表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

彼の身長

作者: 雉白書屋

 私の名前はタカコ。身長、177センチ。女です。

 小学生の時はその名前も相まって、男子たちから、からかわれ

両親を恨みもしたけど、成長するにつれカッコイイと言われるようになり

悪い気はしないのでした。でも、本当はカワイイと言われたかったのです。


「ははっ、タカコは可愛いなぁ」


 だからかもしれません。屈託のない笑顔で私にそう言ってくれた

彼の事を好きになり、付き合い始めたのは。

 ……でもその時は私は気づきもしなかったのです。

その彼の笑顔、その裏に秘めていた想いを……。


「身長っていうのはさぁ……戦闘力と同じだよなぁ」


「戦闘……? あ、格闘技の話?」


「いや、そういうわけじゃないんだけどさぁ……」

 

 付き合い始めてしばらく経ったある時、彼は私にそう言いました。

そして、彼はお酒に酔うとやたらと身長に関することを口に出すようになったのです。


「男の身長=女のおっぱいだよなぁ」

「やっぱ男は170無いと駄目かなぁ……」

「つれーわ俺……」

「昇りてぇなぁ……高みへ……」

「ふと気づくんだよ。あ、俺、今、低いって思われてるって……」

「知らないガキにもナメられてさぁ……」

「男扱いされないときがあるんだぁ……」

「スポーツだって不利じゃね……?」

「女の子もろくに相手してくれなくて……」

「土俵にも立ててない感じ……」

「ビッグな男になりてぇ……なりてぇよ……」

「かみさま……なんで……」


 彼の身長は163センチです。つまり、160センチという事です。

もしかしたら159センチかもしれません。

 どういうことかと言いますと、実は私は180センチ。

つまり、サバを読んでいるわけです。でも、普通の事ですよね。

身長に悩む人がサバを読むことも、身長差のあるカップルも。

 でも彼はやっぱりずっと抱え込んでいたようです。鬱屈とした思いを。


 ある時、彼は私にこう言いました。「俺は海外に行く」と。

 遠距離恋愛。覚悟はすぐに決まりました。ずっと待っていると。

何ならついて行ったっていい。そう、私は自分が考えていた以上に

彼の事が大好きなんだ。そう気づいたのです。

 

 でも違いました。


「骨延長手術を受けに行くんだ」


 彼の真剣な眼差しに私はただ頷くことしかできませんでした。

 でも、それで良かったのです。身長なんて……と、そんなことを言えば

彼はきっと烈火のごとく、目を血走らせ、反論したことでしょう。

 すでに彼の顔は紅潮し、手はプルプル震えていました。

それは恥の告白。身長が低いことを気にする自分という恥ずかしさからか

それとも持たざる者の心火。高身長の私に対するやり切れない

嫉妬混じりの怒りなのか、この話を深く追及することはできなかったので私にはわかりませんでした。

 

 空港の外。手で太陽の光を遮り、彼の乗った飛行機を見送る私。

今のように彼を見上げることはあるのでしょうか。ないだろうな。

 私の本当の身長は183センチ。

骨延長手術といっても限度は10から15センチといったところでしょう。

 それでも私は手術を終え、ヨチヨチ歩きで私のほうへ歩いて来る彼を

思いっ切り抱き上げ、大好きだよと言おうと思いました。



「……ただいま」


「お、おかえり」


 私は驚きました。なんなら失敗して車椅子で帰って来た彼を

見下ろすことも考えていたのですが、まさか、見上げることになるなんて。


「俺の身長力は……220だっ!」


 身長と戦闘力が混ぜこぜになっているあたり

相当浮かれているのだと私は思いました。

 しかし、彼の身長は確かに高く、その笑みからはサバを読まない余裕すら覗えたのです。


 そして、私と彼の新たな楽しい日々がスタートしました。

 高身長カップル。町を歩けば誰からも必ず一度は視線を向けられ

ファッション雑誌か何かの取材もしばしば。

 ……でも、残念なことにそう長くは続かなかったのです。


 ある日、彼がまた海外に行くと言い出したのです。

私は今度こそ遠距離恋愛? と身構えたのですが違いました。


「見下ろされるのがぁ……嫌なんだぁ……」


 彼はそう言いました。一体、誰に? そう訊こうとした私は口を噤みました。

 私は気づいてしまったのです。そして躊躇ったのです。

部屋の窓の外を見つめる彼。その彼が昔、私に向けてきた羨望と嫉妬が

入り乱れたあの眼差し、それを電柱か木か、どちらに対して向けているのか訊くことを……。


 そして、再び海外に行き、戻って来た彼の身長は……。


「333センチ。ゾロ目が好きなんだよ俺は」


 彼はそう言い、笑いました。その気の触れたようなケタケタという

笑い方も相まって私は彼のことを足長ピエロとしか思えませんでした。

 自分が道化だと気づかない道化はただただ滑稽で哀れなだけです。

周囲の人間から向けられる嘲笑めいた視線も

彼は全て自分への羨望と嫉妬に変換し大笑いしました。

 はっきり言って彼の隣を歩くのはすごく嫌でした。

それでも私はまだ身長も物腰も低かった彼の事を思い返し、付き合い続けました。


 しかし、彼はまた海外に行くとそう言い残し、旅立って行ったのです。

 そして帰って来た彼の身長は


「400センチ……超越したぞ俺はよぉ」


 ……何を? そう思ったのですが

やはり私は彼に何も聞くことができませんでした。

 彼の態度は身長が増すにつれて肥大化し、町を歩けば「この、下等種族が!」

と唾を吐くようになりました。

 私が「やめて! そんなことしちゃ駄目よ!」と彼を止めようとしても

「低身長が俺に意見するな!」と彼は聞く耳を持ってくれませんでした。

辛い日々、でも、それも長くは続きませんでした。


「見下してんなぁ……。許せねぇ、許せねぇよ俺はよぉ……」


 彼はそう言うとまた海外に行きました。そして……。


「550センチ。ふふふ、はははははははははっ!」


 竹か杉かで悩み、杉にしたそうです。

 何が? とはやはり訊けませんでした。

彼がポンポンと自分の足を叩くその音。まるで丸太のようでした。


「太陽があちぃぜ。イカロスは馬鹿だよなぁ。あれに近づこうなんてよぉ」


 あなたも馬鹿では? 当然、言えませんでした。

それどころか会話も少なくなりました。

なぜなら、彼は私が言うことに対し「えぇ?」といちいち聞き返すからです。

 耳が遠くてなぁ、距離的に。それが最近の彼の口癖でした。


 でも、その生活も長くは続かなかったのです。


 ある時、彼は書置きを残し、姿を消しました。

また海外に……かと思いきや、その内容は


【俺はこの町のてっぺんを取る】


 彼は身長の高さを強さや偉さと勘違いしたのでしょうか。

 もういい加減別れようかな……。私はベランダに出て、溜息をつきました。

 その時でした。

 私は気づいてしまったのです。


 この町の山。そこに太陽が沈みかけ、黒く塗られたような

一本の大木があったのです。

 あんなの、今までなかったはず。だってあれば何かしら思ったはずです。

それは他の木よりも頭抜けていたのですから。

 共感。昔の私ならしたでしょう。身長の高さ。

いつからかコンプレックスは優越感に。

 

 あの木は、いや彼は木々を、町を、カラスを沈みゆく夕日を

そして、私を見下し悦に浸っているようでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ