第25話「アニア 対 レオン -決着- 」
どちらも引かない攻防が続く。アニアの魔素とレオンの矢も尽きていった。
(このままだと、ちょっと厳しいかも。)
レオンは自分の攻撃が通らないうちに焦りをつのらせていく。
「呪裂斬。」
ついにアニアが攻撃に転じた。血刀から魔素の斬撃を飛ばした。それは荒削りの呪術だが、殺傷能力は十分なものだった。
「ちっ…。」
レオンは初めて回避のために転移魔術を使用した。両者の動きが一旦静止する。
「しょうがないなー。ボクの最終段階を見せてあげるよ。」
「どうぞご自由に。」
今まで通り、レオンが攻撃を開始する。四方からアニアを狙って矢を射る。狙い所も一本一本ずらす。少しの甘えも許さない射撃。
「さ、ここからが本番だよ!」
レオンの掛け声と共に、転移魔術の魔法陣が三つから五つに変わる。しかし増えた二つはレオンを移動させるためのものではなかった。
「っ!?」
回避したはずの矢がアニアの背後からもう一度彼女を襲う。レオンは自分自身ではなく、矢を転移させて、攻撃をさらに複雑にさせた。
「流石にキツイんじゃないのー?」
複雑さを増すレオンの攻撃はもはや混沌と言っても過言ではない。アニアがまた劣勢になる。
「足元がお留守だよっ!」
アニアの足を矢が掠めた。アニアは完全に動きを封じられてしまった。
「これで終わりだね。」
「いいえ。まだです。」
アニアの赤い瞳が曇り澄んでいく。
「契縛の呪術ー[我が命を賭して不動を誓う、去りし魔の素よ我に回帰せよ]ー。」
ほぼ尽きかけていたアニアの魔素が少しずつ戻っていく。
「何それっ!? ズルくない!?」
レオンが矢を放ち切って枯らしたはずのアニアの魔素が次第に増えていく。
(まずい、今度はボクから決着をつけなきゃダメだ。矢がもう無い。)
最後の攻防が始まろうとしていた。
「おいおい、何だよアレ! 無法が過ぎねえか?」
イザークもアニアの術に愚痴をこぼす。
「決闘を止めてくれ! 今すぐ!!!」
ゼベルトが声を張り上げるが、観衆の声にかき消される。
「ああ? いきなり叫んでどうした?」
「契縛の呪術。自分に不利を賭して利を得る術だ。」
「何だよ。動かねえぐらいで魔素が戻るんなら利しかねえだろ?」
イザークが宥めても、苦しそうな表情をするゼベルト。イザークはそれを見て推測を立てる。
「おい、もしかしてアレか? 命を賭けてるとかバカなこと言わねえよな?」
「もし一歩でも動いたらアニアは死ぬ。」
観客たちはただ騒ぐのみ。眼の前の決闘で少女が命を賭けていることなど知るよしもない。
「アホかよ!」
二人は観客席から決闘場へ駆けて行った。
ゼベルトとイザークが走るうちに決闘は終わりに近づく。
「今度こそ終わりにしよう。お嬢さん。」
レオンはこれまでで最も大きな魔矢をつがえた。
「そうですね。終わりにしましょう。」
アニアも意識を朦朧とさせながら、戻った魔素を血刀に集める。
『やめろォー!!!』
ゼベルトとイザークの声は間に合わなかった。
―レオンが矢を放つ。そして同時にアニアも血刀を投擲した。
(よし! 勝った!)
レオンの放った魔矢に魔素はほぼ込められていない。見掛け倒しのハリボテ矢。レオンは溜めていた魔素を使い転移魔術でアニアの背後に飛んだ。あとはその背中に一撃食らわすのみ。
「ご機嫌よう、そして左様なら。」
「えっ?」
レオンの左半身に衝撃が走る。アニアの回し蹴りがレオンを場外へ吹っ飛ばした。
「アニアっ!!」
決着のついたその瞬間、ゼベルトはアニアに抱きついた。
「ゼベルト様、私勝ちました!」
褒めてくだいと言わんばかりの表情をするアニア。
「いや、アニア。今の勝ち方はダメだ。」
「え、何かお気に召さなかったでしょうか?」
アニアはゼベルトの怒りの理由を本当にわかっていなかった。彼女から出る音がゼベルトの耳にそう訴えていた。
「自分の命を簡単に賭けるな。まず自分の命を第一にしてくれ…!!」
ゼベルトに本気で怒られ、少女らしくアニアは困惑する。
「し、しかし、ゼベルト様のために…。」
「『しかし』じゃない。俺のためを思ってくれるのは嬉しいけど、それでアニアが死んでしまったら元も子もない。もし今後簡単に命を賭けるようなら、俺はアニアを無視する。」
「そ、それは嫌です!」
眼に涙を滲ませるアニア。先ほどまで凛々しく戦っていた姿とは真反対だった。
「じゃあ、これからは簡単に命をかけないこと。わかったか、アニア。」
「はい、承知しました…。」
まだ何処か納得のいかない様子のアニア。ゼベルトはいつぞや彼女に抱いた不安感を思い出した。
「いやー、すごいね。読んでたの? アニアちゃん。」
イザークに肩を貸してもらいながら、レオンがやってきた。
「はい、読んでいました。転移魔術の最も効果的な使い方を最後まで使わない人ではないと思いまして。」
最後の攻防。レオンが転移魔術でアニアの背後を取ったが、アニアはそれを読んでいた。血刀を投げレオンを油断させ、魔素を身体強化に当てて反撃をした。
「嬢ちゃん、強かったぜ。ただゼベルトの兄ちゃんも言ってたが、あの勝ち方はオススメできねえな。オッサンの小言として、頭に入れとけよ。」
「……。」
返事をしないアニア。やはりどこか納得をしていなかった。医療班から渡された回復薬を飲んで、そっぽを向いている。
「ゼベルト様、次はいよいよ四天王戦ですね。アニアは応援しておりますね。」
アニアは返事どころか、ゼベルトに話を振った。
「…そうだな。」
ため息を吐きつつゼベルトはイザークに少し頭を下げるのだった。
「序列五位、メルクル家。序列4位に決闘を申し込みます!」
アニアがまた高らかに宣言した。ゼベルトに勝利を捧げた高揚感で少し興奮気味だった。自分達が負けるとは少しも思っていない。
「…おい、序列4位って。」
「いや、期待しない方がいいんじゃないか?」
「だよなー、どうせ受けねえだろ。」
これまでと違い、観衆たちはざわざわとするだけで盛り上がっていなかった。
「じょ、序列4位ハンネローレです。決闘をしょ、承認しません…。」
観客席の方から、声が飛んできた。かろうじて聞こえた声の方を見ると、そこには眼鏡をかけた幸薄そうな女性がいた。観客席の端っこで猫背を無理矢理伸ばしたような姿勢を取り、手を上げ、申し訳なさそうにするハンネローレの姿がそこにあった。
「あの人、四天王だったのか。」
ゼベルトは食堂であった彼女を思い出す。真っ黒な髪と真っ白な二本の魔石角、ハンネローレで間違いなかった。
「おいおい、つまんねーぞ!」
「いつも棄権ばっかりしやがってよお!」
「戦え!戦え!戦え!」
「戦場でも後ろにいるだけだよなあ!」
『た!た!か!え!』
『た!た!か!え!』
『た!た!か!え!』
観客たちの野次が大きくなり重なる。
「え、いや、その、私…。」
ハンネローレは観客たちに押され、観客席から弾き出された。
「ぎゃっ。」
決闘場に出され、その場で転んだ。
「えっと…。」
ゼベルトとアニアはそんな彼女が不憫で見ていられなかった。
「そ、その私、戦いたくないです。ぜ、絶対勝てないですし…。お願いします、ゆるひて下さい…!」
震えた声で甘噛みしながらハンネローレは訴える。両膝をついたまま背の高い女性が謝る姿は不便を越してあまりに残念なものだった。
「いや、俺たちはそれでもいいんですけど…。」
ゼベルトはハンネローレの訴えを受け入れるが、観衆がそれを許さない。まだ野次が飛び交ってどんどんどふくれ上がっていく。
「小生が戦おうではないかッ!」
一人の男が決闘場に降り立った。オールバックの銀髪、高身長で引き締まった体。貴族服の上からでも分かる筋肉が彼の威厳を引き立たせる。そして二本の魔石角が天に真っ直ぐ伸びている。
「序列3位、バルトルト・ベルガー。メルクル家に決闘を申し込ませてもらうッ!」
背負っていた斧槍を回し、柄を地面に突き刺す。堂々たる出立ちに観客たちは静まった。
「いいぞー! バルトルト!」
「かっけえぞお!」
「きゃー! バルトルト様ー!」
先ほどまでハンネローレを責めていた観衆が一気にバルトルトを称え始める。
「す、すいません。バルトルトさん。」
「お気になさらず。実は小生も戦いたかったので。さあ、今のうちに。」
ハンネローレが早足で観客席に戻っていく。決闘場から出るときに彼女はまた転んでいたが、もう観客たちは彼女を気にしていなかった。
「さあ、始めましょう。ゼベルト・メルクル殿。」
真剣な顔で言うバルトルト。
「いや、俺はただのゼベルトです。」
苦い顔で言うゼベルト。
「…ゼベルト・メルクル、いい響きですね。」
恍惚な顔をするアニア。
「…。」
呆れた顔をするイザークとレオン。
「すまない。てっきりもう婚姻を結んでいるものかと、勘違いしていた。」
「ま、無理もないか。」
先ほどまでのゼベルトとアニアのやり取りは婚約者と見られても仕方のないものだった。レオンがふやけた顔のアニアを押して観客席に戻って行く。イザークはその後をついていった。決闘場に残ったのはバルトルトとゼベルトのみ。
「両者、準備はいいか?」
審判が場を整える。
「問題ない。」
斧槍を構え、正面を眼差すバルトルト。
「…。」
剣を構え、音に集中するゼベルト。
「はじめッ!」
開戦の火蓋が切って落とされた。




