第20話「アニア・メルクルとゼベルト」
「ニャ~んか上の空だったね、ぜべっち。」
ヴェルニャさんに案内され、女子寮の部屋についた。すぐにでもゼベルト様のところへ行きたかったけれど、ヴェルニャさんが話をしたいようだった。
「そうですね。メルクル家自慢の騎士ですので、私は心配していませんが。」
私は嘘をついた、早くゼベルト様のところに行きたい。
「ふーん…。」
ヴェルニャさんが私の顔を覗き込む、彼女の猫眼には私の赤い瞳が写っている。
「アニアちゃん、ぶっちゃけゼベっちとそういう関係っていうか、そういう関係になりたいと思ってるでしょ。」
「何故そんなことが言えるんですか? 仮にそうでしたら何でしょうか。」
ヴェルニャの推察に私は慌てもしない。別に自分の思いを知られても何の問題もないと、私は確信している。
「鼻が効くからね~、私は~。」
自分の鼻を指でポンポンとしながら、ヴェルニャさんは得意げに言った。
「参考までに聞きますが、どんな匂いがするのですか?」
「うーん、ゼベっちの体からは、アニアちゃんの匂いが凄いするし、アニアちゃんからはすこーしゼベっちの匂いがするんだよね~。」
ジトっとした視線をヴェルニャさんが送ってくる。
「なるほど、しかし私たちはメルクル家の人間で同じ屋敷に暮らしていたのですから、そうなるのが当たり前では?」
カラッとした態度で私は対応する。
「いや~、お互いからお互いの匂いが凄いするなら別に何とも思わないんだけどさ~。アニアちゃんからはあんまり匂いしないのが、何というか、ゼベっちに隠れて色々やって、匂いも消してるんじゃないかニャ~って。」
「…。」
沈黙するしかなかった。彼の着ていた服を使ったぬいぐるみ達が脳裏に浮かぶ。
「沈黙は肯定ってことにするよ~。ニャハハ!」
ヴェルニャさんが心底面白そうに笑った。
「私は別に二人がどうなってもいいんだけどさ~。今日の魔王様の反応を見る限り、波乱の予感がするからニャ~。頑張るんだぜ、アニアちゃん。」
「…余計なお世話です。」
冷たく言い放った。
「怒んないでよ~。」
「…。」
猫目を細めながら、ヴェルニャさんはニヤニヤする。
「ニャ~、可愛い~アニアちゃん!」
いきなりヴェルニャさんが飛びついてきた。
「ちょっと何するんですか!?」
彼女が私をしばらくの間撫で回す。
「ニャハハ、少し興奮しちまったぜ。」
「全く、もう少しで手が出るとこでしたよ。」
髪の毛がぐしゃぐしゃになってしまった。
「そうだ、アニアちゃんってメルクル家だよね、アニアちゃんが当主ってことは他には誰もメルクル家はいないの?」
「近い未来、一人増える予定ですね。」
髪の毛を整えながら答える。
「いや~、そういうことじゃなくって…。」
「分かっていますよ。両親がなくなり、今は当主の私と騎士のゼベルト様、そして執事が一人、エカル領に残って問題の処理をしていますね。」
「ふ~ん…。」
ここで初めて、私はヴェルニャさんの真面目な顔を見た。
「ヴェルニャさんは誰か気になる方いらっしゃらないのですか?」
反撃。私はヴェルニャさんに仕掛けた。
「…ニャハ〜、私そういうのわかんニャい〜。」
のらりくらり。私の質問をはぐらかすヴェルニャさん。
「ま、アニアちゃんは取り敢えず頑張りたまえよ! それじゃ、また明日!」
それだけ言うと、ヴェルニャさんは部屋から出ていった。
「何だったんでしょうか…。」
少し疑問に思ったけれど、私の脳内は、すぐにゼベルト様のことで一杯になった。
「…失礼します、ゼベルト様。」
深夜、魔王城が寝静まった頃に、私はゼベルト様の部屋に訪れた。
「ゼベルト様?」
扉が開いていたので、まだゼベルト様は起きていると思った。しかしゼベルト様の声は返ってこない。少し罪悪感を感じながら、私は暗い部屋の中を進んでいく。
「…綺麗な寝顔ですね。」
誰に言うでもなく、私はベッドで寝ているゼベルト様を見てつぶやいた。
「魔王様、フィリアルさんと一体どんなことを話したのですか?」
返ってくるのはゼベルト様の寝息のみ。それでもゼベルト様に話しかけながら、私は靴を脱ぎ、ベッドに腰掛けた。ヴェルニャさんに言われたことが心で渦巻く。
「もう、いいですよね。」
ゼベルト様に掛かっている毛布をどかした。仰向けになっているゼベルト様の上に私は馬乗りになった。
「良い夜ですね、ゼベルト様。私のこと、見てくださいますか?」
そして寝息が掛かるほど顔を近づけて、私はゼベルト様を無理矢理に眠りから覚ました。
「…アニア?」
ゼベルト様が目を覚ます。
「はい、アニアです。」
いつも通りとはいかないけれど、いつも通りの言葉で返事をする。
「えっと、これは…。」
寝起きで冴えない頭を精一杯回して、ゼベルト様が状況を把握している。とっても愛らしい。
「ゼベルト様、フィリアルさんとは何を話したんですか?」
「…。」
フィリアルさんと話したところは見ていないけれど、私は反応を確かめてみる。ゼベルト様は驚いて言葉に詰まった。
「匂いで分かりました。」
「え?」
「冗談です、でも図星でしたね。」
冗談だと言ったが、ゼベルト様には果物の香りと女性の香りが少し残っていた。
「別に、フィリアルさんと話すなと言いたい訳ではありません…。」
息を深く吸って、私は言葉を紡ぐ。
「私のことも見てください。貴方に救われてから、貴方を愛して止まない私を、どうか見てください。」
どんな言葉を言われるか、私は怖くて仕方がない。『もう逢いたい人には逢えたから、お前は必要ない』、そう言われることも覚悟していた。ゼベルト様の紺色の瞳が私を真っ直ぐに見つめる。
「…。」
ゼベルト様は何も言わなかった。その代わりに、上半身を起こして私を抱きしめた。そのままベッドに二人で横になり、ゼベルト様は毛布を私達に掛ける。そしてゼベルト様は静かに眼を閉じた。ゼベルト様はズルい方です。けれど私もゼベルト様に倣って、眼を閉じた。ただ、添い寝ではぐらかされたようで癪だったので、これでもかと言うくらいにゼベルト様の体を、私は抱きしめ返した。
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「おはようございます、ゼベルト様。」
ゼベルト様が眼を覚ました。横から彼の顔を覗く。
「おはよう、アニア。」
少し寝癖のついた髪を手でいじりながら、一緒にベッドから出る。
「アニア、今まで本当にありがとう。それと、どうかこれからも俺の味方でいて欲しい。俺にはアニアが必要なんだ。」
ゼベルト様がちゃんと私を見つめてくれた。
「…はい、ゼベルト様。これからも変わらず、ずっと貴方の味方です。」
初めてゼベルト様の視界に入れた気がして、喜びを噛み締めながら、私は笑う。
「じゃ、魔王軍として今日から頑張りますか。」
ゼベルト様が意気込む。
「それはそれとして、もう私は手加減しませんからね。」
私も意気込む、目的は違えども。
「え、何の手加減?」
「内緒です。でも鍵はちゃんと閉めたほうがいいと思いますよ。ゼベルト様?」
目を丸くして、眉を顰め、困り顔で首を傾げるゼベルト様が可愛らしい。いつになってもいい、最終的に彼を自分のものにしたいと、私は改めて思った。




