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第3話「少年ゼベルトと少女フィリアル」

「また私の勝ち!」

少年が一人、少女の前に倒されていた。二人の手には刃の潰れた木剣が握られ、少女は快活な表情で勝利宣言をした。

「うぅ~、フィリアル強すぎるよ。」

「ふん! そうよ! 私は強いのよ、ゼベルト。」

腰に手を当て、さらに笑顔になるのはフィリアル。彼女の髪飾りのような黒い魔石角と黒髪、褐色肌が森林の日差しに照らされ美しく輝く。

「僕じゃいつまで経ってもフィリアルに勝てないよ。僕魔力もないし。」

ゼベルトは泣き言を漏らす。

「そうね。じゃあゼベルトは『みんな友達になる曲』を作ってよ。」

「何それ…。」

フィリアルがゼベルトの手を引き、立ち上がらせる。

「そのままよ、私が人族も魔族も、悪いヤツはみーんなぶっ飛ばしちゃうから、その後ゼベルトが『みんな友達になる曲』を演奏するの。そしたらみんな友達になってセカイヘーワが訪れるでしょ。」

両手を腰につけて、フィリアルは宣言する。

「でも、僕のお父さん、人族に…。」

泣きそうになるゼベルト。

「私の親だってそうよ! どんな顔してるか覚えてないけど。でも、みんな憎み合ってるよりも友達のほうがいいでしょ。悪くない人族だっているはずだわ。」

ゼベルトの両肩をつかむフィリアル。

「そう…だね。」

「だからゼベルトが曲で友達にするの、約束よ。分かった?」

「うん。」

どこにでもある森の中、小さな少女と少年が、大きな約束をした。


「じゃ、そろそろ帰ろっか。」

「うん。」

野道を二人が駆けていく。木々は青々とした葉を風に揺らし、二人を見送っているようだった。


「あ、待ってフィリアル、なんか人の声が聞こえる。遠くから助けて助けてって。」

音楽家の息子であるゼベルトは異常な聴覚の良さを持っていた。

「ホント!? すぐ行くわよ、ほら!!」

フィリアルがゼベルトの手を握り、声のする方へ走っていく。木々の影が深くなり、風も止み始めた。それでも血の匂いが二人の鼻に届いてきた。

「あ、あそこ、魔獣に襲われてる…!」

ゼベルトが止まり木に隠れ指を差す。その先では一人の男が三体の狼型魔獣に襲われ、地面を這うように逃げていた。


「ゼベルトはここで待ってて。私が全部ぶっ飛ばしてくるから。」

言ってすぐに、フィリアルが狼に突撃する。それに気づいた狼が黙っているわけなかった。大口を開けた一体がフィリアルに飛びつく。

「邪魔!」

剣を振り抜き、フィリアルが狼を斬り飛ばす。歯が潰された訓練用の剣だが、フィリアルの剛力によって必殺の一撃となる。

「次!」

二体目の狼が迫る。しかしフィリアルの返す一太刀で、それは一瞬にして死骸へ変わった。

「さあ、あなたはどうする?」

三体目の狼は突っ込んでこなかった。口を開き魔素を溜め始めた。

「そう、じゃあ私も。」

狼に合わせ、フィリアルも手に魔素を集め、放った。

「わっ…。」

木に隠れていたゼベルトまで届く余波。砂埃が収まると、そこには黒焦げになった狼が横たわっていた。ただ溜めて魔素の放出しただけ、それだけでも命を刈り取る魔弾へと変貌する。フィリアルという少女の異常性、類い稀な身体能力と魔素保有量。大人でも彼女に勝てるか怪しかった。


「助けに来たわ! 生きてるなら返事して。」

フィリアルが男に駆け寄り声をかける。

「大丈夫、小さいけどまだ体から音がする。」

ゼベルトも駆け寄り、男の容態を確認する。そして一つのことに気づいた。

「待って、フィリアル。この人、魔族じゃないよ、人族だ。」

横たわる男には魔石角がなかった。顔の一部、または近くに自身の持つ魔素の結晶『魔石角』を持つことが魔族の特徴。

「だから何? 早く村に運ばなきゃ!」

「でもフィリアルっ!!」

男を背負うフィリアルにゼベルトは抗議する。

「人族だよ、また誰か殺されちゃうかもしれない、僕はお母さんを守らないとダメなんだ!!」

怒りと悲しみの混じった眼でゼベルトはフィリアルを見つめる。

「大丈夫、私が殺させないわ。何があっても守ってあげる。だから、この人運ぶわよ。人族でも悪人じゃないなら友達になれるって証明してあげる。」

男を背負ったまま、フィリアルがゼベルトの眼を見つめ、宣言した。

「分かったよ…。」

そうして、魔族の少女と少年が、人族の男を運んで森を行った。


 ゼベルトとフィリアルは男を運び、村人にバレないようにゼベルトの家へ戻った。魔族の村で人族を運んでいるとバレたら、何が起こるか分からない。家ではゼベルトの母の奏でるピアノが響いていた。

「お母さん、その、倒れた人がいて、助けてあげたいんだ。」

「早く手当しないと、すぐ死んじゃいそうなの。エリザベトさん、お願い、助けてあげて。」

ゼベルトの母、エリザベトはピアノを弾くのを止め、二人と男に駆け寄る。エリザベトはゼベルトと同じように額に魔石を持つ、ゼベルト自慢の美人な母親だ。フィリアルの親代わりでもあり、二人が頼るのはいつもエリザベトだった。


「分かったわ。フィリアル、そのままベッドまでその人を運んでくれる? ゼベルトは桶に水を入れて持ってきて。」

エリザベトの指示を聞き、フィリアルは素早く動く。ゼベルトは、母に男が人族であると伝えていないことを後ろめたく感じた。それでも一つの命を救うべく、青の魔用石を砕き、桶に水を注いだ。

「ありがとう、二人とも。次は、この人の傷口を洗って綺麗にしてあげて。お母さんは魔術の準備をするから。」

頷き、ゼベルトとフィリアルは言われた通りに、男の腹の傷を水と布巾で洗った。

「黄素・陽の光、緑素・葉の揺らぎ、癒し給え・回復の魔術。」

エリザベトが魔詩を唄い、両手を男の傷にかざす。すると男の傷が少しずつ癒えていく。窓から刺す陽の光、木々の葉による黄色と緑色の魔素が、エリザベト自身の魔素を引き金に、魔術が発現した。エリザベトの回復魔術を使う暖かな光景が、二人は好きだった。


「よし、あとは傷を包帯で巻いてあげましょう。」

汗が一粒エリザベトの額から垂れる。誰もが魔術を使えるわけではない。個人の有する魔素量や適正により、魔術の種類も質も大幅に左右される。日に何度も使えるものではない。

「やったわね、ゼベルト。」

「うん。」

山場を越したことを感じ、二人も息をつく。


「あら、この人…。」

エリザベトが男の違和感に気づく。

「待って、エリザベトさん。この人、確かに人族だけど、まだ悪い人かわからないでしょ?助けてあげたいの。」

フィリアルが今までにないくらい必死になって、エリザベトに訴える。

「…そうね。確かにフィリアルの言う通りだわ。でも悪い人だったらどうするの?」

ゼベルトの見たことない程の真剣な顔をするフィリアルとエリザベト。


「…殺すわ。」

重たい沈黙が流れる。

「分かったわ、フィリアル。その代わり、この人が目を覚ますまで、ちゃんと見張っておかなくちゃね。」

最愛の人を人族により亡くしたエリザベト、フィリアルの提案を快く受け入れることはできないはずだった。

「え、え?いいの?お母さん。」

ゼベルトは心の底から驚き、間抜けな顔をする。

「あら、ゼベルトはダメだと思うの?」

「でも…。」

黙るゼベルトに、エリザベトは膝を曲げて目線を合わせる。

「確かに、私たちは人族のせいで辛い目にあったわ。でもね、ゼベルト。憎んだって辛いだけだわ。」

「うん。」

「それにね。あの日私たちが逃げ切れたのは、人族のおかげでもあるのよ。」

「そうなの?」

ゼベルトはそんなこと一度も聞いたことがなかった。

「お父さんはあの頃、人族にも演奏することがあったよ。その人たちの中で、私たちに危険を知らせてくれた人がいたの。だからゼベルト、無理に人族を恨まなくたっていいの。あなたは優しい子だってお母さん知ってるから。」

今にも涙が溢れそうになるゼベルトの瞳。そんなゼベルトをエリザベトが抱き締める。

「大丈夫よ!! ゼベルト、私がみんな守ってあげるから!!」

二人を見て、フィリアルが両手を腰につけ、また宣言した。なんだか可笑しくて、ゼベルトは笑顔になった。

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