん? ゼベルトのこと、よろしくねって。ほらゼベルトって泣き虫なとこあるから。アニアちゃんが支えてあげて欲しいわ。」

満面の笑み。でも何故か、彼女の心までは笑っていないように見える。だからこそ、私は怒りさえも覚えてしまいました。

「後からダメだとおっしゃられても、もう取り消しできませんよ?」

「うん。幸せにしてあげて、ゼベルトのこと。私の弟みたいなものだから。」

決意を感じるフィリアル様の表情。私がこれ以上問い直すのは野暮というものでしょう。

「わかりました。アニアにお任せあれ。」


 この後、皆さんが起きてくるまで、私はフィリアル様にゼベルト様の幼い頃の話を聞きました。とても有意義な時間と情報。言葉を交わすたびにフィリアル様がゼベルト様を想っていることがわかる。けれどその想いとは友愛。私がゼベルト様に向けているものとは全くの別物。


 私の愛する人の想い人。フィリアル様はゼベルト様の想いに気づいては、いる。けれどゼベルト様について語るフィリアル様の言葉や感情は絶対に一線を超えていなかった。私は一線を超えることを夢に見ているのに。そしてフィリアル様は私のことを敵対視することもなく、あろうことか、私にゼベルト様を支えて欲しいとおっしゃいました。心の中に同居する喜びと怒り。いつかこの影が晴れることを祈るばかりです。

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