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第30話「神風」

 移動中は何事も起こらず、イグレブ山『龍の尾道』にメルクル小隊はたどり着いた。そこでは既に現地の兵たちがが拠点を設営していた。

「アニア様! ゼベルト殿! お久しぶりでございます。」

馬を停めて降りると、懐かしい低い声が二人を迎えた。

「ヴェンデルさん!」

片方折れている二本の魔石角が特徴的。執事姿のヴェンデルが野営地に先入りしていた。

「元気そうね、ヴェンデル。エカル領の方はもう良いのですか?」

「はい、優秀な親子がいまして、彼女らに任せました。」

カルラとテオのことだろうとゼベルトは思った。ヴェンデルは久しぶりに会っても、老人とは思えない貫禄があった。


「そちらの方は…?」

「おっと、すみません。俺の名前はイザークって言います。まさか俺より年上がいるなんて思いませんでしたよ。」

ハハハとイザークは豪快に笑って自己紹介をした。

「いえいえ、ただの老いぼれですよ。戦場に出るのも久方ぶりです。」

微笑むヴェンデル。イザークはヴェンデルよりも自身の方が強いという確信が持てなかった。

「そうだヴェンデルさん、現状を教えてもらってもいいですか?」

ゼベルトが状況把握に進んだ。移動中に見えたイグレブ平原では激しい戦火が飛んでいた。

「現状は不思議なくらい何も起こっていません。龍が棲みついてると言われていますが、咆哮の一つも聞こえないのです。敵の存在も全く感じませんね。嵐の前の静けさではなかったら良いのですが…。」

ヴェンデルは訝しんでいた。ゼベルトも耳を済ましてみたが、特に気になることは無かった。

「ま、どっしり構えとこうぜ。敵が来る可能性の方が低いんだからよ。」

『……。』

イザークの言葉に三人は無言と細めで返した。

「な、なんだよ。当たり前のこと言っただけじゃねえか。」

「口は災いの元…。」

アニアがボソッと呟いた。


『敵襲! 敵襲! 敵襲!』

突如、見張りの声が響いた。


「おいおい、マジかよ。俺のせいじゃねえよな…。」

「そんなこと言ってる場合じゃないですよ。」

「前線へ急ぎましょう!」

一向は山の中を駆ける。前線の方からは既に怒号と悲鳴が響き渡っていた。


「頭を下げろッ!」

ゼベルトが叫ぶ。彼の耳に警戒音が鳴り響いた。アニア、イザーク、ヴェンデルは反応して体制を低くした。その瞬間、風の斬撃が木々を吹き飛ばした。

「今ので前線は全壊したと思った方がいいかもしれませんね…。」

アニアが体制を直しながら言った。見渡しの効かない山道にいたはずが、木々が斬り飛ばされた。木だけではなく、魔王軍兵たちの残骸も転がっている。戦争、ゼベルトとアニアが行っていた『狩り』とは違う。自分自身の命のやり取りのみでは完結しない大勢との殺し合い。一昨日から共に魔王状から同行してきた仲間たちの凄惨な死体が転がっていた。そこにはイザークが昨夜話したクリストフの姿もあった。

「ふざけやがって…。」

非人道的な不意打ち。何度も戦場を経験しているイザークでも怒りが込み上げてきた。強力な魔術一つで戦況が大きく変わり、一般兵の命が軽く吹き飛ぶ。魔法、魔術という個人の保有する兵器による残酷な戦争がここにあった。


「よしよし、これで大分見やすくなったなァ。」

前線から人族の小隊が現れた。戦闘には先程の斬撃を放ったと見られる男がいた。ぐしゃぐしゃに渦巻いた緑髪に何処か不遜げな顔。間の抜けた立ち姿だが、保有している魔素はアニアにも匹敵する程。ゼベルトたちは警戒し足を止める。


「お? なんだ生き残りがいたんだなァ。命乞いでもするかァ?」

下品な笑顔で先頭の男は笑った。剣を回して遊ぶ様子が神経をさらに逆撫でる。

「するわけねえだろ。やってくれたな不細工。」

イザークが怒りに任せて開口一番敵を煽った。

「あーはいはい。そういう感じね。俺様そういうの興味ないから。とっとと降参してくれよ。」

「だからするわけねえだろ。無名人族がよ。」

先頭の男は大きくため息を吐いて、空を見上げ両手を伸ばした。


「勇聖教会の七星が一人、『神風』のセザール・シェロン様だ。二度と無名なんて言うんじゃねェ。ぶっ殺すぞ?」

興味ないと言っていたはずのセザールが急に激昂した。態度も喋り方も姿勢も、ゼベルトは気に入らなかった。他三人も同様の感情を抱きながら、敵との距離を測っていた。どちらから先制攻撃をするか、お互いの陣営が見据えている。


「人族というのはどれも礼儀がなっていないのですね。早く死ねばいいのに。」

アニアが一歩前に出た。その背で両手を開いて、段々と指を折っている。ゼベルト、イザーク、ヴェンデルは、その指が全部折られた時が戦闘開始の合図だと悟った。

「オイ、オイ、オイ、オイっ!ウッソだろォ!」

何故かセザールは笑った。

「俺様、超ッ好みだぜェ、嬢ちゃんみたいなガキを泣かせんのはさァ!!」

アニアの指が一瞬止まった。言い表せない不快感がセザールから漂っていた。

「ガキは俺様がやる。他はテメエらで適当にやってくれ。」

セザールの言葉に敵の部下たちは『またか』と言いたげな顔をして戦闘体制を取った。偶然にもアニアの指が全て折れ切った瞬間と被ってしまった。


「うちのお嬢様はお触り厳禁だ。」

「お?」

ゼベルトが割り切ってセザールに斬りかかる。イザークもヴェンデルも、セザールの背後にいる敵に突っ込んでいった。アニアはゼベルトの背後で魔素を練り始める。昼時、燦々と輝く太陽の元、龍の尾道にて戦闘開始となった。


 ゼベルトはセザールと相対してひたすらに違和感を感じた。耳がいつものように冴えない。確かに周囲の戦闘音は大きいが、それは今までも同じことだった。そして剣が思ったところに振れていない。セザールを両断するべく縦に下ろした剣が、何故か斜めに滑っていた。

「んっんー。」

鼻歌混じりにゼベルトの剣が避けられ続ける。

「ゼベルト様! 一度落ち着いてください!」

アニアの声が響く。そしてセザールに呪術が襲いかかった。

「おっと!」

初めてセザールが攻撃に反応した。だらけた姿勢のまま持っていた剣で呪術を迎撃する。

「へー、お嬢ちゃん呪術使いなんだァ。珍しいねェ。」


一度セザールから距離をとり、アニアの方へゼベルトは後退した。反撃主体の戦闘にゼベルトは戻す。自分からセザールには向かわず剣を構えるのみ。ゼベルトはアニアの言葉で冷静さを取り戻した。

「いつも通りで頼む、アニア。」

「はい、いつも通りのアニアです。」

「オイオイ、俺様のこと無視しないでくれよォ!」

子供じみた癇癪でセザールが動く。だらけた姿勢は変わらないまま。剣の動きにも不快感があり、セザールはのらりくらりと揺れている。狙いどころのはっきりしない斬撃をゼベルトはいつも以上に集中して捌く必要があった。


「俺様ケッコー魔素強化してんだけどォ?」

アニアが隙を見てセザールに呪術を放っているが、それも不自然に外れていた。

「だァかァらァ、無視すんなよォ!」

ついにセザールが魔術を放った。それは乱雑な風の刃が飛び交う魔術だった。子供が玩具箱をひっくり返したような有様。しかしそれらは当たれば確実に致命傷となる脅威を孕んでいる。

「アニア!」

「はい!」

ゼベルトは可能な限り己の身で攻撃を避ける。そしてアニアが呪術を使い避けきれないものを迎撃した。魔族狩りを倒してきた二人の連携は極まっていた。


「んー、オマエなんで魔素強化しねェんだァ?」

「あえてだ。」

ゼベルトはわかりやすい嘘をついた。魔素強化は身体能力を向上させるだけでなく、魔術に対する耐性も向上させる。不意に放たれた魔術に対して『あえて』魔素強化を行なわない理由など、普通ありはしなかった。

「あー分かった、オマエ魔素少ねえんだろォ!女に守ってもらうなんて恥ずかしいなァ。」

ニヤニヤとまた不愉快な笑みをするセザール。

「アンタはその恥ずかしいヤツに一撃も与えられてないけどな。」

ゼベルトが不敵な笑みを返して煽った。

「うっぜェなオマエ、いいぜェ本気出してやる。」

煽りに乗らされ、セザールは魔素強化を最大限まで引き出した。彼の周りに小さな緑色の風鎧が生まれた。それは先ほどからゼベルトとアニアの攻撃がそれていた原因でもあった。


(なるほどな。『神風』っていうのはそういうことか。コイツは無意識に自分を風の鎧で守ってるのか。しかもそれを天才的な感覚だけで保って剣撃も重ねてくる。俺がこいつらの接近に気づけなかったのは、この風が音を散らしてたからか…。)

ゼベルトが分析を終えると、セザールが剣を振り回し始めた。それは剣術とは言い難いものだったが、確実にゼベルトの命を危険に晒している。

「やっぱテメエ魔素強化できねェんだな!俺様天才。」

ゼベルトの力量を見抜いたと思い込み、セザールは高揚する。その高揚に合わせて、彼を中心に風が暴れ始めた。それは多方向からゼベルトに襲いかかる。


「侵蝕の呪術。」

アニアが暴れる風を呪術で抑え込む。しかし暴風はさらに強くなり、ゼベルトの体を掠め削った。腐っても相手は、『七星』だということをゼベルトとアニアは思い知らされる。

「苦しくなってきたよなァ~。」

口角を吊り上げて、セザールがゼベルトに連撃を放つ。流石のゼベルトも暴風と不可思議な剣を同時に捌くのは困難。ゼベルトの体制が崩れ、暴風が追い打ちをかける。

「ハッ!」

すんでのところでアニアがゼベルトを助けた。背後から飛び込み、暴風を血刀で斬り払う。

「いいとこだったのになァ。」

セザールが大げさに肩を落として距離を取った。人数不利に突っ込むほど馬鹿ではなかった。

「ま、いっか。もう一回やるだけだしィ。」

セザールが魔素をもう一度練る。戦場に暴風の種がまた生まれた。セザールの纏う風鎧も次第に大きくなっていった。そしてセザールは暴風の種をゼベルトたちを囲むように放つ。もう退路は無い。


「風の方は全部任せる。あとはいつも通りで頼む、アニア。」

「はい、アニアにお任せあれ!」

二人は背中合わせになり、セザールの剣と風に向き合う。

(背中、小さいな。色々と背負わせてしまって悪い…。)

(ああ、ゼベルト様の背中…。役得です、ありがとうございます。)

背中合わせの二人は申し訳なさと感謝という別々の感情をそれぞれ腹の内で抱えた。

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