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蒼刻の魔術師ディランと白猫のジゼル

『人から向けられた願いを叶えます』という店の魔術師と、一途な愛を捧げた猫のジゼル

作者: 雪月花
掲載日:2024/02/29


 この世界では(あお)い月が昇る夜もある。

 優しい蒼い光が町を照らす様子は、まるで深海に沈んだみたいに幻想的な光景だ。


 僕のお店はそんな時だけ開店する。

 蒼い月の時だけ使える特別な魔法があるからだ。

 町の路地裏の奥にひっそりと(たたず)む古い店。

 看板にはこう書かれていた。


 『人から向けられた願いを叶えます』


 キィィ……

 

 今宵も誰かが扉を開く音がする。

 薄暗い店内に蒼い月あかりが差し込んだ。


 「いらっしゃいませ」

 

 フードを深く被った魔術師の僕は、扉に向かってほほえんだ。



 

 ……けれど開いた扉の奥には誰もいなかった。

 

 扉の真正面にあたる、店の奥のカウンター内にいた僕は、浮かべていた営業スマイルを即座に取りやめた。

 その途端に『お客様には愛想良くするのよ』という母親の声が頭の中でした。

 思わず『こんなふうに来るのは、お客じゃないからいいんだよ』と頭の中で返事をする。


 ちなみに僕の両親は健在だ。

 成人したばかりの一人息子に店を任せて、自分たちは早々(はやばや)と隠居した。

 そして悠々自適に暮らしている。

 

 それだけこの商売は儲けることが出来た。

 稀少な魔法なので、1回の魔法使用料がとても高額なのだ。

 僕も早く自分の子供に店を任せて、遊んで暮らしたい。

 その前にお嫁さんか。

 ……恋人もいないから前途多難だな。

 

 僕は不貞腐(ふてくさ)れながら、開いたままの扉を見つめた。

 そして一般魔法を唱えて風を起こし、扉を閉める。

 これも()()()来た時はいつものことだった。


「ディラン!」

 そう名前を呼ばれたかと思うと、白い猫がピョンと飛び上がって僕の目の前に現れた。


 カウンターに飛び乗ったその猫は、美しい青い瞳をしていた。

 黒いベルベットで出来た首輪をつけており、それは大事にされている飼い猫の証だった。

 

 この白猫はジゼル。

 1年ぐらい前からよく店に遊びに来るようになった、近所の猫だった。

 

 蒼い月の夜。

 僕は魔力が高い動物の声を聞くことが出来た。

 ジゼルもそのうちの1匹だった。

 だから猫が喋っていても、蒼い月の日は不思議なことじゃない。

 

「魔法をかけて! かけて!」

 白い猫がカウンターの上を右に左にウロウロしながら、顔を僕のお腹あたりに擦り付けてきた。

「……最近それ、力強くてグリグリ痛いんだけど」

 僕は機嫌を悪くしながらも、友達であるこの白猫のために呪文を唱えた。


 魔法をかけた瞬間ジゼルは大人しくなり、机の上で眠るかのように丸まって目を閉じた。

 そして光に包まれたかと思ったら、10歳ぐらいの女の子が狭いカウンターの上で器用に丸まった姿で現れた。

 

 白いストレートのロングヘアに、白いワンピースを着た女の子。

 ジゼルが変身した姿だった。

 けれど耳や尻尾、ヒゲといった部分はまだ猫のままだった。

 そして首には黒いベルベットのチョーカー。

 

 蒼い月の夜。

 魔力が高い動物は魔術師の補助のもと、その動物が思い描くものに変身することが出来た。

 ジゼルもそのうちの1匹だった。

 だから猫が女の子に変身しても、蒼い月の日は不思議なことじゃない。


 ジゼルはその青い目を開き、両手をついて上半身を上げると、バランスを崩してカウンターからコロンと落ちた。

「キャァッ!!」

「あぶなっ!」

 運悪くカウンターの内側に転がってきたので、僕はとっさに腕を伸ばしてしまった。

 そして巻き添えをくらって、僕は床に倒れ込む。

 被っていたフードも脱げてしまった。


 そんな僕をクッションにして助かったジゼルが、仰向けの僕の上に乗っかったまま、体を起こした。

「机の上で変身しちゃダメなこと忘れてたよ。ありがとう。ディラン」

 ジゼルがひたいの冷や汗を「ふぅ」と手の甲で拭いながら笑った。


「……重いからどいてくれる?」

 僕は頬を薄っすら赤くしながらも、ムスッとした表情をジゼルに向けた。

「待って待って! この姿じゃダメなの。もうウィリアムからの思いが高まってるでしょ!? 私を早く人間にして!!」

 鬼気迫ったジゼルが、僕に覆い被さりながら叫んだ。

 彼女の瞳からはポロポロと涙がこぼれ、僕の顔を濡らす。

「…………」

 その暖かい涙が降り掛かる感覚は、不思議と嫌な感じはしなかった。




 僕は代々続く魔術師の家系に生まれた。

 特殊な魔法を扱う僕たちは、それゆえに世間の人たちからあまり好ましく思われて無かった。

 なぜなら対象者本人の望みではなく、その人に向けられた〝他者からの強い思い〟を魔法で具現化するからだ。

 ある人は『神の祝福』と呼び、またある人はこう呼んだ。


 ーーーー『呪い』と。


 確かに『呪い』だと思うことはあった。

 1度だけ、どこぞの貴族からの依頼という名の脅迫で、その息子に成長が止まってしまう魔法をかけたことがあった。

 母親の〝可愛いままでずっといて欲しい〟という強い願いを叶えるためだった。

 残念ながら、この魔法は術者でも解くことが出来ない。

 だからその息子はずっと7歳の少年のまま。

 彼にとっては『呪い』以外の何でもない。

 

  


 そんな呪いを自分にかけようとしているのが、白猫のジゼルだった。

 この店に遊びに来だした時はそんなこと無かったのだけど、ここ最近ジゼルは自分に魔法をかけたいと必死だった。

 飼い主であるウィリアムの願いを叶えたいそうで、ウィリアムはジゼルが人間になることを望んでいた。


 ただ、その思いはある程度強くならなければいけない。

 今までは魔法に出来るほど強くは無かった。

 日に日にウィリアムの思いは強くなっていっているようだったけど、飼い猫に人間になって欲しいなどと望んでいるような男に、(ろく)な奴がいないことを僕は知っている。

 



 けれど今日のジゼルはいつになく切羽詰まっており、ずっと泣いていた。

 そして倒れているままの僕に、ジゼルも寝そべるようにしてピッタリくっ付くと、涙でグチャグチャになった顔を僕の首元から肩にかけて擦り付けだした。

「うわぁ……なんか服が濡れてきた……」

 僕は思わず顔を引きつらせた。




 そんな興奮しているジゼルをどうにか落ち着かせてから、僕は彼女をカウンターの右にある談話スペースに誘導した。

 そしてそこにある椅子に座らせる。

 ちょうど大きな窓ごしにあるその椅子は、蒼い月に照らされていた。

 

 ジゼルが僕の動きをいちいち目で追いながら、ソワソワしている。

 尻尾をゆらゆら揺らしながら。

 

 人間らしく変身するのは高度な魔法だった。

 それはジゼルの魔力が特に高いことと、人間に変身したいというジゼルの願いの強さからだった。

 おそらく蒼い月の夜なら、どの魔術師にかけてもらっても変身できるだろう。


 けれど、今からかける魔法は僕らの家系しか出来ない。

 もう一度言うけど、解くことも出来ない。

 人からの強い思いの具現化だ。


「……ジゼルが言うように、ウィリアムからの思いの強さはクリアしているようだよ。けれど、本当にいいの?」


 僕は座っているジゼルの前に立った。

 意識を対象者に集中させると、僕は他者からの思いの強さを感じ取ることが出来た。

 それがある一定の形を保てていれば、具現化することが出来る。


 ウィリアムは、ジゼルが言うように、飼い猫を人間にしたい強い思いを抱いていた。


 ちなみにジゼルには、僕からの強い思いも感じとることが出来た。

 何故か(よこしま)なオーラを感じるから、直視したことはなかった。


 きっと気のせいだ。

 うん。


 猫耳を伏せていたジゼルだったが、視線はまっすぐと僕に向け、見上げてきた。

「私、ウィリアムが大好きなの。愛してるの! 彼の思いに応えたいっ!!」

 いったんは泣き止んでいたジゼルの瞳に、みるみるうちに涙が溜まった。

 月の光を反射して、青くキラキラ(またた)く。

 そんな彼女を見ると、決まって僕は胸が痛んだ。

 

 ジゼルは出会った時から、ウィリアムをどれだけ愛しているかを僕に伝えてきた。

 その言葉に、いつしか傷付くようになっていた自分にも気付いていた。


 ……僕は、白猫のジゼルが好きなようだった。

 

 人に疎まれて暮らす僕に出来た、数少ない友達。

 ジゼルは店に来ては屈託のない笑顔を僕に向けてくれた。

 彼女といると楽しかった。

 けれどジゼルはウィリアムに夢中で……

 だからあまり認めたく無かった。


 自覚した途端に失恋が待ち受けているから。


 僕は思わずため息をつく。

「いい? 僕の魔法をかけてしまうと、ジゼルは猫に戻れないよ。ずっと人間として過ごすんだ」

 優しく言い聞かせるように僕は喋った。

 ついでに指でジゼルの涙をソッとぬぐう。

 一瞬片目を閉じたジゼルが、再び開いて両目を僕に向けると、その瞳には強い意志を宿していた。

「分かってる。それでもいいの。人間になってウィリアムと一緒にいる!」

 彼女は僕に向かって叫んだ。

「…………」

 また胸の奥がキュッと痛んだ。

 その痛みに思わず眉をひそめる。


「じゃぁ支払いはどうするの? 僕が魔法をかける代わりに、それに見合った対価を払わなきゃいけないんだよ」

「……それは……どうすればいいか分からない……けど、けどっ! 私に出来ることなら何だってするからっ!」

 猫のジゼルなりに必死に考えて、どうにかしようとしているのが手に取るように分かった。


 だからかもしれない。

 普段なら、こんなタダ働きになるようなことは引き受けないのに……

 僕の心の中は、ジゼルに魔法をかけてあげたい気持ちに傾いていた。

 

 ーー決してジゼルに惚れた弱みとかじゃない。

 決して。


「じゃあ、ここで働いてくれる?」

 彼女を繋ぎ止めておきたい僕の願望が、口から滑り落ちた。

「え?」

「そのぐらいしか思い付かないなぁ」

 自分でも内心驚きながら、僕は必死に冷静を装う。

「……分かったわ! 頑張って働く。だから早く人間にして!」

 ジゼルが我慢出来ずに身を乗り出そうとして、椅子から腰を浮かす。

 僕は彼女の両肩を押し返して、また座らせた。


「今から魔法をかけるから、大人しくて」

 僕はわざと低い声で言った。

 ジゼルがあまりにも落ち着かないからだった。

 彼女がビクッとしてから耳も尻尾も垂れ下がらせた。

 そんなジゼルを見て思わず苦笑を浮かべる。

「じゃあ、ここに立って」

 僕は魔法陣が書かれてある床の上を指差した。

 天井の一部が窓になっており、そこから降り注ぐ蒼い月の光が魔法陣を照らしている。

 蒼いスポットライトを当てているようだった。


 ジゼルは椅子から立ち上がって、恐る恐る魔法陣の上に立った。

 蒼い月の光に包まれたジゼルは、思わず天井を見上げ、両手で軽くお皿を作るようにして光を受け止めていた。

 深海の中に閉じ込められた妖精のようで、お伽話(とぎばなし)のワンシーンに見える儚げな光景だった。


「…………魔法をかけるよ」

 僕は目を閉じて呪文を唱え出した。


 


 蒼い月の日に、僕は〝人からの願いを叶える〟魔術師。

 不思議で幻想的な瞬間。


 それが正しいことかどうかは分からない。

 長く続く僕たち一族の生業(なりわい)


 幸せを呼びこむ時もあれば、不幸を呼びこむ時もある。


 ただ、どんな〝願い〟でも、叶える瞬間は美しい。


 ……いつまでも、そう思える自分でいたい。




 僕は呪文を(つむ)いだ。

 魔法陣が作動しだし、蒼い強烈な光がそこから噴き出す。

 目を閉じている僕の(まぶた)の裏にもその光が届きだした。

 

 僕とジゼルのいる空間は、美しい蒼色で埋め尽くされる……



 ーーーーーー


 魔法をかけ終わってから僕が目を開くと、僕と同い年ぐらいの女性に変身したジゼルが、呆然と立っていた。

 それからハッと気が付くと、自分の姿を見下ろしながら頭やお尻をペタペタ触って、ちゃんと人間になっているのか確かめていた。

 猫の名残だった部分は無くなっていたが、首に黒いベルベットのチョーカーだけは残っていた。

 どこからどう見ても、ゆるくウェーブした白いロングヘアに青い瞳の美しい女性になっていた。

 白いワンピースもサイズがあったものに変わっており、ジゼルがクルクル動くたびにスカートが楽し気に揺れる。


「ディラン……ありがとう!!」

 感極まったジゼルが僕に抱きついてきた。

「っ!! ジゼル、人間の大人になったんだから、好きな人以外に気軽に抱きついたらダメだよ」

 僕は赤くなりながら、彼女の体をソッと押して引き離す。

「?? 私、ディランのこと好きよ」

 きょとんとしたジゼルが僕を見つめていた。

 人間の姿になって背が高くなったジゼルの愛らしい顔が、いつもより近くにある。

「〜〜〜〜! それは友達としてでしょ? ジゼルはウィリアムが好きなんだから」

「そうだ、ウィリアム! ……ディランも来て!!」

 ジゼルは言うが早いか、僕の手を取って駆け出した。


「何!? どこに連れて行く気!?」

 僕は引っ張られるようにして走り出した。

「ウィリアムのところ!」

 ジゼルは前を向いたまま叫んだ。


 彼女は人間になっても焦っていた。


「…………」

 僕はウィリアムになんて会いたくなかったけど、ジゼルのいつもと違う様子を見て、ひとまずついていった。




**===========**


 しばらくすると、ジゼルとウィリアムが暮らす家の前についた。

 こじんまりとした家で、どこか懐かしいような感じがした。


「ディランも一緒に来て。不安だから」

 家の扉の前で、泣きそうな顔のジゼルが僕を見た。

 そしてつないでいる手をギュッと力強く握った。

「……分かった」

 本当は〝なんで?〟と聞きたかったけど、彼女の表情がそうはさせなかった。


 ジゼルは口を引き結ぶと、意を決して扉を開けた。

 そして僕の手を引いたまま、家の奥へと進んでいく。

 彼女は元猫だから夜目がきくのか、真っ暗な中をズンズン歩いていった。




 ジゼルがある部屋のドアの前で立ち止まった。

「……ここにウィリアムがいるの」

 そして僕とつないでいた手を離して、ドアノブに手をかけた。


 ここに来るまでに誰も人の気配は無かった。

 おそらく、ここがウィリアムの部屋で、今の時間だと眠っているのだろう。


 なんで眠っているウィリアムに合わせようとしているんだろう?

 早く人間の姿を見せたいのかな?

 それにしても、僕はいらないよね。


 少し困惑している僕を置いて、ジゼルはドアを開けて入っていった。

「……ウィリアム」

 半開きのドアの奥からジゼルのか細い声が聞こえた。

 返事の声は聞こえない。


「…………」

 僕もそっとドアを押して部屋の様子をうかがった。


 部屋を入った正面には横向きにベッドが置かれており、その壁側には窓があった。

 何故かカーテンが開けられており、ベッドが蒼い月明かりに照らされていた。

 そこにウィリアムはいた。

 彼は2人用のベッドの上に1人で横たわっており、僕の場所からは目を閉じた横顔が見えた。


 ……ただ、生きているのか死んでいるのか分からないぐらい衰弱している老人だった。

 けれど、落ち着いてウィリアムの胸を見ると、(かす)かに上下していた。

 彼はかろうじて息をしている状態だった。


 ……ジゼルが焦っていたのは、ウィリアムがいつ息を引き取ってもおかしくないからだった。

 

 枕元の床に膝立ちしたジゼルが、ウィリアムの顔を覗き込みながら必死に彼を呼ぶ。

「ウィリアム……私よ。ジゼルよ」

 初めは穏やかだったジゼルが次第に声を荒げていく。

「ウィリアム、よく言ってたよね。私が〝ジゼルさん〟に似てるって。私といるとまるで〝ジゼルさん〟といるみたいだって……」

 ジゼルは必死に呼びかけながら、目に涙を浮かべ出した。


 僕は呆然と立ち尽くして、2人の様子を見ているしかなかった。

 ふと視線のようなものを感じて隣のチェストをみると、小さな絵が飾ってあった。

 その絵の人物からの視線を感じただけだった。

 そこには若いころのウィリアムと、ジゼルによく似た白髪に青い目をした女性が寄り添っていた。

 結婚記念に描いてもらった絵だろうか?


 ジゼルのさっきの話を聞く限り、ウィリアムは奥さんだった〝ジゼル〟を亡くした後に、毛色と瞳の色がよく似た猫のジゼルを飼いだしたんだ。

 それで猫のジゼルに奥さんの話をよくしてて……

 

 僕は胸を詰まらせながら、ジゼルの背中を見つめた。


「ウィリアム……起きて。目を開けて。私を見てよ。猫の私が〝ジゼルさん〟だったら元気が出るのになぁって言ってたよね! 元気が出たら、また抱っこして頭を撫でてくれるよね!? ウィリアム!!」

 ジゼルがとうとう泣き叫びだした。


 その思いが通じたのか、ベッドの上で弱々しい呼吸をしているだけだったウィリアムが、薄っすら目を開けた。

「!! ウィリアム!!」

 ジゼルが喜びの声を上げる。

「……ジ、ゼル?」

 ウィリアムがゆっくり目を見開いて驚いていた。

 そして震える手をジゼルへ伸ばし、頬にそえた。

 ジゼルが嬉しそうに微笑みながら涙をこぼす。

「本当に……ジゼルなのか?」

 朦朧(もうろう)としているウィリアムが、掠れる声を絞り出してなんとか喋っている。

「そうよ。あなたの妻のジゼルよ。またあの時みたいにサズー川のほとりでピクニックをしましょうよ。あなたの好物のチキンサンドを作ってあげるわ」

 ジゼルがスラスラとウィリアムとの思い出を喋り出した。


 僕はその光景に背筋が震えた。

 …………

 猫のジゼルは〝人間になった〟のでは無かった。

 ウィリアムの願いを受けて、彼の妻〝ジゼル〟になったのだ。

 彼女の今の姿は……絵の中の〝ジゼル〟にソックリだった。


 猫のジゼルは分かっていたのだ。

 ウィリアムは、猫のジゼルに妻のジゼルを重ねており、猫のジゼルに〝妻に会いたい〟願いを乗せてしまっていたことを。


 そして死期が近付いたことで強まったウィリアムの強い思い……〝妻のジゼルによく似た飼い猫が人間になったら、妻のジゼルに会えるのでは〟


 自分の最期を感じだした人にまれに起こる、(かす)かな希望にすがりつく現象だ。

 僕の他者からの思いの強さを感じ取る能力では、そこまで細かいことは分からない。

 ただ、その(かす)かな希望を魔法で具現化したことは何回かあった。


 そのウィリアムの最期の願いを叶えたジゼルが、涙を浮かべたまま穏やかに笑った。

「だから……早く元気になってね」

「……ジゼル……」

 ウィリアムが震える手を、ジゼルの頬の横の髪に移動させた。

 そっと確かめるように髪を撫でると、首もとのチョーカーの近くで手が止まった。

 ジゼルからは近すぎて見えていない場所での出来事だった。

 僕にはウィリアムが、飼い猫のジゼルだと気付いた瞬間に思えた。

 

 そして彼は力尽きたように手をパタンとおろした。

「……ありがとう。ありがとう、()()()

 そう囁くように言うと、ウィリアムは静かに目を閉じた。

 そして呼吸がどんどん弱くなっていき、ついには止まった。


 ウィリアムは最愛のジゼルたちに見送られながら息を引きとった。


「……ウィリアム? 寝ちゃったの? ウィリアム??」

 ジゼルがまた一生懸命呼びかけだした。

 

 そこで初めて僕は彼女のそばに近づいた。

 そしてウィリアムの腕を触ったりして様子を確かめる。

「ジゼル……ウィリアムはもう……」

「……なんで? 私〝ジゼルさん〟になったのに。〝ジゼルさん〟になったらウィリアムは元気になるって言ってたのに……」

「寿命だろうね。最期をジゼルに看取られてよかったと僕は思うよ……」

  

 上手な言葉が出てこなかった。

 それでも、何とか彼女を励ましたかった。


「……うぅぅ」

 ジゼルはウィリアムの体にしがみついた。

 

 そして彼に顔をくっ付けて泣いた。

 いつまでも、泣きつづけた。

 

 ひとしきり泣いたあとに、彼女は体を起こしてゆっくり立ち上がった。

 僕に向き合い、泣きぬれた瞳で僕をとらえた。

「わっ、私の、ウィリアムに生き返って欲しいっていう強い思いはっ……魔法に出来ないの??」

 しゃくりあげながら、ジゼルが必死に訴えかけてくる。

「……命を操るような魔法はかけれないよ」

 僕は思わず目を逸らした。

 ジゼルの瞳から、余計に涙が流れることが分かっていたからだった。


「うぅ、うわーん!!」

 ジゼルが僕に飛びついてきた。

「うわっ」

 僕はよろめきながらも、どうにか受け止める。


「せっかく、ウィリアムのために人間になったのにっ……すぐにお別れだなんて……無駄だったのかな?? うえーん!!」

 ジゼルが泣きじゃくりながら僕を見上げ、気持ちを吐き出す。

「無駄なんかじゃないよ。ウィリアムは嬉しそうだった。幸せそうだった! ジゼルは彼の願いを叶えたんだ!」

 僕はたまらずにジゼルをかき(いだ)いた。

 

 人から向けられた願いを叶える……

 それはすごいことなんだと、まるで自分に言い聞かせるように彼女に説いた。

 

 ……僕のこの特殊な魔法が、ジゼルにとって幸せを呼び込むものだったと思いたい。

 思ってもらいたい。


「……そうだね。ウィリアム言ってたもんね。『ありがとう』って……」

「……うん」

「ディランも、ありがとう……」

 ジゼルはそれっきり喋らなくなり、僕を抱きしめる力を強めた。

 僕は、泣き続ける彼女の気が済むまで、胸を貸してあげていた。




**===========**


 あれから1ヶ月たった。

 ウィリアムは遠い親族たちが来て、葬儀があげられ〝ジゼルさん〟と一緒のお墓に入った。

 僕たちはその様子を遠くから見守っていた。


 そして元猫のジゼルはどうしたかと言うと……

 なし崩し的に僕と一緒に暮らしていた。

 

 だって人間になってしまったジゼルを、ほっぽり出すことも出来ないし、ウィリアムの家は売りに出されてしまったし……


 しょうがなかったんだ。

 働いてもらう約束もしてたし。

 僕が一緒にいたかった訳ではない。




 ジゼルがリビングのソファの上で、三角座りをして膝に顔をつけてメソメソしていた。

「ウィリアムがいないから、寂しいよぅ……」

 彼女はふと飼い主を思い出しては、こうやってメソメソしだす。


 最愛の人を亡くしたから仕方がないとは思うけど……


 調べ物をしていた魔術書を本棚に戻し終わった僕は、ジゼルの隣に座った。

「そろそろ元気出しなよ」

 そして彼女の頭をヨシヨシ撫でてあげる。

 最近ジゼルがメソメソしだすと、こうしてあげることが多くなった。


 あくまでも猫として接している気持ちだった。

 下心とかは全く無い。

 いや、本当に。


 ウィリアムに対する一途な愛を見せつけられたから、怖気(おじけ)ついている訳では無い。


 それにあれは、飼い主と飼い猫の信頼関係の延長上にある愛だから。

 恋愛とは違うはず。

 …………はず!


 ジゼルがちょっとだけ顔をあげて、その青い瞳をのぞかせた。

「……ウィリアムもよく頭を撫でてくれたし、抱っこしてくれた……一緒のベッドで寝るとポカポカで暖かかったな……そっか! 2人目の飼い主を探せばいいんだ!!」

 ジゼルは人間の〝ジゼルさん〟の記憶を引き継いでいるはずなのに、基本は猫時代の短絡的な考え方をしていた。

 そのため『良い事思いついた!』というようなニコニコ笑顔で僕を見つめてきた。

 相変わらず三角座りしている足先を、パタパタ楽しそうに動かしながら。

 

「……人間の姿で『飼い主』を探すはちょっと……」

 僕は勝手に照れた。

「?? 探しちゃダメなの? じゃぁディランがなってくれる??」

 ジゼルが何てことないように告げてきた。

「うーん……僕は恋人募集中なんだけど」

 僕もジゼルの真似をして、何てことない風を装って言ってみた。

「恋人? うーん、確かに、頭撫でたり、抱っこしたり、一緒のベッドで寝たりするよねぇ、恋人って。合ってる?」

 ジゼルが考え込んだあとに首をかしげた。

〝ジゼルさん〟の記憶を参照してきたようだった。

「……合ってる」

「じゃあなる!!」

 よく分かってないジゼルがニコニコ笑いながら、僕に飛びついてきた。

「わわっ!! ……まぁ初めは飼い主からでも仕方ないか」

 僕は苦笑しながら、抱きついてきたジゼルを抱っこしてあげた。

 ジゼルは顔をグリグリ僕の胸元に擦り付けてきた。

 相変わらず猫時代からのクセが抜けていない。


 本当は嬉しかったけど、僕は必死にニヤけそうになる頬に力を入れていた。

 そんな僕の努力はむなしく、腕の中のジゼルは思いも寄らない発言をする。

「でもディランとは、ウィリアムと〝ジゼルさん〟みたいな『ふうふ』になりたいんだけどなぁ」

「!!」

「わぁ! ぎゅうぎゅう苦しいよぉ」

 強く抱きしめられたジゼルから抗議の声が上がった。

 けれど真っ赤になった僕は、顔を見られないようにジゼルをしばらく腕の中に閉じ込めていた。

 



**===========**


 ーー1年後。


 この世界では(あお)い月が昇る夜もある。

 優しい蒼い光が町を照らす様子は、まるで深海に沈んだみたいに幻想的な光景だ。


 僕たちのお店はそんな時だけ開店する。

 蒼い月の時だけ使える特別な魔法があるからだ。

 町の路地裏の奥にひっそりと(たたず)む古い店。

 看板にはこう書かれていた。


 『人から向けられた願いを叶えます』


 キィィ……

 

 今宵も誰かが扉を開く音がする。

 薄暗い店内に蒼い月あかりが差し込んだ。


「「いらっしゃいませ」」

 

 僕とジゼルはそろってお客様に笑顔を向けた。




 そのお店の奥にある棚の上に、小さな絵が立てられていた。

 若いころのウィリアムと〝ジゼル〟が寄り添いながら笑っている絵。

 その隣にはディランとジゼルが、同じく寄り添いながら幸せそうに笑っている絵が飾ってあった。


 

 

  

猫の愛情表現の1つに、顔を擦り付ける行動があるそうです。


最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

この物語が、あなたに届いたことを嬉しく思います。


2025.02.28

タイトルを一部変更しました。長編開始にあたり、ネタバレになる「人間になった」を削除しました。



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·̩͙✧*٭☾·̩͙⋆✧*•┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈•

こちらの短編を元にした長編です。

『人から向けられた願いを叶えます』蒼刻の魔術師ディランと一途な白猫のジゼル

·̩͙✧*٭☾·̩͙⋆✧*•┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈•

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