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第18話「エカル」

(ここが領主の部屋か。)

ゼベルトは警備の薄くなる深夜に、エカル領主の屋敷に忍び込んでいた。魔素のないゼベルトに魔術を使用した防犯対策は意味をなさない。監視も少なく、ゼベルトはあっさりと領主の部屋にたどり着いた。月明かりが窓から差し込み、目当ての机を照らしている。

「俺が棚を開けたら、襲う。そんな感じか?」

唐突にゼベルトが言葉を発する。

「…なぜ気づいた。認識阻害の対策はしたはずだ。」

息を潜めていた何ものかがゼベルトの背後に現れた。手には短剣を持ち、まさに暗殺者と呼んでいい風貌をしている。

「その手の対策にはもう慣れっこだっていうのと、まあ後はアンタらに言う必要はないな。」

カルラはあの時、ゼベルトたちに明らかに嘘をついていた。領主に脅され、ゼベルトたちが罠に嵌るよう限定的で詳細な情報を与えていた。


 ゼベルトの背後にいたのは、一人ではなく二人。喋ったのは男。もう一人は女。どちらも殺し合いの準備が整っていた。ゼベルトか暗殺者か、どちらが先に動くか、命をかけた緊張が走る。

「なあ、一旦話し合いにしないか、同じ魔族同士だし。」

冗談半分本気半分でゼベルトが提案した。

「悪いが、殺し合いが仕事なんでな。」

男の暗殺者が無情に答える。もう一人の女暗殺者を見るが無言だった。ゼベルトはため息をこぼした。

「…ちょっと狭いな。」

『バリィン!!』

呟くと、ゼベルトが窓を破り、そのまま二階の部屋から中庭へ身を投じた。

「無駄だ。」

暗殺者二人もゼベルトを追い、窓から飛び出す。月光の下、花咲く中庭でゼベルトと暗殺者が改めて対峙する。

「無駄な抵抗はやめろ、自分の置かれた状況ぐらい、わかっているだろう?」

短剣を周囲に向けて、暗殺者が周囲の確認をゼベルトに促す。

「別に見なくても、聞けばわかるよ。」

ゼベルトの耳には、自信を囲む十数人の音が届いていた。

「ずいぶん用心深いんだな、俺一人にこんな数なんて。」

「ふん、ここで必ず殺せという依頼でな。」

じりじりと周囲の敵が近づいてくる。身振りを見るに半端な者はいなかった。


「まあ、俺一人で来たわけじゃないんだけどな。」

ゼベルトが屋敷の屋根を指差す。

「服従の呪術、汝らよ、跪け。」

少女の声が響く。月光に照らされたアニアの姿が露わになる。

「…っ!?」

魔素保有量の少ない者たちが、アニアの呪術により跪く。状況を一拍遅れて理解した暗殺者二人が、魔素身体強化を用して屋根に向かおうとする。


「アンタらの相手は俺だ。」

暗殺者らの前にゼベルトが立ち塞がる。

「死ね。」

「…。」

男暗殺者は殺意を言葉に、女暗殺者は無言でゼベルトに斬りかかってきた。暗殺者らしい音の少ない動き、戦いではなく殺しに特化した攻撃を繰り出す。認識阻害のかかった彼らの剣撃を、ゼベルトは苦もなく弾く。

「そのまま他の奴らは任せた、アニア!」

戦いながら、アニアに声をかける余裕すらあった。

「はい、アニアにお任せあれ!」

アニアも嬉しそうに返事をして、魔素を再度練る。


「侵食の呪術、裂創よ、迸れ。」

最初の一撃に耐えた敵たちに、アニアの呪術が襲う。魔素身体強化を施し、魔素の消失を身にまとう敵たちの体に裂傷が走る。彼らの鮮血が中庭の花々に飛び散る。

「…っぐ。」

ゼベルトを囲もうとした彼らの足が止まる。

「服従の呪術、汝ら、一切の挙動を禁ずる。」

アニアが怯んだ敵たちを見逃すはずもない。以前ならばできなかった広範囲、大人数を対象にした呪術が彼の動きを止める。


「じゃあな。さあ、後は無口なアンタ一人だな。」

「ぐはっ。」

アニアの呪術によりできた隙を利用して、ゼベルトが男暗殺者の首を斬った。そして女暗殺者と向かい合う。

「…。」

暗殺者はそれでも無言だった。ただ表情は激怒に溢れていた。言葉の代わりと言わんばかりに、手に持った短剣をゼベルトに投擲した。それに合わせて間合いを詰めて、纏っていたローブを翻し、さらに目隠しを重ねる。

「…。」

無言の殺意と共に、女暗殺者の靴裏に仕込まれていた刃がゼベルトに迫る。しかしそこにゼベルトはいなかった。目隠しを逆に利用し、ゼベルトは一瞬で女暗殺者の背後に回っていた。

「じゃあな。」

女暗殺者の首に剣線が走った。

「…っ!!」

最後まで女暗殺者は声を出さなかった。憎しみの眼をゼベルトに向けて物言わぬ死体になった


 ちょうど戦闘が終わったときに、ヴェンデルが一人の痩せた男を連れてやってきた。

「アニア様、ゼベルト殿。エカル領主を連れてきました。」

痩せた男は、ゼベルトたちの標的であるエカル・ルーガー・ディルクだった。

「くそっ! 役立たずどもが!」

中庭に倒れている者たちをエカル領主は罵倒する、おそらく彼が雇ったのだろう。

「皆様、この通りあなた方の雇い主は私たちの手中です。自分の身のためにも、今日は帰って全てを忘れるのがよろしいのではないでしょうか?」

アニアが屋根から降りてきて、身動きを封じていた敵たちに問いかける。

「まだ殺し合いたいっていうなら、相手するけどな。」

ゼベルトも剣を向けて威嚇する。彼らは傷だらけの体を引きずるようにはけていく。

「おい! 待て、我を置いていくな!」

エカル領主が叫ぶが、誰も耳を貸さなかった。

「さあ、領主様。俺たちとゆっくり話そうじゃないか。」

ゼベルトがニヤリと笑い、エカル領主と三人は彼の部屋に戻った。


「人族との交渉資料はどこだ?」

エカル領主を椅子に座らせ、ヴェンデルが尋問を始める。ゼベルトとアニアはそれを見守る。

「ふん、我が教えなくとも、キサマらで勝手に探せばいいだろう。」

エカルが憤怒と絶望が混じった顔をする。

「では遠慮なく。」

ゼベルトは机の棚を力ずくでこじ開けた。

「なっ!?」

「俺に魔術鍵の類は無意味だからな。」

驚く領主に、ゼベルトが告げる。棚に入っていたのは何かの資料だった。

「読めるか、アニア。」

「はい、アニアにお任せください。」

資料がゼベルトからアニアに手渡される。ゼベルトは日常単語ぐらいの読み書きはできるが、公文章などの硬い文章は読むことができなかった。

「はい、人族との交渉資料で間違いありません。領主印鑑もついています。これで私たちの目的は達成ですね。」

嬉しさのあまりか、アニアはゼベルトの手を両手で握った。ちなみに放り出された資料はヴェンデルが床に落ちる前に掴んでいる。


「キサマらは、何故こんなことをする?」

領主が痩せた体を震わせながら三人に聞いた。

「魔王軍に入るためだな、アンタの裏切りを突き出せば入軍も簡単だろ。」

ゼベルトが情けで答える。

「馬鹿か、キサマら。あそこは人族と争う気のない腑抜けどもの集まりだぞ。」

「それはどういうことでしょうか。」

アニアが喜びの表情を冷淡な表情に変えて深掘りする。月明かりを反射する血刀を領主の首に添える。

「今の魔王軍は人族に勝つつもりは無い。極力争いは避けて、防衛に徹すると抜かしている。」

「魔王がそう言ったのか?」

ゼベルトは彼女の姿を思い浮かべる。


「ああそうだ! 一年前、娘と妻が殺された時、魔王軍に報復の戦争を提案したが、奴は全く応じなかった。殺した人族の亡骸を我に見せて、『報復はこれで終いだ。』と言った!」

領主が震えているのは、夜の寒さではなく怒りからだった。

「馬鹿が、なぜ人族を根絶やしにしない!? そのための魔王軍ではないのか? 先代魔王の勇姿を忘れ、魔族狩りに怯えながら生きろというのが現魔王軍の主張だ!!」

「ならなんで人族と交渉しようとしたんだ?」

ゼベルトが真っ当な疑問をぶつけた。

「我もキサマらのように人族を殺し回ったさ。来る日来る日も兵を雇って奴らを殺し回った。だがそんなことをしても意味がない。人族はウジのように湧いて出てくる。魔族は人族に数で勝てない。思えば歴代の魔王だって最後は勇者一行に殺されてきた。」

痩せた領主は無念と殺意で満ちていた。

「ならば我がするべきは魔族の地位を人族と同等にすること、そして奴らより上の立場に立つこと。時間はかかるがそれが答えだと、我は知ったんだ!」

叫び言い切って、領主は深く項垂れた。


「お前の勝手な答え合わせで、どれくらいの魔族が人族に殺されたと思う? どうせ交渉の代わりにある程度の自由と情報を人族に与えたんだろ? そのせいでアンタと同じ目にあった奴が何人いると思ってんだッ!!」

今度はゼベルトが叫ぶ番だった。アニアの両親がまさに答え合わせの被害者だった。

「その答えのために同じ魔族を殺しているのも訳がわかりません。」

カルラ家族も、同じく答え合わせの被害者だった。

「結局アナタは人族に、絶望に、自分の無力に、屈しただけではありませんか?」

領主にとって呪いのような言葉をアニアは発した。

「もういい…、我を魔王軍に突き出すなり、殺すなり好きにしろ。」

領主はもう全てを諦めていた。

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