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第16話「湖にて」

「美味しかったですね、ゼベルト様。」

「あんな甘いもの初めて食べたけど、ちゃんと美味しかった。」

翌日、ゼベルトとアニアは約束通り目当ての甘味処で食事をした。

「もし良かったら、家でも私が作りましょうか? 同じ質のものは厳しいですが、材料さえあれば似たようなものは作れますよ。」

生い立ち的に、ゼベルトは甘いものを食べることが少なかった。

「すごいな、料理もできるんだな。アニアは。」

「はい、料理もできるアニアです。」

二人で笑い合う。殺す殺されるの半年間を共にして、ゼベルトとアニアの間に信頼が確立していた。その信頼が、恋愛か、友愛か、親愛か、はたまた全く別のものなのかは分からない。

「ゼベルト様、せっかくですし、湖を見ていきませんか。」

アニアが道の先に見える湖を指差す。

「もちろん、ちょうど日も出てていて寒くないだろうし。」

ゼベルトも太陽を指差して頷く。魔王領は世界樹大陸の北側に位置しており、一年を通して寒涼だ。キリア神話では『犯した大罪により魔族は北方の地に追いやられた』とされている。


 小舟を漕ぐ音と湖水の音が響く。ゼベルトとアニアは小舟を借りて、湖に出ていた。

「すいません、ゼベルト様。漕がせてしまって。」

「当主様に漕がせるわけにはいきませんよっと。」

ゼベルトが小舟を進める。街の音が聞こえないところまで二人がやってきた。

「ちょっと休憩しようかな。」

わざとらしく息を吐いて、ゼベルトは小舟を湖面に漂わせる。湖と二人の音だけしか聞こえない。湖面とお互いの魔石角が太陽の光を反射して輝く。

「ゼベルト様の逢いたい友人について、聞いてもよろしいですか?」

静まった空気を壊さないように、アニアが柔らかな声でゼベルトに聞いた。

「ああ、いいよ。というか半年間アニアには支えられてるからな。俺からもちゃんと話しておきたいと思ってたんだ。」

ゼベルトの紺色の瞳とアニアの赤い瞳が一直線上に並ぶ。

「逢いたい友人の名前はフィリアル、あいつと俺は幼馴染で――」

話し始めると、自然と言葉が出てきた。思い出すと未だに心が痛くなるような、和らぐような、あの村での日々。不思議と詰まらずにゼベルトは話していく。親友、母、兄、彼女たちと一緒に過ごした子供時代に思いを馳せる。アニアも相槌を打つだけで、ただゼベルトの話を聴いていた。


「まあ、そんな感じで俺は魔王軍に行かなきゃならないんだ…。」

話し終わって、ゼベルトはアニアと眼を合わす。

「ゼベルト様、失礼します。」

不意にアニアがゼベルトの隣に座る。手に持った手巾でゼベルトの眼を拭った。そしてゼベルトは自分が涙を流していたことに気づいた。


「ごめん、アニア。」

「いいえ、ゼベルト様。私はいつだって貴方の味方のアニアです。だから、私の前では泣いたっていいんですよ。」

眼から溢れた涙が止まらない。ゼベルトは何年ぶりかの涙を流していた。

「ありがとう、アニア。俺は、俺はアニアに会えてなかったら、きっといつかこの湖に沈んでたと思う。村に一人残って、ただ強くなろうとして、人族を殺し続けた。」

ゼベルトが今まで溜め込んでいた感情を吐露する。

「目的にたどり着けるかも分からないのに、気づけば、あいつの友達として相応しくない、ただ人を殺すだけの生き方になってた。もう半分諦めてたんだ…、だから本当にありがとう。」

溢れる涙を必死に抑えて、ゼベルトはアニアに心の底から感謝を伝えた。

「はい、ゼベルト様。」

涙を流すゼベルトをアニアは愛おしく思った。

「ゼベルト様は優しいのですね。私は人族が憎くて、殺したくて堪りません。それでも貴方は逢いたい人のために心を痛めている。貴方は優しい人です。」

昔、ゼベルトが母に言われた言葉『あなたは優しい子』。あの時の言葉を思い出して、またゼベルトは涙を流した。その涙が止まるまで、アニアはゼベルトの隣にいた。涙が止まる頃には太陽が湖面に沈みかけていた。


「ゼベルト様、一つお願いをしてもよろしいでしょうか。」

宿に帰る途中、アニアがゼベルトに尋ねた。

「うん、何でもいいよ。」

ゼベルトは即答した。

「私のことも、しっかり見てくださいね。ゼベルト様が、逢いたい人に逢えた後で構いませんので…、貴方を想ってやまない少女が、ここにいるのです。」

アニアが赤い眼を輝かせながら伝えた。彼女の眼が輝いていたのは、その瞳が湖と同じく水で満ちて、夕陽を反射したからかもしれない。

「ありがとう。その時まで待ってくれるか、アニア。」

「はい、『待て』もちゃんとできるアニアです。」

茶化すように言うアニア、ゼベルトも微笑んだ。

「では、明日も頑張りましょうか!」

「ああ、頑張ろう。」

こうして二人は有意義な休暇を挟んで、明日に備えるのだった。

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