5 『視界は赤く』
資料室に戻り、本棚を漁る。
「見取り図はないのか?」
端から端までみるがそれっぽいのは見当たらない。
懐中電灯で壁を照らしながら歩く。
「見当たらない」
光を隅々まであて、捜索を続けると本棚の後ろの隙間に紙が落ちているのが見えた。
「なんだこれ」
破れないように慎重に取り、紙を広げると地図だった。
「やっぱりあるよな」
屋敷の見取り図。
これほど広いと執事なども迷子になりそうだ。
「ん、あの先が別の地下なのか」
あの先というのは、金具が外れていた棚の先だ。
まずい。エマがいる場所につながっているのなら、俺が逃した化け物がそっちに行っているに違いない。
見取り図をポケットに押し込もうとしたが、今までの落下や戦闘を考えると、持っているたら破れてしまうかもしれないという不安が押し寄せる。
「置いて行くか」
最悪、また見に来ればいい。
資料室を出て、地下に向かう。
長い通路を歩き、ある地点まで戻ってきた。
確か、ここで化け物たちと会って・・・
瞬間、背後から足音がした。
不意な音に驚きながらも振り返ると、化け物がいた。
「二体⁉︎なんで!」
視界に映ったのは二体。
よく見た個体と、胸部に乳房のような物がある化け物だ。
ショットガンを構え発砲すると、知っている個体が雌型を庇うように倒れ込む。
「外したか、クソっ!」
雌型が起き上がる。
こちらに右腕を構えたと思ったら、ハンドガンのように単発で発砲を繰り返した。
幸い、一発も当たらなかったが、雄型が起き上がると面倒だ。
振り返り、全速力で走る。
1対2では勝てる見込みがない。
全速力で走る後ろを、大きな音を立てながら雌型が追ってくる。雄型も追ってきてはいるが、かなり後方だ。
エマが落とされた例の角で待ち伏せ、雌型の姿が見えた瞬間に体当たりをする。
雌型の身体が飛び、壁に打ち付けられた瞬間、パカっと壁が開き雌型が落下する。
地下に向かう通路だ、行ってしまおう。
雌型が落ちた穴を雄型が覗き込んだ後すぐに追いかけてくる。
俺は角を曲がり、例の家具を倒して道を塞ぐ。
「よし」
雄型が家具に苦戦しているところで俺は走り出し地下を目指した。
階段を降りた先には祭壇のような、神殿のような場所がある。
真っ暗なせいで、懐中電灯があっても全貌が見えない。
「なんだよこれ」
エマを探しながら、先程落ちた雌型も探す。
片方でも殺せるといいが・・・
暗闇ばかりで気が滅入ってしまう。
懐中電灯で周りを確認しながら探すと、背後からバシャっと水たまりを踏むような音がした。
振り返り懐中電灯で照らすと、エマの姿が視界に飛び込む。
「エマ?」
「ヘンリック!」
エマが近づいてきて何やらニコニコとしている。
気味は悪いが、闇の中で光もなく居続けたらこうなってもおかしくはないと、自分を納得させた。
「ここはなんだ?」
「わからない。けど、祭壇のような場所があるし、何かの儀式に使われていたのかも」
エマは祭壇があった方角を指差しながら言った。
ゴーストタウンになった理由だったりするのだろうか
「エマ、化け物をお前が落ちた穴から落としたんだが、見たか?」
ここに来る前に落とした雌型の化け物が気になり、問いかける。
そうすると、エマは首を振った。
「知らないし、音もしなかった。わからない」
どこかで引っ掛かっていたりするのだろうか。
まだこちらにきていない?
祭壇があった場所に戻り、見上げる。
「ずいぶんとデカいわよね」
「何を祀っていたんだろうな」
俺の呟きにエマが答える。
「まだ完成してないんじゃない?」
そう言ってエマが指差したところには木の足場がある。
まだ作ってる最中だったのか。
「てか、あそこの道からグルッと回って、足場に出れば先に道あるでしょ」
そう言って指を差した足場は俺たちの視界を横切り、どこかに続いているようだった。
「行きましょう、まだ調べることがあるかも」
そう言ってエマが一歩踏み出した瞬間に、足場の方から足音がした。
音がしてすぐに姿を現したのは、右半身が血で染まった化け物だった。
かなり殺気立っている。
「なんで、雄型がここにいるんだ!エマ!」
助けようと腕を伸ばした瞬間、化け物が放った散弾がエマに直撃し、血飛沫が舞う。
その血を右半身に浴び、化け物と同じように俺の右半身も赤く染まった。
即死のエマを見つめ、地面に血が広がるのを眺める。
「エマ・・・」
20代前半くらいだろうか。
綺麗な顔が赤く染まる。
まだ、死んでいい年齢でも死んでいい人物でもない。
殺意が湧いてくる。
「ぶっ殺してやる」
ショットガンを構え、化け物に発砲する。 散弾はほとんどが掠りもせずに虚空へと消えていたが、一発だけ奴の右脚に撃ち込まれた。
化け物はすぐに走り出し奥に続く道へと消えて行く。
すぐに追跡するために走り出しエマが言っていた通路にはいって勢いを殺さないように走る。
曲がり角では壁にぶつかり、肩に少しの痛みが走る。
もうすぐだ、もうすぐで化け物がいたであろう足場の上に出る、そしたら血の跡を追って。
懐中電灯で照らしながら進むと、踏みしめる感覚が石から、木の感覚に移る。
出た、足場だ。
最後にエマを見ようと右を見る。
その時、視界に映ったのはエマじゃなく二体の化け物だった。
「なんでそこにいるんだお前ら!」
ショットガンをすぐに構え、少し前に出てきていた雌型に発砲する。
散弾は上手く標的を捉えて、雌型の身体を粉砕した。
即死のダメージ。
雌型は殺せた。
雄型が雌型の死体を一瞥した跡、こちらに散弾を撃ち込むが、ほとんどは虚空にきえる。
だが、だった一発だけ右脚を貫いた。
痛みに歯を食いしばる。
クソッタレ!
足を怪我した状態で無傷の相手と戦うのは得策じゃない。 今回は逃げる事に作戦を変え、走り出す。
足を動かすたびに激痛が走るが、そんな事を気にしている余裕はない。
息を切らしながらウネウネと曲がる通路を抜け、短い階段を登ると屋敷内に出た。
走りながら資料室の前を通り、人が入ってこなさそうな適当な部屋にはいり、息を潜める。
「クソ!」
ショットガンを一発当てたはずだ。
なんで次に見た化け物は無傷だった?
なんでエマの死体が消えた!
ふざけんな・・・
謎ばかりのこの街に不満が募る。
呼吸を整え、口に溜まる唾液を飲み込む。
「はぁ・・・はぁ・・・クソ!こんな所来るんじゃなかった」
床を叩きながら声を漏らした。
痛みが多少引いたら動き出そう。
それまではここで休む事にしよう。