第35話「アニアとレオン」
「今日、我らはこの手で勝利を掴んだ。尊い犠牲を払い、掴んだこの勝利に祝杯を。」
食堂、魔王フィリアル様が盃を掲げる。私とゼベルト様、兵たちも同じく盃を掲げる。
「さあ、貴様ら。飲め、食らえ、歌え。天に登った彼らに届くほどにッ!!!」
『ウオオオオオオオッ!!!』
フィリアル様の言葉を合図に宴会が始まる。イグレブ平原での戦いを生き残ったものたちが、その生を謳歌するように騒ぎ始めた。
「ゼベルト様、お酒は飲みますか?」
「いや、俺昔から弱いんだ。」
魔素を一切持たないことが影響しているのでしょうか。ゼベルト様はお酒を好まない。以前お菓子にこっそりお酒を混ぜて、ゼベルト様に効くか試したので、実は答えを知っていた。
「では、お食事をお持ちしましょうか?」
「いや、それも大丈夫。というか俺、あんまり宴会自体が好きじゃないんだ。欲しかったとしてもアニアに運ばせる気はないよ。」
ゼベルト様が片眼をつむる。遠慮しているわけではないみたいです。
「耳が良すぎると、どうしても他人の咀嚼音が気になるんだ。十人ぐらいなら別にいいんだけどな…。」
「なるほど。」
これからは私も気をつけましょう。確かに私の聴覚でも、今の食堂は喧しく感じます。
「俺は先に部屋に戻っておくよ。アニアはどうする?」
「申し訳ありません。少し話したい方がいるので、戻っていただいて構いません。」
ゼベルト様が少し驚いた。私から誰かに話しにいくことが珍しいからでしょう。
「そうか。じゃあ良い夜を。アニア。」
「誰のところへ行くかは聞かないのですか?」
私ならゼベルト様の話し相手を全て把握したい。
「聞いてほしいのか?」
ゼベルト様が悪戯に笑う。
「少しは嫉妬してくださるかなと思いまして。」
私も冗談で返す。
「んー、アニアは俺を捨てなさそうだし。嫉妬する気も起こらないよ。」
「よく分かってらっしゃいますね。」
二人で笑う。
「ではゼベルト様、良い夜を。」
「ああ、良い夜を。」
猫耳の彼女を探す。特徴的な容姿をしているから、すぐに見つけられた。肉料理がたくさん乗った食卓を独り占めしていた。
「ヴェルニャさん、今回は助けていただき、ありがとうございました。」
私の声が聞こえていないのか、ヴェルニャさんは食べるのをやめない。
「あの、ヴェルニャさん。聞こえていますか?」
「ニャ? おお、アニアちゃん! どしたの? お肉食べたいの?」
「いえ、そういうわけではなく。私たちを助けていただいたお礼を…」
「ああ! そういうことね!」
ヴェルニャさんがやっと食べるのをやめて、私を瞳に映した。
「あれはね~、私じゃニャくてレオンちゃんにお礼するべきだよ~。」
「レオンさんですか?」
「うん、あの娘がイザークさんに印つけたおかげで、『龍の尾道』側の異変に気付けたからね~。」
話しながら、ヴェルニャさんは鋭い爪で自身の歯に挟まった肉を取っていた。器用なものです。
「印というのは?」
「私もよくわかんニャい。ま、とりあえず本人にお礼言ったほうがいいよ。私はただプラグマの命令に従っただけだし~。」
またヴェルニャさんが料理を口に入れ始めた。豪快な食べっぷり。
「分かりました。とはいえ、ヴェルニャさんに私たちが助けられたのは事実です。本当にありがとうございました。」
もう返事は返ってこない。ヴェルニャさんの口の中は食べ物で一杯でした。
「あ、あとヴェンデルのことで聞きたいことがあったら何でも聞いてくださいね。」
私はそれだけ言って食卓から離れる。ヴェルニャさんが振り向いて、言葉にならない何かを喋っていた。
「失礼します。」
扉を開ける。中にいるのはベッドの上で寝ているイザークさんとそれを見守るレオンさんだ。
「やあ、アニアちゃん。おじさんならさっき寝ちゃったところだよ。」
「そうでしたか…。」
体に包帯を巻きつけ、顔を青ざめたイザークさんが寝息を立てている。
「レオンさんにイザークさんを託されたのにも関わらず、このような容態にしてしまい、申し訳ありませんでした。」
「ええ!? ちょっとやめてよ、頭下げないでよ!」
レオンさんが私の体を無理やり真っ直ぐに直した。
「ゼベルトのお兄さんにも言ったけど、しょうがないことだよ。戦場じゃ他人を守る余裕なんてほとんどないんだから。」
「しかし、家の執事の失態から…」
「『しかし』じゃないっ! ボクが大丈夫って言ったら大丈夫なの。わかった?」
「…はい。分かりました。」
レオンさんが話しながら私を椅子に座るよう促す。甘えさせてもらいましょう。
「アニアちゃんはあれでしょ。逆の立場で、ゼベルトのお兄さんがおじさんみたいになったら嫌だろうなー、みたいなそんな感じでしょ?」
「はい、その通りです。」
「気にしなくていいよ。そのために印もつけておいたから。」
ヴェルニャさんが言っていた『印』。一体何のことか私にはわからなかった。
「『印』というのは?」
「おじさんに小さい転移魔法陣をつけてたの。それが乱れれば、おじさんが危ない状態ってことになるんだよね。」
「なるほど、それでプラグマさんが転移魔法で現れたと。」
「そういうこと。」
だからヴェルニャさんはレオンさんに感謝するべきだと言っていたのでしょう。
「ん? ちょっと待ってください。なぜ転移魔法で来たプラグマさんと、走ってきたヴェルニャさんがほぼ同時で戦場に駆けつけたのですか?」
「まー、ある程度距離が離れるとボクでも転移に時間かかるからね~。だとしてもヴェルニャさん足速すぎだけどね。」
また四天王との格の違いを思い知らされてしまいました。
「ボクが四天王に挑戦しない理由、わかったでしょ?」
「ええ、痛いほどに。」
レオンさんも私も笑顔になる。そういえば私の同い年の同性はレオンさんぐらいしかいない。
「…イザークおじさんはさ、私に戦うことしか教えられてないって思ってるかもしれないけど、私はおじさんに色んなものをもらってる。」
レオンさんは寝ているイザークさんを横目で見ながら話す。
「小さい頃、私のためにやったことない料理をしてお菓子を作ってくれたり、私のために可愛い女の子の服を買ってきたりしちゃってさ。」
イザークさんを見つめるレオンさんの瞳は親愛に溢れていた。
「アニアちゃん。もしよかったらさ、もう少し話さない? ボク、アニアちゃんとゼベルトお兄さんの馴れ初め聞きたいな~。」
「いいでしょう! 私とゼベルト様が如何に運命的な出会いをしたかお話ししましょう!!」
この後、宴会が終わる頃まで、私とレオンさんはお互いの生い立ちを話し合いました。




