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第9話「魔族を殺す魔族」

「申し訳ありません、ゼベルト様。このような安馬車で。」

「十分快適だよ。」

馬車に揺られ、ゼベルトはメルクル館に向かっていた。ヴェンデルが手綱を握り、森の中の道を馬車が走り抜けていく。

「一つ質問してもよろしいですか?」

アニアは隣からゼベルトを見つめ、首を傾げた。

「騎士に一々断らなくてもいいんじゃないか?」

「お優しいのですね。」

ゼベルトもアニアを見つめるが、彼女の表情は固かった。

「人族を恨んでいるのではないのですか?」

ゼベルトの『ほぼ正解』という反応が気になっていた。

「別に、特別恨んでるわけじゃないな。好きではないけどな。」

「では何故魔王軍に入りたいのですか?」

彼女の赤い眼は曇りないほどに深くなっていた。

「…逢いたい人がいるからな。」

ゼベルトが遠い眼をする。

「その人とはどんな関係なのですか?」

アニアの赤い眼はさらに深くなっていく。

「友達、人生最初の。」

ゼベルトは言い切った。少し声が上ずったかもしれない。

「…なるほど。」

赤い眼は深まりきった。その眼は逆に曇り切っていたのかもしれない。


「ヴェンデルさん!馬車を止めてくれ!」

ゼベルトが何かを聴き取り、馬車を止めるようヴェンデルに叫んだ。馬が鳴き声をあげ、馬車が急停止する。

「ゼベルト殿、いかが致しましたか?」

「待ち伏せされてる。」

進行方向に人の音が聞こえた。うまく息を潜めており、ゼベルトでも囲まれる前に気づくのが精一杯だった。

「人族でしょうか…?」

「いや、街に近すぎる。魔族だ。」

警戒しながら、ゼベルトとアニアは馬車から降りた。

「当主様は馬車に乗ってる方がいいんじゃないか?」

騎士っぽいこと言って、ゼベルトは緊張をほぐす。

「ある程度、呪術の心得があるので大丈夫ですよ。」

おそらく呪具であろう、特徴的な形の刃物を取り出すアニア。

(呪術か、珍しいな)

そう思いながら、剣を構え警戒を続けるゼベルト。

「炙り出しましょうか?」

ヴェンデルも魔力を掌に集めた。かなり大規模な魔術を準備している。

「ヴェンデル、貴方は手を出さないで。少し私も肩慣らしをしたいの。」

「御意に。」

ただの執事じゃないなとゼベルトは改めて思った。


「おいおい、勘が良すぎねえか。ゼベルト?」

痺れを切らしたのか、待ち伏せていた者がゼベルトの名を呼んで、森から道に現れた。

「ガルドか、まさかこんなところで散歩してるわけじゃないよな。」

現れた男は、ゼベルトともに魔族狩りを襲撃したガルドだった。

「ああ、ちょっと狩ろうと思ってな。」

ガルドが返答すると、彼の仲間たちも森の中から現れた。

「俺たちをか?」

「まあ、な。」

ガルドを含め、敵は七人。そのうち一人がおそらく魔術師、かなり本気のようだった。

「殺しましょう、ゼベルト様。」

冷酷にアニアは提案した。

「いや、殺し合う前に、何で俺らを狙うか教えてくれ。」

「取引だな、ここらへんの人族との。」

じりじりと両陣営の距離が近まる。

「『無音』様があまりに活躍するもんだからな、魔族狩りも減って俺たちの収入も激減。そんときに向こうから交渉があってな。『無音』を何とかしてくれるんなら色々と手を回すってな。」

ガルドの言い分は理解できる物だった、そして嘘も言っていないようだった。

「そうか、分かった。じゃあ()ろう。」


『ウオオオォ!』

ガルドが咆哮し、殺し合いが始まった。おそらく仲間を強化する魔術の類。

「ゼベルト様、好きに動いてください。私が合わせます。」

「了解。」

敵の一人がゼベルトに向かって剣を振るう。音を聴き、ゼベルトが迎撃してそのまま斬り殺した。

(まず一人。)

心の中で数え、戦場を確認するゼベルト。ガルドは後方で高みの見物、他の戦闘員たちが緊張しながら接近してきた。

「…弾岩の魔術。」

さらに後衛の魔術使いがゼベルトを狙う、それだけでなく、敵の剣撃が振り下ろされる。


「侵食の呪術、凶弾よ腐敗せよ。」

呪具である刃物を振るい、それを媒介としてアニアが呪詩を唱えた。すると敵の魔術がゼベルトに届く前に消滅した。

「助かる。」

感謝し、ゼベルトは目前の剣撃に集中する。敵はそれなりに連携が取れている、このまま一人ずつ殺しても、いつか詰みになる。そう判断して、あえて目前の敵を半殺しにして、後方の敵に蹴飛ばし押し付けた。

「…ぐっ!?」

敵の連携が崩れる。流れるように、ゼベルトはそのまま三人を一気に殺した。残りはガルドと魔術師ともう一人の大男。

「やっぱ、『無音』は強えなァ!」

ガルドと大男が突っ込んでくる。二人とも体が怪しく光っている、魔力身体強化による猛攻がゼベルトを襲う。ゼベルトはそのまま二対一で攻防を開始した。剣と剣がぶつかり、命を取り合う音楽が響く。


「弾岩の魔術!刃風の魔術!炎焼の魔術!」

その後方で魔術師がヤケクソに魔術を唱えた。

「無駄です。」

アニアがその全てを呪術で迎撃する。

「クソっ!弾岩の…」

「服従の呪術、汝よ跪け。」

アニアの呪術が、詠唱中の魔術師を襲う。

「あ。」

瞬間、魔術師の意識が飛ぶ。その場に膝をつき、戦闘を放棄した。

「服従の呪術、汝、息を止めよ。」

アニアが魔術師に呼吸を禁止させた。数秒後、魔術師は泡を吹き死に絶えた。


「オイオイ、これはマズイかもなァ。」

「呪術使いいるなんて聞いてないですよ! ガルドさん!」

数的優位が崩れ、ゼベルトと相対していたガルドたちが一歩下がる。

「ゼベルト様、どう殺しましょうか?」

呪具をガルドたちに向け、アニアがゼベルトを援護する体制に入る。

「ガルドは俺がやる、一人は任せていいか、アニア?」

「はい、アニアにお任せあれ!」

ゼベルトに名前を呼ばれて頬を赤らめ、アニアは敵に接近する。

「ナメんじゃねェぞ、ガキ!」

魔力強化された屈強な大男の剣撃がアニアに迫る。

「侵食の呪術、魔循よ瓦解せよ。」

強化された筈の体から力が抜け、大男は体勢を崩す。

「っ!?」

大男の剣が空を切り、地面に刺さる。

「ご機嫌よう、そして、左様なら。」

無防備になった大男の体に、呪具の刃を走らせる。傷は死に至らないが、呪具を媒介にして呪術が発動する。大男の体内魔素が暴走し、その場で死んだ。


「オイオイ、オメエ魔力がねえんじゃねェのかよォ!」

魔素による身体強化、それは人の力を熊と同等にするほどの効果がある。しかしゼベルトは技術だけで、その力を捌いていた。ゼベルトの剣が確実にガルドを劣勢に押し込んでいく。

「だいぶ苦しそうな音が出てるな、ガルド。」

魔素強化にも限界がある。

「チッ、せめて生きて帰らねえとな。」

ガルドがこぼし、剣を強引に振るった。

「ゼベルト様っ!」

アニアが叫ぶ、ガルドの剣は炎を纏っていた。魔剣、魔素を流すことで強化される剣。強化の種類は、魔剣により様々である。剣撃が当たらずとも、纏った炎がゼベルトを焼き尽くし、死に追いやる、その筈だった。


「服が焦げたんだが…。」

ゼベルトの体に炎が移った瞬間、その炎はまるで元から存在していなかったように消えた。

「は? おまえなんで…。」

ガルドはあり得ない現象に目を剥く。ゼベルトは魔力強化をしていなかった、確実に燃え死ぬ筈だった。

「俺には魔素がないからな。とりあえず、死んでくれ。」

答えを合わせをして、ゼベルトはガルドの首を切った。


「ゼベルト様、お怪我の方は…。」

「特にない。」

言っていた通り、服が焦げただけで怪我はなかった。

「…魔素を完全に持たないからこそ、敵の魔術による干渉を受けなかった。ということでしょうか、ゼベルト殿。」

戦闘を見守っていたヴェンデルが推測する。

「まあ、そういうことだと思うんだが、俺もよく分かってない。ヴェンデルさんなら同じ体質の奴を見たことあリませんか?」

剣の血を払いながら、ゼベルトが意見を仰ぐ。

「いえ、魔素保有量が極端に少ない者は何人か見たことがありますが…完全に持っていないのはゼベルト殿が初めてです。」

「…そんなことがあり得るのですね。」

ヴェンデルもアニアも驚愕する。魔素はこの世に存在する全てのモノが保有しているはずであり、ゼベルトの存在は控えめに言って世の理から外れていた。

「まあ、とりあえず敵も排除したことだし、先に進まないか?」

ゼベルトは小恥ずかしくなって、話を遮った。

「そうですね、日が暮れてしまっても面倒ですし。ヴェンデル、急ぎましょう。」

「御意に。」


  再度、馬車に揺られ木々を後ろに流していくゼベルトとアニア。

「なあ、アニア。」

「はい、アニアです。」

名前を呼ばれて笑顔のアニアと対照的に、ゼベルトは物憂げな顔をしている。

「魔族を殺すのは人族だけじゃないんだ、分けて考えるのも面倒じゃないか?」

「だから、人族を恨んでいないと仰ったのですね。」

二人とも頷きあう。


「そういえば、呪術って魔術と何が違うんだ?  呪術も俺には効かないのか。」

話を変えるゼベルト。

「効きませんね。」

アニアは即答する。

「呪術も魔素を媒介にしているので、魔術と変わりありません。それに先程、服従の呪術でゼベルト様から私に、『膝上に座るか?』と言ってもらおうとしましたが、効きませんでした。」

「ええ…。」

ゼベルトはドン引きする。アニアから嘘の音は出ていなかった。

「ふふっ、冗談ですよ。」

微笑むアニアだったが、逆に嘘の音が出ていた。

「そ、そうか。」

冗談ということにして話を変えよう、そう思うゼベルト。


「じゅ、呪術って実際どういう理屈で発現してるんだ?」

「魔素に正の働きをかけて発現するのが魔術、負の働きをかけて発現するのが呪術ですね。なので呪術に魔素の色による適性は関係ありません。誰でも使えますが、その代わり扱いが難しいです。メルクル家は呪術使いの家系なので、私は使いこなせますが。」

説明して少し誇らしげなアニア。

「『敵の魔素強化や魔術で失われる魔素に負の働きをかけて攻撃する』と言ったらわかりやすいでしょうか。そのため炎や風などの具象で攻撃するのではなく、侵蝕、服従、憑依などの現象で攻撃します。」

「その短剣? 包丁?の役割はなんなんだ?」

アニアの装備していた刃物をゼベルトが指差す。

「これは家系由来の呪具ですね。呪具は使い込めば使い込むほど武器として格をあげますので、当主が死ぬときに引き継がれます。名付けるなら『メルクルの血刀』でしょうか。」

特徴的な刃の形も長年修復し使われた結果だった。


「じゃあ、アニアの家族は…。」

「はい、両親とも死んでいます。兄妹もいません。メルクル家は魔族領南端の弱小貴族ですので、親戚もいません。」

微笑むアニアだったが、彼女の赤い眼が笑っていなかった。

「そうか、俺も同じだよ。」

「珍しいことでもありませんし、ゼベルト様のおかげでメルクル家全滅も避けられています。気にしないでください。」

申し訳なさそうな顔をするゼベルトにアニアが気を遣った。

「いっそのことゼベルト様と家族になれば…」

「当主様、ゼベルト様、そろそろ到着いたします。」

アニアの言葉をヴェンデルが遮った。そして家族云々は聞かなかったことにするゼベルトだった。

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