1 『終わりの始まり』
夕方、曇った灰色の空を眺めながら会社を出る。
「雨が降りそうだな」
そう言いながら歩みを進めた。
俺はどこにでもいる普通の会社員だ。
普通に生活している。
高くもない給料で、裕福とは言えない家庭だ。
それでも幸せを感じているのは、家族がいるからかもしれない。
妻と、息子と娘だ。
息子は最近誕生日で、12歳になったばかりだ。
屁理屈などを言って我々両親を悲しませることもしばしばあるが、それでも可愛い息子なのだ。
次に娘、この子は次の誕生日で4歳になる。
俺は忙しくて最近構ってやれていないが、息子が一緒に遊んでやってると、妻から話を聞く。
もちろん、娘も大好きだ。
次に妻。
俺には勿体無いくらいにいい人だ、この人がいるから俺は日々の暮らし、辛いことも乗り越えられていると言っても過言ではない。
浮気なんて一度も考えた事もないし、これからもするつもりはない。
そんな事を思いながら男は歩みを早める。
早く家族に会いたい。
顔を見るだけで日々の疲れなんか吹っ飛ぶくらいに大好きな家族なのだ。
だから・・・
男は玄関の前に立ち、扉の取手に手を掛ける。
力一杯引き、家族にただいまというのだ。
「ただい・・・ま」
だが、出迎えをしたのは家族ではなかった。
一言で言うなら化け物。 茶色い身体に2メートル以上はある巨体が写っていた。
フォルムはカマキリのようだ。だが二足歩行で手と顔は人間に酷似している。
「な・・・何やってんだお前!」
俺が怒鳴ると、その化け物は逃げていく。
家の中は血で赤く染まっていた。
どうして、近隣の住民は気が付かなかったのか?
何で家族がこんな目に・・・
「あ・・・なた」
まだ息がある妻が俺を呼ぶ。
妻を抱きかかえる
抱え上げた手には赤黒い血がベットリと付いている。 素人でもまずいとわかる出血量だ。
「あぁ・・・そんな、キャシー・・・神様・・・」
妻の名前を呼びながら、周りを見る。
あまり荒らされてはいない。殺す事が目的だったのだろうか。
「あなた・・・クラーラは・・・?」
妻のキャシーが娘の名前を呼ぶ。
そうだ、子供達は・・・
妻のそばに小さな死体が転がっている。
「クラーラ! あ・・・クソっ・・・」
その言葉で状況がわかったのか、妻は涙を流す。
「あぁ・・・そんな・・・」
泣き出してしまう妻を抱きしめ俺も泣いた。
次第に泣き声は聞こえなくなった。
「キャシー・・・?キャシー・・・!」
泣き声が聞こえなくなったのは泣き止んだからではない。命が失われたのだと理解するまでに時間はかからなかった。
「そ、そうだ。 ジェイク」
最後の確認。
息子は生きているだろうか。
血で染まっている廊下を歩く。 バシャバシャとまるで水たまりを歩くかのように音が響く。
血の跡は倉庫まで続いていた。
倉庫には銃が隠してある。ハンドガンと、ショットガンが一丁ずつ。
ジェイクにはもしもの時の為にと、扱い方だけは教えてある。 引き金は引けずとも、扱い方を知っているとなればそれだけで抑止力にはなると。
「ジェイク・・・」
血をたどり、行き着いたのは銃が隠されてる棚に寄りかかるように死んでいる息子の姿だった。
「あぁ・・・嘘だと言ってくれ・・・」
首をナイフで斬られたのか?
首からの出血で絶命したのがわかる。
こうして俺の家庭は崩壊した。
警察を呼び調査を開始する。
だが、誰も化け物がいたなんて信じてはくれなかった。 薬物をしているんじゃないかと疑われる始末だ。
警察署で取り調べを受けたあと、解放されて外にでる。もう空は黒くなっていた。
色々あったが両親には説明しなくちゃならない。
ポケットからスマホを取り出し父親にかける。
「はい・・・」
低い声が電話の向こうから響く。
俺が何も言わないからか、向こうから声を発した。
「どうした、ヘンリック」
「親父・・・俺・・・」
俺の声の違いに気づいたのか、親父は少し慌てて話し出した。
「ヘンリック・・・?何かあったのか・・・?」
心配する親父の声を聞いたのはいつぶりだろう。
仲が悪いわけじゃないが、父親は警官という事もあり厳しい人だった。 もう警官としての任は終わっている。
「キャシーが・・・」
「キャシーがどうした?」
どう説明すればいい。 薬物なんてやっていないが、化け物がいたなんて信じるわけない。
「ヘンリー・・・何があった?」
ヘンリー・・・
これは俺が小さかった時に、親父が俺と遊んでくれてる時に使った愛称だった。
仕事で忙しかった親父は、家に帰ることがあまりなかった。
それでも、暇を見つけては疲れていても遊んでくれたのを今でも覚えている。
「ヘンリー?」
「キャシーが・・・死んだ」
親父は少し息を飲んだが、すぐに言葉を発した。
「すぐにいく」
それから数時間、親父。メルヴィンの車が家の前に停まった。
扉が開き、中年の男性が出てくる。親父だ。
「ヘンリー!」
もしかしたら酷い顔をしていたのかもしれない。
親父は車から降りてすぐに俺の元にきた。
「何があった?」
「化け物がいたんだ・・・」
親父は眉を歪める。
やっぱりわからない。通じない。イカれてると思って当然だ。
「そうか、ゆっくり話してくれ」
意外にもメルヴィンは話を聞くと、そう言ってくれた。
だから話した。 帰宅してきたらこの有様だったことを、化け物が家族を皆殺しにして逃げたこと。
「わかった、とりあえず俺の車に乗れ」
メルヴィンがそう言った。
指示に従い、親父の車に乗る。
そこでさらに話を続けた。
「何が手がかりは?」
親父の質問に答えられなかった。
姿は見たが、表現しづらく。 指紋などもあいつからは出ないだろう。
俺が黙っていると、親父が話し出す。
「そうか・・・ヘンリー・・・」
名前を呼ばれ、親父の方を向く。
「俺はお前が嘘をついているかわからない」
親父がそう言った。
「嘘なんてついてない!薬物もやってないって言ってるだろ!」
俺はつい、怒鳴ってしまった。
親父は怖い人だった。逆らったことなど一度もない。もしかしたらこれが初めてかもしれない。
「待てヘンリー、落ち着け」
親父は俺を落ち着かせると話し始めた。
「もし、もし本当にお前の言っていることが本当なら、一つだけ心当たりがある」
親父は意外にも真剣な顔で言った。
心当たり。あんな化け物がいる場所に心当たりか?
「俺が警官をしていた頃にな、不思議な話を聞いたことがある。街外れにはゴーストタウンがあると」
「そんな話聞いたことないぞ」
聞いたことがない。
産まれてから30年以上この街に住んでいるが、そんな話は聞いたことがない。
「曰くつきでな、俺も実際に見たことはないから信じていない」
「ならなんでそんな話するんだ」
俺の質問に対して親父は真剣な顔をした。
「そこはな、悲劇を経験し、何かを探し、目的が明確にある者しか入れないと言われているんだ。 いや、入れないじゃない、迷い込む・・・が正しいか」
俺の顔を見て少し笑う。
「まぁ、子供が言っていた事だ、親が子供の躾のために考えた注意文句かもしれないが・・・手がかりがないなら、行ってみるか? 行くなら地図をやる」
親父がそう言った。
行ってみる。
実際に行って、何もないならそれでいい。
警察は誰も信じてはくれない。
「わかった。行ってみる。 地図をくれ」
「よし、条件に合う者しか迷い込めない。その話が本当なら俺はいけない。 ヘンリー・・・1人で大丈夫か?」
親父が心配そうに言う。
「大丈夫だ。もう子供じゃない」
スマホで位置情報をもらう。
「気をつけろよ」
「ゴーストタウンがあるかもわからないのに心配しすぎだ」
俺がそう言うと、親父は少し笑っていた。
「すぐにでも行きたい。親父、家まで送ってくれないか?」
「任せろ」
親父はそう言って車のアクセルを踏んだ。
俺の家の前で降ろす。
「ヘンリー何かあったら連絡しろよ」
「あぁ、ありがとう」
扉を閉め、小さくなっていく車に手を振る。
家の中は血で染まっている。
キープアウトのテープを腕で乱暴に剥がし、倉庫に向かう。
武器を取る為だ。
棚に近づきハンドガンとショットガンを一丁、マガジンを数個、大きいカバンに詰め込む。
「警察に没収されてなくて助かったな」
もしかしたら、ジェイクが護ってくれたのかもしれない。
「ジェイク、ありがとう」
倉庫から出て玄関に向かう。
玄関から家を出る時に、振り返り一言だけ言った。
「行ってきます」
車庫に行き、トランクに武器が入ったカバンを置く。 トランクを閉め、車に乗り込み、スマホで地図を開く。
「やっぱり、遠いな」
目的地に着く頃には、夜が明けてそうだ。
車のライトをつけ、アクセルを踏む。
目的地は曰くつきのゴーストタウンだ。