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第37話「魔王フィリアルとハンネローレ」

 『魔に関する研究室』そう書かれた札が貼られた扉を、ゼベルトが開く。そして形なりにも当主であるアニアが先に部屋に入った。薬品の匂いと魔素の怪しい光が立ち込める研究室。研究室の主人・ハンネローレは背を丸め、机に向かって苦悶の表情をしている。

「ハンネローレさん、ご機嫌よう。」

アニアが爽やかに挨拶をした。

「え、あ、はい! おはようございます!」

丸まっていた背中をピンと伸ばして、ハンネローレがゼベルトたちに気づいた。

「おはようございます。少し聞きたいことがあって来たんですが、大丈夫ですかね?」

ゼベルトも柔らかにしゃべる。長身を自らの手で抱きながら、メガネの奥を震わせるハンネローレは小動物のようだ。

「は、はい、大丈夫です。研究も行き詰まっていたところですし。」

下手っぴな笑顔をして、ハンネローレは二人と向き合う。

「そういえばハンネローレさんはどんな研究をしてるのですか? 研究の方が本職なんですよね。部屋を見たところ、様々なことを学んでいるようですが。」

アニアがゼベルトの先に興味本位で質問をした。


「おっしゃる通り、『魔』と付くものなら何でも研究しています。魔術に魔法に魔道具に。魔王城にきてからは魔道具が主ですね。」

「なるほど、今研究されているのは?」

「極小の魔用石で稼働する武器を考案しているところです。」

「ありがたいですね。ぜひ俺にも使える武器が欲しいです。」

世に存在する兵器や道具のほとんどは、魔素を介しているため、ゼベルトの使用できるものは無かった。魔素燃費の良い兵器は戦場で渇望されている。それだけで兵力が格段と上がる。


「む、難しいんですよ。魔用石を利用して遠距離から攻撃する武器をいくつか試作したんですが、採算に全く合わなくて。重さや利便性、素材など、一つずつ改善する段階なんですが、あちらを立てればこちらが立たずの状況で…。う~あ~。」

黒い長髪をかきむしって、ハンネローレがまた苦しそうな顔を見せる。ずっと研究室に篭りきりなのかも知れないと、ゼベルトは思った。

「あ、ごめんなさい! 取り乱してしまって! えっとゼベルトさんが聞きたいこととは、何でしょうか?」

優しい眼で見つめる二人に気づいて、ハンネローレは我に返った。


「その、フィリ…じゃなくて魔王様の強さについて詳しく知りたかったんです。」

「ま、魔王様ですか…。うーん私よりもプラグマさんに伺ったほうが熱弁してくださると思いますけれど…。」

「絶対にハンネローレさんから聞きたいです!! アイツにもうこれ以上フィリアルについての知識で負けたくないっ!!!」

「そ、そうですか…、分かりました、では話させていただきますね。あ、椅子を持ってきますので、座ってください。」

ゼベルトの気迫に押されて、ハンネローレが快諾?をした。ちなみにアニアは『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』の意思でゼベルトについてきた。


 ハンネローレの持ってきた椅子に二人は座った。ハンネローレはペンのような魔道具を手にして、二人の前に立った。

「えっと、それでは『魔王様の強さ』について、解説させていただきます。」

ぱちぱちぱち。ゼベルトとアニアの拍手が、雑多な研究室に響く。

「結論から言わせていただきます。『魔王様の強さ』、それは彼女が『魔の王』であることです。」

「魔の王。」

ゼベルトが思わず声を漏らした。


「はい、そうです。魔素、魔術、魔法。それら全てにおいて魔王様を抜く者は魔族にいません。種族ごとの最高峰と並び、生態系の頂点と言ってもいいかもしれません。」

「ちなみに種族ごとの最高峰っていうのは…?」

質問するゼベルトと対照的に、アニアは黙って手帳にハンネローレの解説を書き残していた。

「まだ私たちが知り得ない『種族の最高峰』もいますし、そもそも種族をどこで分けるかも曖昧ですので、例を挙げるに止まりますが…。」

息長めに吸い、言葉をつなげるハンネローレ。

「魔族は魔王。獣族は龍、もしくは龍人。人族は勇者、聖女、賢者の三人に分野ごと最高峰を分けた形になります。」

「なる、ほど…。」

どれも御伽噺に出てくるモノばかり。ゼベルトは友人が随分遠くに行ってしまったという事実を理解した。アニアも眼を閉じて、一筋縄ではいかない宿敵を再認識する。


「つ、続けますね。魔王様の戦闘術に関しては、私から説明する必要はないと思いますが、一応喋ります。剣術を始め、様々な武器、そして徒手空拳まで。どれも超人の域を越えています。ヴェルニャさんでも魔王様には一撃喰らわせることが限界だそうです。」

「あのヴェルニャさんが…。」

「はい。そしてここからが私の専門分野ですね。魔王様の魔素、魔術、魔法について順に話していきましょう。」

「「よろしくお願いします。」」

アニアもゼベルトも姿勢を正して、本題に集中する。


「魔素。私自身が魔王様の魔素保有量測らさせていただきましたが、最高水準の魔具を使っても測り切れず、逆に魔具が壊れてしまいました。」


 もう二人は驚かなかった。


「魔術。一つの色系統を極めた者なら、その系統で張り合えるかもしれませんが、魔術全体の話となれば魔王様に勝てる者はいません。プラグマさんより、彼女は魔術の扱いが素晴らしいです。もはや芸術と言っていいほど。」


 アニアは自身の目指す領域を知った。芸術とも呼べる呪術。


「ここまで魔素、魔術について話しましたが、ここからはその三つを複合し、お二人に魔王様の強さを概算的な数字で解説させてもらいますね。」

「数字…。」

ゼベルトは少し身構える。ある程度の四則演算しかできなかった。

「心配無用です、ゼベルト様!! 分からないところがあれば、私が手取り足取り教えさせていただきます。安心してください!!!」

ハンネローレの解説を聞いていた時は暗い顔をしていたアニアが、満面の笑みでゼベルトの手を握った。いつも通り、ゼベルトは苦笑いをする。

「えっと、概算と言っても難しい計算はないので…。」

「そうですか…。」

ハンネローレの言葉にしょんぼりとするアニア。


「えっと、では概算に入ります…。 

 まず、魔術の強度を決めるものを魔素出力と言います。以降は魔力としますね。

 魔力100を目指すとします。当然、より少ない魔素でその100の魔力を練ることができれば、魔術の扱いが長けていると言えます。


 魔力100を生成するには、魔素を練らなければなりません。しかし1の魔素から魔力100を練るのは非常に困難で、理論上は可能ですが、実際はほぼ不可能です。私の知る限り、それができるのは魔王様とプラグマさんぐらいです。


 ちなみに私は得意な白系統の魔力でも100生成するのに20の魔素が必要です。四天王の私でもこの比率、ここまで話せば前提から魔王様の強さがわかりますよね。

 ここまで理解できていますか?」


「はい、大丈夫です。」

ゼベルトが頷く。

「ちなみに一般兵は100の魔力を生成するのに、そのまま100の魔素が必要ですね。」

ゼベルトは魔素を持たないため、魔力に対する感覚を持っていない。そこをアニアが手助けした。手助けができてアニアはご満悦の表情を見せる。


「続けますね。

  次に、魔術ごとに攻撃力があるとしましょう。攻撃力10の魔術が初級魔術。50の魔術が中級魔術。100の魔術が上級魔術。1000の魔術が極級魔術だとしましょう。もちろん階級が上がる程、発現難易度も上がります。


 加えて、魔力と魔術自体の力による掛け合わせで総合攻撃力が決まるとしましょう。威力10,000の攻撃をしたい場合、魔力が100と魔術攻撃力が100、必要になりますね。


一般兵の場合、

魔素100   上級魔術

↓       ↓

魔力100 × 魔術攻撃力100 = 10,000 となります。


魔法を使用する場合は、魔術攻撃力が魔術よりも格段に上昇します。よって

魔素1     魔法

↓       ↓

魔力1 × 魔術攻撃力10,000 = 10,000 となります。


魔王様の場合、

魔素1     上級魔術

↓       ↓

魔力100 × 魔術攻撃力100 = 10,000 となります。


もちろん、魔王様なら

魔素10    初級魔術

↓       ↓

魔力1000 × 魔術攻撃力10 = 10,000 とすることも可能です。


もう大分、『魔王様の強さ』が分かってきましたよね。」


 ペンのような魔具を使いハンネローレによって宙に書かれた数字を見て、ゼベルトは改めてフィリアルの強さを痛感した。魔王とは文字通り桁違いの存在。


「さっき、プラグマも魔素1から魔力100を出せるって言ってましたよね。アイツは魔法を使えないかもしれませんが、もし使える人…。例えば、ハンネローレさんがその領域に到達したら、魔術において勝てるんじゃないですか?」

「そ、それは…。」

ゼベルトの質問にハンネローレは眼を伏せた。ある意味、ゼベルトの理論は正しい。だからハンネローレは沈黙を選んだ。しかしそれは肯定を意味していない。


「ゼベルト様、大事なことを忘れています。その理論は正しいですが、正しくありません。」

アニアがハンネローレの代わりに言葉を挟む。

「大事なこと?」

「はい。魔術使い同士の決闘で最も単純で、最も重要なことです。」

アニアに言われ、ゼベルトは自身の頭を精一杯稼働させる。


「魔素保有量、か。」

ゼベルトは答えを自分で言って理解した。考えてみれば、幼い頃からフィリアルは大人よりも魔素保有量が多かった。

「はい、その通りです。もし仮に私の魔術練度が魔王様に並んだとしても、勝つことはできません。最初に言った通り、彼女の魔素保有量は底知れないので…。私の感覚だと一般兵一万人分、四天王十人分だと思います。」

ハンネローレの説明はまだ続く。


「ここまで魔術について話しましたが…。正直、魔王様には、魔術など必要ありません。以前決闘場でアニアさんには話しましたが、魔法には二種類。後天的な魔法、魔術の延長線上に在るもの。そして先天的な魔法、魔術の出発点から在るもの。この二つです。魔王様の場合は…。」


 ハンネローレは戦慄を覚えながら、次の言葉を選んだ。


「…全てです。彼女の魔術に対する解釈が追いつけば、全ての魔術を『魔法』として扱うことが可能です。」


 ゼベルトは『何か』が揺れる音を聴いた。一瞬、それはハンネローレによる嘘の音かと思った。しかし、その音はまぎれもない自分から出る音だった。


「ゼベルト様、大丈夫ですか?」

アニアの声でゼベルトは我に返った。

「あ、ああ。大丈夫。」

ゼベルトは茫然自失になりかけたことを理解しながら返事をした。

「解説する私も戦慄するぐらいですから。無理もありませんよ、ゼベルトさん。」

ハンネローレがゼベルトの内心を汲み取って、話を続けた。


「私、魔王軍に入ったとき、魔法を使えたこともあって、ものすごく期待されていたんです。敵を、人族を、何百人と『殺せ』って。」

深い悲しみを表情に表しながら、ハンネローレが言葉を紡ぐ。


「嫌でした。四天王の私が言ってはいけないことかも知れませんが、私、戦争にも、権力にも興味ないんです。本当は魔術を、魔法を研究したい。ただそれだけなんです。生きるために、生活のために魔王軍に入っておいて、虫のいい話かも知れませんが…。」

ハンネローレの続く話がゼベルトには予想できた。


「そんなとき、フィリアルちゃんが現れたんです。彼女は魔族領の全てを塗り替えてくれました。私にも研究室を与えてくださって。まあ、交換条件で四天王にもされちゃいましたけど…。」

話すハンネローレの表情は、ゼベルトとアニアが今まで見た中で最も晴れやかだった。


「フィリアルちゃんから『友達になって欲しい』と言われたとき、私は無理だと言いました。貴女と並ぶことはできない、と。」

ハンネローレが彼女の黒い長髪をいじりながら下を向く。


「そんな私にフィリアルちゃんは言ってくれました。『魔王である私と並ぶ必要はない。魔王である私に無理してついてくる必要もない。貴女は貴女らしく、ただの私[フィリアル]と仲良くしてほしい。それが友達だから。』と。」

顔を上げたハンネローレの顔は真っ直ぐな笑顔だった。


「だから、えっと、その…。ゼベルトさんもフィリあ、じゃなくて。魔王様の友人でいてあげてください。私が言うのもおかしな話かもしれませんが、きっと魔王というのは孤独なものです。」

急に元の自信なさげな表情に戻るハンネローレ。

「ありがとうございます。俺も、俺にできることを頑張ってみます。」

そんな彼女に深く頭を下げるゼベルトだった。揺れていたのはゼベルト自身の心。フィリアルの友人として、隣にいることを目指していた。しかし魔王としての彼女の強さに驚愕して、心が折れかけてしまった。

「ハンネローレさん、俺にもわかるよう解説してくれてありがとうございました。俺が力になれることがあったら、呼んでください。協力します。」

「はい。いつか魔王様と三人で一緒に魔術についてお話ししましょう。」

初対面の頃より、ハンネローレはゼベルトとアニアに慣れていた。ゼベルトはハンネローレにもう一度頭を下げて、アニアと共に研究室から退出した。

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