第34話「嵐が去った後」
「これを。」
戦闘終了から数分後。倒れた木に座って、ゼベルトがアニアに傷を手当してもらっていると、プラグマがゼベルトに質の高そうな回復薬瓶を手渡してきた。ちなみにゼベルトは自分で手当てするとアニアに訴えたが、彼女が半強制的に手当を始めた。
「え…。」
「僕は魔王様から預かったものを渡しているだけだ。勘違いしないでくれ。」
プラグマは薬瓶をゼベルトに押し付ける。アニアは無言でゼベルトの傷を手当していた。戦闘中かと疑うほど集中する彼女にプラグマの声は届いていなかった。
「ああ…ありがとう。」
仕方なく、ゼベルトが薬瓶を受け取った。
「そういえば平原の方はどうなってるんだ? 主力がここに二人もいていいのか?」
ヴェルニャもヴェンデルと何か話し込んでいた。あの二人は音が似ているなと、ゼベルトは今更ながらに気づいた。
「問題ない。平原はバルトルトとハンネローレさんが抑えてくれている。それに厄介な敵もいなかった。軍全体をほぼ囮にして主力はここに来たんだろう。頭のおかしい作戦だが、君たちが耐えてくれなかったら危なかった。」
「…なるほど。」
「とは言っても何が起きるか分からないからね。僕は平原の方へ戻るとするよ。それじゃ。」
プラグマはそう言って去っていった。ゼベルトは薬瓶を眺めながらプラグマという男に対する印象を変えた。フィリアルに執着している危険人物かもしれないと思っていたが、プラグマは魔王軍全体のことも考えていた。それに特定の誰かに執着的な者はすぐ隣にもいた。
「終わりました、ゼベルト様! その約瓶は…?」
アニアはゼベルトの手当てに夢中で、プラグマの来訪にすら気づいていなかった。
「ひっさしぶりだね~、お父さん。ニャハハ…。」
「あ、ああ。久しぶり、だな…。」
ヴェルニャとヴェンデルは親子だった。倒木に座り、二人とも少し気まずそうに話し始めた。
「いや~、こんなところで再会することになるとはね〜。」
いつも通りヴェルニャはご機嫌に取り繕うとするが言葉が続かない。
「…結局、戦場に出てしまったのか。」
ヴェンデルは眉をひそめて、声を絞り出した。
「え、何? ダメなの? お母さんと私を置いてって、失踪したお父さんがそんなこと言うの? ニャハハ、笑えないね。」
「違う。そういう意味で言ったわけじゃない。」
秀でるものがあれば、劣るものもある。老練な戦士であるヴェンデルだが、子に対しては上手く接することができなかった。
「じゃ、どういう意味? 若いお母さんが死んでさ。私一人になったんだよ? それでいつかお父さんに会えるかもしれないと思って強くなったのに…。」
「すまない。それに関しては私が全て悪い。」
沈黙が二人を包む。吹き荒れた風が天気を怪しくしていた。
「私も、嫌な感じでごめん…。」
ヴェルニャが口を開く。心に溜まった行き場のない気持ちが渦巻く。ヴェルニャは自分がヴェンデルにどうして欲しいかも分からなかった。
「母親のことだが、私だって置いて行きたかったわけじゃない。そうするしか無かったんだ。」
「獣族だもんね。お父さんが魔石角を片方折って、魔王城出禁になる代わりに、私たちを自由にしたとか、そういう話でしょ?」
フィリアルが魔王になってからは種族間の差別は無くなりつつあるが、ヴェンデルが現役の時代はそうではなかった。
「今は別のやり方があったかもしれないと思っている。」
ヴェンデルが苦しそうに言葉を紡ぐ。幼い頃からもう会っていない娘にどう関わればいいか分からなかった。
「そっか…。」
また二人を沈黙が包む。
「ヴェルニャ! そろそろ戻るぞ。」
遠くからプラグマの声が届いた。ヴェルニャが立ち上がる。
「お父さん、フィリアルが魔王になってからは種族とか関係ないからさ。今度魔王城に来なよ。それじゃ、またね。」
剣を二本背負って、ヴェルニャが去っていく。
「…ヴェルニャ。」
「何?」
「いや、何でもない。」
「そう。」
自分にはヴェルニャに愛を伝える資格などない。ヴェンデルはそう思ってしまった。親と子が久しぶりに再会し、また別れた。




