第2話 相反の片割れ
店の入口を覗き込んだドレイクは、限界まで目を見開いた。
さきほどルーシの名を叫んで現れた来訪者は――そのルーシとまるで同じ容貌だったからである。
(ルーシの片翼……!?)
今しがた、そのことを考えていた折も折であった。
似ている、などという次元ではない。その一分の隙も無く整った造形は、ルーシと不自然なほどの一致を見せる。両翼は神が創造する一対、と言われる所以だ。
しかし基本が不愛想で、時折浮かべる表情と言えば皮肉混じりの微笑かしかめ面という、一貫して厭世的な雰囲気のルーシに対し、その瞳は同じ色でありながら爛々と苛烈に燃えていた。
怒りも露わに傲然と顎を上げ、辺りを睥睨するその若者は、姿かたちと純白の神官服というところまでは共通していても、ルーシとは根本的に何かが違う。
ルーシが『餌』狩りということは、彼は『餌』撰りの神官か。
一方、ルーシは本のページに目を落としたまま、入口から差し込む陽光に顔を顰める。
「不作法だな、リブ。いきなり開け放つな。眩しいだろうが」
ルーシの声は固く、片翼に対する親しみや気安さといった情は欠片も感じられなかった。
神から享けた血を濃く引く、限られた一族にしか生まれない、両翼と呼ばれる対の存在。
双生児とは異なり兄弟間では発生せず、片方が生まれて数年のうちに、家系のどこかにもう一方が生まれ落ちるという。
餌狩りは唯一、片翼である餌撰りの呪力に感応し、餌撰りの意志を遂行できる。そのような彼らはどうしたことか、決まって同じ容姿を持つことになるのだった。
餌撰りが見出す獲物を、餌狩りが狩る。それが、飢える神にその糧を捧げる唯一の方法。ゆえに彼ら両翼は、彼らを輩出する血筋と共に、帝国では何を置いても尊重された。
そのような大切な役目の、唯一無二の相棒という存在に対して、しかしルーシの態度はあまりにも冷淡――というより疎ましげだ。
ただ、それはリブと呼ばれたもう一方の若者にも通ずることだった。
「ふん、何が不作法だ生意気な。いったいここは何だ? こんなところに引き籠って何をやっている」
ずかずかと、ともすれば通路にはみ出て置かれた本など蹴散らしかねない勢いで、彼はルーシの許までやってくる。威丈高な態度は相手を対等とは見做していないことを克明に表していた。
乱暴にルーシから本を取り上げ、そのページに目を遣ると、たちまちその秀麗な顔が険しさを増す。
「餌撰りのくせに餌狩りよりよほど粗暴だな」
「黙れ!! この出来損ないめ。神聖文字を用いぬ書を読み耽るとは何事だ!」
喚くリブに取り合わず、ルーシは辟易した顔をドレイクに向けた。
「ドレイク、悪いな。ちょっと騒がしくなる」
「すでに騒がしいんだが。……って、おい、ひとの店の中で何をする気だ……!?」
落ち着き払っていながらも明らかに不穏なルーシの言葉に、ドレイクは腰を浮かしかけて問う。
しかしルーシが答えるより早く、眦の吊り上がったリブの相貌が勢いよくこちらを向いた。
「ドレイク……? まさかマンドレイク・ヴィテックスか! 両翼の血統でありながら神への義務を放棄した、裏切り者の一族」
「よくご存じで……」
リブに見据えられたドレイクは、頭を掻きながら間延びした声で応じる。そのまるで緊迫感の無い態度はリブの神経を逆撫でした。
リブはおもむろにルーシから取り上げた本に手をかざす。
「おい……っ」
ルーシが声をあげたが、リブは意に介さない。
その掌に光を放つ神聖文字が生じるや否や、宙に浮かび意志を持つように本を取り巻いた。