第29話「メルクル小隊?」
「よし! 『龍の尾道防衛小隊』改め『メルクル小隊』行くぞぉ!」
「うおぉー!」
「やったるぜぇ!」
「目指せメルクル家入り!」
ゼベルトとアニアを含む龍の尾道防衛小隊が出陣した。ゼベルト、アニア、イザークとその他兵たちによる総勢二十人の小隊。イザークが言葉巧みに小隊の指揮を挙げている。
「どうした嬢ちゃん。なんか不服か?」
「いえ、とても今から戦争に行く雰囲気ではないなと思っただけです。」
小隊の兵たちはなぜか意気揚々としていた。
「あー、まあ暗いより賑やかな方がいいだろ? それにこの小隊はどうやら初めて戦場に出るやつが多い。まあ優先順位の低い配置だからそうなってんだろうけど。そいつらを怖がらせたって意味ねーだろ?」
「なるほど。色々と考えがあったんですね。」
経験豊富なイザークの配慮が小隊の雰囲気につながっていた。
「でもイザークさん、生き残ったらメルクル家に入れるとかっていう嘘を言うのは良くないと思いますよー?」
イザークの各兵に耳打ちしていた話がゼベルトには筒抜けだった。
「いやーバレちまってたかあ。でもよお、ここに集まる兵たちのやる気を上げるためだと思ってさ、許してくれよ。」
「………。」
アニアはイザークの顔を穴が奥ほど見つめ貫く。
「嬢ちゃん、頼むからそんな怖い顔しんねえでくれ…。」
ため息を吐いて、レオンの頼みを快く受け入れたことを少し後悔するアニアだった。
呼吸、筋肉、脈動、関節。自分の出す音と獲物の出す音に集中する。手前十数メートル先にいるのは鹿型魔獣。草食動物型の魔獣はある程度近づいても逃げない。それは敵が自分より強いか弱いかを判断している証拠。獲物はゼベルトを見つめ、その場から動かない。本能でゼベルトが魔素の少ない弱者だと見切っていた。しかしゼベルトの雰囲気が彼をただの弱者だと主張していないのか、獲物はゼベルトに襲ってくることは無かった。
(じゃあ、こっちから行かせてもらおう。)
ゼベルトが投げナイフを放つ。ヴェンデルと共にナイフ投げも訓練していた。静かに音を立てたナイフは空気を切り裂きながら飛んで行き、そのまま獲物の足に刺さった。
「キィィィッ!!!」
獲物が声を上げ、逃げようとするがゼベルトが再度ナイフを投擲し命を刈り取った。
「ふう、投げナイフの精度も大分上がってきたな。」
ナイフを手で遊ばせながら、死体となった獲物の処理を始める。寂しい戦時食もこれで少しは華やかになるだろうと、ゼベルトは思った。
「お前ら! ゼベルトの兄貴が鹿を狩ってきたぞ!! つまりこれがどういうことか分かるか!?」
「「「…。」」」
「肉食べ放題ってことだあああ!!!」
「「「うおおおおおおおおお!!!」」」
ゼベルトの狩った鹿をイザークが掲げ、隊員たちが騒ぎ始める。一旦日を跨ぐため、野営地を設営して、戦場が近くなってもイザークと小隊の空気は変わっていなかった。
「ゼベルト様。私この空気感苦手です…。」
珍しくアニアが疲れ気味な顔を見せる。
「俺もそうだけど…。イザークさんの言ってた通り、最初から暗いよりはいいんじゃないか?」
「ゼベルト様がそう言うのでしたら、アニアは我慢いたしますね。」
ゼベルトとアニアは少し冷ややかに小隊の雰囲気を捉えていた。
「よっし、焼くぞ! お前ら、火起こせ! 火!」
「はい、イザークさん!」
「やったぜ肉だ、肉。」
「魔王城でもこんな豪華に食べられないよな!」
はしゃぎ続けるイザークたちを見て、アニアは深く息を吐いた。攻め入られる可能性が低いとはいえ、自分達は戦場に行っている。そこには人族との殺し合いが待っている。今まで魔族狩り相手に命を取り合ってきたアニアにとって、小隊の雰囲気は信じられないものだった。
「い、イザークさん… ちょっとそ、相談してもいいですか…。」
「全然構わねえけど、寝られるときに寝といた方がいいぜ。」
鹿を食べきり夜も深まった。夜の野営地にて年長のイザークが最初に火の番と見張りをすることになったのだが、そんな彼のところに若い新兵が一人やってきた。
「俺全然眠れなくて。戦闘が起こることなんて、ほとんどないから心配するなって、先輩たちには言われたんですけど、ふ、震えが、治らなくって。みんなはメルクル家に入れるかもって意気込んでるのに、俺だけ怖がってて…。」
新兵の手が凍えているかのように震えていた。
「えっと、名前は確か―。」
「クリストフです。エカル寮の方から来ました。」
名乗り、今にも晩飯を吐き出してしまいそうな様子のクリストフ。
「なんで軍に入ったのか教えてくれねえか、クリストフ。」
真剣な眼差しで火を見つめながら、クリストフにイザークは質問した。
「えっと、俺の家はエカル領の小さい果物屋で。前の魔王様が倒れてからの不景気で結構厳しいんです。それで、俺は魔術をそこそこ使えたから、軍に入って家に金を送ろうと思って…。」
「なるほどな。」
イザークは自身の若い頃を思い出す。
「俺が軍に入った理由はな、クリストフ。お前みたいな立派な理由じゃなくて、行くあてが無かったからっていうあっさましい理由だ。ちょっと腕っ節が立ったから戦場でもそれなりにやれて、今も戦場に向かってるってわけだ。」
「…。」
年上で序列も高いイザークの自虐にクリストフはなんと答えたらいいか分からなかった。
「悪いな、オッサンになるとつい自分語りしちまう。俺が言いたいのはな、クリストフ―。」
喋り始めて、レオンのことを思い浮かべるイザーク。自分が戦闘しかできないことが原因で、拾ったレオンにも戦闘を教え、彼女を戦場に出してしまった。それをイザークはずっと悔やんでいる。目の前にいるクリストフとレオンの状況は多少違えどイザークの言えることは一つだった。
「ただ生きて帰れってことだ。」
「…。」
「お前には家があるんだろ? だったら生きて帰ることだけ考えろ。武功を上げようとか、人族を多く殺してやろうとか、そんなことは一切考えんな。生きて帰る、それだけだ。」
クリストフの眼に映る自身の姿をイザークは見つめる。
「わかったか?」
クリストフの方を叩き、イザークは芯のある声で伝えてた。
「分かりましたっ…!! 本当にありがとうございます。」
それが伝わったのか、クリストフは深く頷いて頭を下げた。
「じゃ、早く寝るんだな。睡眠不足で明日倒れちゃあ不味いだろ?」
「はいっ! ありがとうございます。」
クリストフは何度も頭を下げながら自分の馬車に帰っていった。
「本当は、俺がレオンに『そう』思ってるだけだよなぁ…。」
夜空の下、火を眺めながらイザークは呟いた。




