3 『エマと名乗る女性』
エマは口に含んだ物を飲み込み、口を開く。
「一応・・・ありがとう」
エマはそういった。
「別にいいさ、また後で調達すればいい」
そういうと、エマはふーんと言いながら俺の格好をまじまじとみる。
「なんだ?」
「いや、そんなに武装してどうするのか気になっただけ」
エマは気にしていた。
確かに、ショットガンやら何やらの武器を持っていたら気になるのも無理はない。
俺でも、きっと気にすると思う。
もし、この後協力関係を築けるのだとしたら、説明しておくべきだろう。
「ある化け物にな、家族を殺されたんだ。 その復讐のために来た。 まぁ信じないよな」
ある化け物。なんて言っても信じるわけがない。
だが、エマの答えは違っていた。
「信じるよ」
エマはいった。
信じると。 意外な反応に驚いていると、エマは更に続けた。
「私も、弟を殺されたから。その復讐に来てるの」
意外にも同じ境遇だった。
「そう・・・だったのか」
酷なことを聞いてしまっただろうか。
彼女はどう思っているのだろう。
「なら、死ねないな」
「そうね」
話題を変えようと無理やり話を逸らす。
「出口は知ってるか?」
「えぇ、知っているわ」
エマはそういってゆっくりと扉を開けた。
「大丈夫、化け物はいない」
エマの後を追うようについていくと、案外あっさりと屋敷から出られた。
「エマ、助かったよ」
「別に、たまたま上手く行っただけよ」
そうは言うが、化け物に出会わなかったのは運がいい。
「緊張したら喉が乾いた、何か飲み物ない?」
「あぁ、待ってろ」
エマの要望に応えるべく袋の中を漁るが、水が見当たらない。
おかしいな、どこかで落としたのだろうか。
「悪い、落としたみたいだ」
「そう・・・なら、あなたが言ってた食料がある場所まで行きましょ。2人で行動するならもっとあった方がいいでしょ」
確かに、エマの言う通りだ。
なら次は先程のコンビニに向かおう。
屋敷から数十分歩き、コンビニに来た。
前回から4時間くらい経っているだろうか。
エマがカウンターの下から袋をとり、食料になりそうなものを詰め込んでいく。
俺は監視だ。化け物が近くにいないかを見てないといけない。
その時、コンビニの外からザリっと砂利を踏むような足音がした。
「エマ、奴らが外にいる。隠れるぞ」
「わかったわ」
エマの手を引き、冷蔵庫に隠れる。
ドリンクを補充する棚の隙間から外を覗くと、俺の家族を殺した奴がいる。
「アイツがあなたの家族を?」
「そうだ」
ジャリジャリと砕けたガラスを踏み、店内に入ってきた。 そいつはレジのカウンターにあるラジオをいじり、店内を物色するように歩いている。
「戦う?」
「いや、ダメだ」
無理だ。エマは武器を持っていないし、せっかく出会えた仲間を失うことは避けたい。
化け物はレジのカウンターの下から袋を取り、商品を詰め込んでいく。
「人間の真似事でもしてるのか?」
怒りが込み上げてくるが、深呼吸をして心を落ち着かせる。
「ヘンリック・・・パイプから水が漏れてる」
エマの声に反応してパイプを確認すると、確かに水が漏れていて、足元には水溜りが出来ていた。
その時、耳にザザッと音が入った。
ラジオがついたのだ。化け物はラジオのそばに恐る恐る近づく。
今回ばかりはラジオに助けられた。
「エマ、今のうちに走るぞ」
エマの手を引き、冷蔵庫から飛び出す。
裏口から出ようと狭い通路を走る。
その時、積んであるアルミの箱にエマの体があたり、ガシャンと音を立てて倒れた。
だがそんなことを気にしている余裕はない。
走り続け、近くの建物に飛び込む。
扉を閉め、長い椅子をずらしバリケードを作る。
「大丈夫か?」
「えぇ、なんとかね」
入った場所は教会だった。
もう廃れているのか、ボロボロになった像が俺たちを見下ろす。
「教会ね」
エマは吐き捨てるようにいった。
「なんかあるのか?」
「別に」
なにか訳ありなのかもしれない。
あまり聞かないようにしよう。
「・・・お祈りでもしてみるか」
俺は像の前に跪き、頭を下げる。
普段は神様にお祈りなどしないが、状況が状況だ。信じてみてもいいかもしれない。
その光景を見ていたエマが口を開いた。
「意味ないよ、神様なんて存在しない」
そんな事を言うエマを見つめると、ムスッとした表情だった。
「どうしてそう思う?」
「弟は毎日お祈りをしてた。どんなに忙しくてもね、でも死んだ。 神様がいたなら、今も弟は生きてるはず」
なるほど。
確かにそうかもしれない。
毎日お祈りをしている人間を救ってはくれなかった、俺ならもっと救ってはくれないだろうな。
「少し休め、疲れただろう」
荷物を全て椅子に置き、エマに声をかける。
エマは何も言わずに頷いた後、座ったまま眠りについた。
綺麗な顔だ、両親に大切に育てられたのだろう。
こんなとこで化け物狩りなんかしてていい子じゃない。
エマの寝顔を見ていると、強烈な睡魔に襲われる。
たった4時間だが、身体を動かし心身ともにかなり疲弊していたのかもしれない。
徐々に瞼が下がっていく。
化け物が入ろうとしても、壁や扉を破壊する必要がある。 その場合は音で気づくはずだ。
だから大丈夫。
そう思い、俺も目を閉じた。
「パパ!キャッチボールしようよ!」
ジェイクがそういって庭に出ていく。
グローブを持って。 そうだ、ジェイクはキャッチボールが好きだった。 将来はプロの野球選手になれるかも、なんて話していたのを覚えている。
「お兄ちゃんばかりズルい!」
そうそう、いつもクラーラは拗ねてたな。
俺と遊びたくて、ジェイクを叩いたこともあった。
その光景を家の中からキャシーが見るんだ。
ニコニコとしていて、子供たちにむけている視線は優しかったな。
視界が変わり、家の中に移動した。
天井の隙間から血が滲み出て、壁を赤く染めていく。
チカチカと点滅するように現れたのは、家族の死体だった。
「キャシー・・・ジェイク・・・クラーラ・・・!」
化け物が目の前に現れ、俺を睨む。
「お前が、全部お前がやった!殺してやる。殺してやる!」
俺は化け物に叫んだ。
瞬間、家全体が地震のように揺れた。
グラグラと、相当強い揺れだった。
「リック・・・ヘンリック!」
頭の中に響いた声とともに目を覚ます。
「大丈夫?うなされてだけど」
エマにそう言われた。
額には汗が滲み、背中には服が張り付く。
「あぁ・・・大丈夫だ」
「それならいいけど」
エマが水を手渡してくる。
「あぁ・・・ありがとう」
ペットボトルの蓋を開け、数口流し込む。
身体にじんわりと水分が渡るのを感じる。
「これからどうするの?」
エマに問いかけられ、少し考える。
「準備をしたらここを出て、少し散策をしよう。この場所について知らなさすぎる。 何か情報があった方が有利に立ち回れるかもしれない」
「わかったわ」
そういって、準備をし始めた。
ここを出たら情報を集める。何かあるといいが・・・