第10話「アニア・メルクル」
メルクル館はまさに小さな貴族のお屋敷だった。悪趣味な庭園も内装もない。快適な暮らしを営むことを第一に考えられている、そんな風にゼベルトの眼には見えた。
「呪術使いの家系と言っても普通の屋敷でしょう?」
アニアがゼベルトの内心を図り声をかけた。
「ああ、もうちょっと恐ろしい建物かと思った。」
「健全な呪いは健全な生活から。メルクル家の教えです。」
微笑むアニア。第一印象は冷たい少女に見えたが、意外と情緒豊かだとゼベルトは思った。
「ゼベルト殿、一度湯浴みをされてはいかがでしょうか。」
「匂いますか、ヴェンデルさん。」
自身の匂いを確認するゼベルト。エカルでは、貴族の暮らしと比べると質素な生活をしていた。
「いえ、お召し物が焦げしまっているので、着替えるついでにどうかと思い。」
「私は匂っていても構いませんよ?」
「ああ、じゃあお言葉に甘えて。」
誰か変なことを言っていた気がしたが、ゼベルトは流した。
「ではゼベルト様、湯浴み場に案内いたしますね。」
アニアがゼベルトの手を引き連れていく。
「ここです。どうぞごゆっくり。」
「ありがとう。」
ゼベルトを見つめるアニアは脱衣所から出ていかない。
「いや、ここにいられるとゆっくりできないんだが…。」
「これは失礼しました。」
ほんの少し不満げな顔をして、アニアは脱衣所から退出した。ゼベルトは服を脱ぎ、籠の中に置いてあった小さな赤魔用石と青魔用石を桶に入れて、湯浴み場に入る。
「ふぅ…。」
お湯を体にかけると、不意に息が漏れた。戦闘後というのもあって疲れを感じるゼベルト。
「アニア?」
「はい、アニアです。」
脱衣所から出たはずのアニアが、脱衣所にもう一度入る音が聞こえた。アニアはゼベルトの服を物色するつもりだった。
「なんで洞穴に拘束されてたんだ?」
アニアならそこらへんの魔族狩りに負けることはないだろうと、ゼベルトは思った。
「よくある話です。家族水いらずで森に出かけていたら、不意をつかれ拘束されてしまった。親は命を賭けて娘を守り死んでしまい、娘は騎士に助け出された。それだけです。」
声は端的だったが、アニアの体からは悲壮な音が出ていた。
「そうか、じゃあこれからは騎士がしっかり守らないとな。」
「はい、よろしくお願いします。それではゼベルト様、ごゆっくり。」
アニアは今度こそ脱衣所から出て、廊下を歩いていった。ちなみに手にはゼベルトが来ていた服を持っていた。
「ふむ、似合っておりますな。」
湯浴みを終えたゼベルトは、ヴェンデルによって騎士として恥じない上等な服を着せられていた。伸びた髪も結び、清潔感を出していた。
(なんか懐かしいな。)
幼い頃、お洒落をして母と父の演奏会に参加したことを思い出すゼベルト。
「そういえばゼベルト殿、私にも敬語は使わなくてもよろしいですよ?」
「いや、年上は敬うって決めてるんです。」
「そうでしたか。」
素直に感心するヴェンデル。
「騎士になると言いましたが、実際に俺は何をすればいいんですか?」
剣を腰に下げ、ゼベルトは服と剣の取り回しを確認する。
「それにつきまして、明日アニア様も含めてお話ししましょう。夜も更けてきましたので。着替えて頂いたばかりで申し訳ないのですが、寝巻きを用意していますので。」
屋敷の上空に月が顔を覗かせていた。
「わかりました。」
「おや、アニア様が就寝の挨拶をしにきたようです。」
ゼベルトの後に湯浴みをしたアニアは、寝巻きに身を包んでいた。
「ゼベルト様、大変似合っております。」
頬を赤らめ、恍惚の表情をするアニア。
「どうも、ありがとう。」
単純に褒められ、照れるゼベルトだった。
「それでは明日今後の展望について詳しくお話ししましょう。それではゼベルト様、良い夜を。」
一緒に寝ませんか、ぐらいは言われると思っていたゼベルトだったが、幸いその予想は外れた。
「アニアも、良い夜を。」
ゼベルトとヴェンデルが挨拶を返す。その後、ゼベルトも着替えて眠りについた。
・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・
「いい天気ですね、お母様、お父様。」
「ええ、そうねアニア。」
「もう少し行ったところでお昼にしようか。」
「お母様!? お父様!? 一体何が!?」
「逃げなさい、アニア!!」
「アニアっ!! 逃げて!!!」
「私たちは今から『契縛の呪術』を使うわ。」
「アニアに結界を貼る。とても寒く冷たくなると思うが、これでアニアに誰も触れられない。」
「それは…、お母様とお父様の命を賭けてということですか?」
「ええ、命を賭けてあなたを守るわ。」
「ヴェンデルが来るまで、必ず生きるんだよ、愛しいアニア。」
「そんな!! お母様!? お父様!? 一人にしないでくださいっ!!!」
「オイオイ、親が死んでんじゃねェか。」
「ハハハ! 魔族の角って高く売れるんだっけか?」
「ガキの方は生きてんなァ。」
「オイ! なんだこれ、ガキに触れらんねェぞ。」
「ふざけんなよ、ちょっと楽しもうと思ったのによォ!」
「殺してやる、お前ら全員殺してやる。」
「ハハ! やってみろよクソガキ。」
「おい、もう面倒だ。親の死体だけ売ってガキはここに置いてこうぜ。」
「殺してやる、殺してやる、殺してやる。」
「殺してやる、殺してやる、ころしてやる。」
「殺してやる、ころしてやる、ころしてやる。」
「ころしてやる、ころしてやる、ころしてやる。」
「俺のことは殺さないでくれよ。」
「大丈夫だ、もう大丈夫だからな。」
「ほら、これで寒くないだろ。」
洞窟の中で私は、両親の命をかけた結界を纏っていた。結界は他の侵入を許さなかったが、代わりに呪いとして私の心に負の感情を増幅させ続けた。しかしゼベルト様はその結界を越えて、私の肌に触れ、さらには頭を撫でてくださった。
「ゼベルト様…。」
ゼベルト様の焦げた服を縫い合わせて綿を詰めて、ぬいぐるみを作る。
「貴方のためなら、私はどうなっても構いません。その代わりにどうか、貴方の温もりを私にお分けください。」
数分後、私は完成させたぬいぐるみを抱きながら、眠りにつくのだった。いつか本物のゼベルト様に抱きしめられながら寝ることを夢見て。




