第15話「ゼベルトと少年とその母」
「半年ぶりくらいか…。」
「もうそんなに経つのですね。長いようで短いような、そんな感じですね。」
ゼベルト、アニア、ヴェンデルの三人は湖畔の街エカルに来ていた。
「馬を厩舎に停めてきますね。」
ヴェンデルが宿の厩舎に馬を連れていく。街の様子は至って普通で異変は何もなかった。
「ここの領主が裏切り者だとは思えませんね。」
街の様子を見回して、アニアが呟く。エカルは湖畔の街らしく水運と漁業により賑わっていた。
「治安が悪くなってる様子もないしな。」
ゼベルトが以前滞在していたときと何ら変わりはない。そんな変わりのないエカルに三人が来た理由はただ一つ、魔族の裏切り者がエカル領主だと確定したからである。
「とりあえず、俺らは荷物を運んで先に部屋に入っていようか。」
「そうですね。」
二人はヴェンデルに馬を任せて、小綺麗な宿の部屋へ行った。
半年間に渡る『魔族狩りの殲滅』、それを成し遂げたとき、ゼベルトたちは十分に裏切り者についての情報を得ていた。それらを照合していった結果が、エカル領主だった。
「ただいま戻りました。」
荷物を運び終えたゼベルトとアニアの元に、ヴェンデルが戻ってきた。
「では状況の整理をしましょうか。」
「一応、秘匿の魔術をかけておきますね。」
アニアの提案に行動でヴェンデルは賛同した。ゼベルトも頷く。
「私たちが集めた情報から、このエカル領の領主、エカル・ルーガー・ディルク、彼が裏切り者であるのは確定しています。しかし私たちが独自に集めた間接的な証拠しかなく、それらを魔王軍に提出しても効力はないに等しいでしょう。」
「だからここで直接的で確固たる証拠を見つけ出そうっていう話だよな。」
アニアの話をゼベルトが繋げる。
「その通りです。そこでまずは数日間、地道にエカル領自体の調査をしたいと思います。メルクル領主という立場を使い、私が公式的な場を、ヴェンデルがこの街の暗部を、ゼベルト様が民衆から、この分担で進めるつもりです。」
「異論ありません。」
ヴェンデルがアニアに賛同した。
「俺が暗部を担当しちゃダメなのか?」
ゼベルトが少し不服そうな顔をして二人に聞く。
「老体に気を遣っていただくのは、嬉しいばかりです。しかしこれでも私はまだゼベルト殿に負けませんよ。勝てるかは怪しいですが。」
そんなことを言って微笑むヴェンデルだった。ゼベルトとアニアは微妙な顔をする。
「年寄りの冗談です、そんな顔をしないでください。論理的に言えば、ゼベルト殿の顔が割れているからです。」
真顔になって、ヴェンデルが説明した。
「そうなのです、ゼベルト様は以前エカルに滞在しています。怪しい動きがバレてしまったら、すぐに追っ手がつけられてしまいます。それにゼベルト様には土地勘もあると思いますので、民衆の方から調査を進めていただきたいのです。」
「なるほどな。」
腕を組んで頷くゼベルト。
「それでは、明日から調査開始と行きましょう。」
もう陽が落ち、空は星々に占領されていた。
「ああ。じゃあアニア、良い夜を。」
「ん? 一緒の部屋で寝ていただけないのですか?」
冗談でもなんでもなく、アニアはゼベルトに言った。
「いや、部屋二つ取ってるんだから、女性と男性で別れるに決まってるだろ。」
「えぇ…。てっきり私とゼベルト様が一緒の部屋かと思っていました…。」
露骨にガッカリするアニア。
「ゼベルト殿、アニア様、私はどちらでも構いませんよ?」
幸い、ヴェンデルの方は冗談だった。
「本当ですか!?」
「タチの悪い冗談はやめてください、ヴェンデルさん!!」
大きな声を上げる二人を見て、ヴェンデルは柔らかく笑う。結局、男性と女性で部屋を分けて、三人は眠りについた。
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「そうねえ、あんまり変わったことはないかしら。」
果物屋で婦人たちに近況を聞くゼベルト、しかしこれといった情報は掴めない。
「それより貴方結構いいとこの出でしょ。うちの娘とお茶しない?」
着ている服を見てか、婦人たちがゼベルトに寄ってくる。
「すいません。騎士の仕事で忙しいので、またの機会に。」
「あら、騎士様だったのね、お仕事ってどういったものかしら。」
婦人たちはゼベルトを囲んで逃してくれない。ゼベルトの容姿は悪くない、というより十人いれば七人が振り返るほどに端正な顔をしている。
「少しエカル領主のことを知りたくって。」
「へー、それは大変ねえ。」
婦人たちはゼベルトの事情に興味はない。やはり暗部の方を探索した方が楽だったかもしれないと思うゼベルト。
「詳しそうな人なら一人知っていますよ、騎士様。」
「本当ですか?」
思いがけない手がかりをゼベルトは見つけた。
「でもねえ、個人情報だもの。あんまり教えるのも良くないかしら。」
「そうねえ、物騒な世の中だものねえ。」
「騎士様もそう思いませんか?」
婦人たちが何やら息を合わせ始める。これは『そういうこと』だろうとゼベルトは思う。
「皆さん、果物は好きですか? もしよろしければ皆さんに振る舞いたいのですが。」
「あら~、もちろん好きよ。」
「悪いわねえ。」
強かな婦人たち。ゼベルトはそんな彼女らに、むしろ好感を持った。ゼベルトは金貨を二枚ほど店員に渡す。
「これでご婦人たちに二つずつ果物を。」
「はい、毎度あり! 騎士の兄さん!」
店員も満面の笑みをする。
(何が勇聖教会、何がキリア神。俺たち魔族は今日も強く生きてる。)
いつぞやの強敵を思い出して、ゼベルトは心の中で悪態をつく。
「あ、思い出したわ、騎士様。この突き当たりを右に曲がったところの家に、領主様の館で給仕をやってる『カルラ』さんって人がいるの。その人なら領主様について詳しく知っているんじゃないかしら?」
婦人から嘘の音は出ていないことをゼベルトは確認した。
「ありがとうございます、ご婦人たち。それでは。」
「はい、またねえ。騎士様。」
「娘とお茶したくなったらいつでも言ってね。」
「私たちとでもいいのよ。」
ゼベルトは頭を下げて、教えられた家に向かっていく。背後では婦人たちの幸せそうな笑い声が響いていた。
教えられた家の庭に、花に水をやっている女性がいた。
「こんにちは、カルラさん。少しお話させていただいてもよろしいですか?」
「えっと…どなた様でしょうか。」
ゼベルトができるだけ気さくに話しかけたが、警戒されてしまった。
「メルクル家の騎士、ゼベルトと申します。エカル領主のことを聞きたいのですが。」
「お帰りください。話すことはありません。」
キッパリと断られてしまった。じょうろを持ったまま、カルラが家に戻っていく。
「すいません、怪しいのはわかりますが、本当に少しでいいので!」
必死に追いかけるゼベルト、あまり女性は得意ではなかった。
「来ないでください!」
カルラが大声を出す。このままでは不審者になってしまうゼベルトは追いかけるのをやめるほかなかった。頭をかいて、どうしたものかと思うゼベルト。
「母さん、どうしたの?」
大声を聞いてか、家の中から子供が出てきた。
「あれ!? ゼベルト兄ちゃん!? 久しぶりー!」
「いけません!テオ、戻ってきなさい!」
子供がゼベルトに駆け寄ってくる。
「ほら、ゼベルト兄ちゃん! 覚えてる? オレだよ、廃墟と森のとこに連れてってもらった。」
「おお、お前か、久しぶり。」
ゼベルトの財布を盗んだが、その後ゼベルトに以前助けられた子供。それがカルラの子供のテオだった。
「テオ! 戻ってきなさい。」
カルラも二人のもとへ駆けてきた。非常に険しい顔をしている。
「前にオレを助けてくれた人だよ。母さんの病気が治ったのも、この人のおかげなんだよ。」
テオがアカルラの手を取り、眼を見てゼベルトにことを説明する。
「そうだったんですね…。」
困った顔をするカルラ、給仕的には話したくないが感謝の念は抱いている。
「母さん、お礼はちゃんとしなくちゃダメなんだよね。」
悩んでいるカルラにテオがさらにたたみかけた。
「…分かりました。ゼベルトさん、とりあえず家に上がってもらえますか?」
カルラに招かれ、ゼベルトは彼女たちの家に入った。
「どうぞ、お座りください。」
ゼベルトはカルラに給仕らしい振る舞いで着席を促される。
「失礼します。」
木の机の周りには椅子が三つ。ゼベルトの向かいに二つがあり、その片方にテオが座った。ニコリと笑うテオ、ゼベルトも片眼を瞑って返す。
「粗茶ですが、どうぞ。」
まだカルラは複雑な顔をしている。
「大変申し訳ありませんでした。命の恩人と知らず、無礼な態度をとってしまいました。」
カルラも着席して、まず頭を下げた。テオも同じように頭を下げる。二人のこめかみから生えた魔石角が、二人の血のつながり主張する。
「いや、俺も怪しかったですし、しょうがないですよ。」
「ねえ、なんでゼベルト兄ちゃんはうちに来たんだ?」
子供は空気なんて読まない。テオは純粋に疑問をぶつけた。
「カルラさんにはさっき言いましたけど、エカル領主について話をお聞きしたいんです。」
ゼベルトも言葉を濁さず、目的を述べた。
「そうですか…、少々話しにくいことですね。」
カルラがテオを横目で見て心配そうな顔をする。
「話せる範囲で大丈夫ですし、場所や日を変えましょうか?」
「オレ誰にも話さないよ!」
大きな声でテオが言うが、巻き込まないためにもテオのいる場で話すべきじゃないだろうと、ゼベルトは判断する。
「明後日の日が落ちたころに俺の当主とここに来ます。そのときに、もう一度お話させていただいてもいいですか?」
「…はい、それでよろしくお願いします。」
初めてカルラが安堵の表情をした。エカル領主を訝しむゼベルトだった。
「それでは、今日はこれで。」
「ええ、ゼベルト兄ちゃんもう帰るの?」
席を立つゼベルト、テオが残念そうにする。
「またな、テオ。」
「うん、じゃあね。」
案外聞き分けが良かった。カルラの教育の賜物だろうかとゼベルトは思う。去り際にカルラの顔をもう一度見たが、すぐに眼をそらされてしまった。
ゼベルトが宿に戻ると、ちょうどアニアとヴェンデルも戻ってきたところだった。
「おえりなさいませ、ゼベルト様。」
「うん、アニアもお疲れ様。」
調査を始めてから三日たっていた。それほど情報は集まっていなかった。アニア、ヴァンデルと今日も成果を聞くが、進捗は微妙だった。
「俺の方は、結構いい情報をつかめるかもしれない。」
ゼベルトが今日起こったことを二人に話す。
「なるほど、流石ゼベルト様ですね。」
アニアが褒める、ヴェンデルも感心した表情をする。
「まさか暗部からではなく、民衆の方から情報が出るとは、流石ですゼベルト殿。」
「いえ、まだ情報を掴めたと決まったわけじゃないですからね。」
照れ隠しにゼベルトは付け加えた。
「それでは、明日は一度休暇にしましょうか。ゼベルト様、美味しそうな甘味を売っているお店を見つけたのです。一緒に行きませんか。」
ソファに座っていたアニアがゼベルトの座っているベッドの隣に腰掛ける。首を傾げて、可愛らしくお誘いをするアニア。ゼベルトは断るわけにもいかない。
「当主様のお誘いでしたら、断れないですね。」
ゼベルトがふざけながら快諾する。
「よろしい。では今日は明日に備えて早く寝ることにします。」
アニアが幸せを顔から溢れさせながら、部屋を出る。もちろん男性陣とアニアの部屋は別だ。
「良い夜を、ゼベルト様、ヴェンデル。」
「良い夜を、アニア。」
「良い夜を。」
挨拶を介して、三人はその後すぐに眠りについた。




