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「君とは契約結婚だ。君を愛するつもりはない」「左様ですか。でも私はあなたを契約相手として大切にします」「えっ」  作者: ミント


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続けてもらうぞ

「ガーベラ王女との繋がりに、シン王子周りの情報を少し……待たせたわりに、大した成果はなかったな。デイジー、これで我が国の王家の影に戻れると本気で考えているのか?」


 隣国からようやく戻ってくることができたかと思えば、また目隠しをされ奇妙な道を進み――久しぶりに姿を現した、王弟殿下に伯爵とダリアは固まってしまう。そんな二人を意に介さず、不遜な態度を続ける王弟殿下にデイジーは深々と頭を下げる。


「ガーベラ王女の元で剣術をご教示いただけたことと、シン王子による芸術分野の情報もいくつか……もちろん、それだけでは足りないとは心得ております。ですが……サラとモンターニャ伯爵、ダリア様の尽力によって恥ずかしながら私は、この国に舞い戻ってくることができました」


「それだけ、自分が価値ある人間だと言いたいのか? 社交界一の色男であるモンターニャ伯爵が動き、変わり者のガーベラ王女を説得させるほどだと……あぁ、サラの言葉を借りるならダリア嬢ともども『ファン』も多いらしいな。いずれも、はっきり言って私には理解しかねることばかりだが……」


 そこで、王弟殿下がくすりと小さく笑いながら伯爵の方を見る。

 絶対的王者、決して揺るがない権力を持つ強者の顔を続けている王弟殿下だったが伯爵に向けるその眼差しは純粋に彼を気に入っているようだった。ちょうど、怪談話をする時のデイジーのような嬉々とした表情で王弟殿下は続ける。


「女好きでとにかく異性のことしか考えていない、無知で愚かな伯爵が勇気を振り絞ってガーベラ王女から取り戻した『妻』だ。契約結婚で結ばれた夫婦が、どうなるか……王家の影で働きながらその様子を見せてもらおうじゃないか」




 続けてもらうぞ、契約結婚。




 その一言に、デイジーはただただ深く頭を下げるのだった。




 ◇




「押忍! サラ姐さん、使用人一同お待ちしておりました!」


 伯爵家に仕える男性の使用人たちが一斉に、膝を曲げた立礼で伯爵たちを迎える。


 やたら凄みのきいたその声に伯爵が怯んでいれば、侍女たちがぞろぞろと集まってきて何か細長い布を広げる。そこに大勢で手分けして、書いただろうメッセージを使用人たちが「せーの」で読み上げた。


「『モンターニャ伯爵夫人・デイジー様おかえりなさい』」


 口々に労いや心配、賞賛の言葉を投げかける使用人たちはデイジーとサラ、ダリアの周りに集まりその途中で伯爵がどんっ、と押しのけられた。




 ちょっと待て、この屋敷の主人は僕だぞ? 僕は無視なのか? スルーなのか?




 ぽつんと一人、取り残された伯爵が苛立ちとほんの少しの寂しさを滲ませながらデイジーを見つめる。恨めし気なその視線に気がついたのか、デイジーがそこでふと振り返り伯爵とデイジーの目線がぶつかった。


「……お帰りなさいませ、旦那様」


 地味な容姿に、何を考えているのかわからない顔つき。ダリアのような目を惹く美貌も、プレイボーイである自分が目を見張るほどの特技などがあるわけでもない。だが――そこにいるデイジーは確かに、伯爵を人生のパートナーである「夫」として信頼する素振りを見せていた。その穏やかで、温かい所作を確認した伯爵はふんと鼻を鳴らしデイジーに歩み寄る。


「ここは僕の、モンターニャ伯爵の屋敷だぞ。それを言うのは僕の方だ。だいたい……契約結婚とはいえ、君は僕の『妻』だぞ。だから僕のことは名前で呼ぶんだ、そうでないと世間体のために契約結婚した意味がないからな……契約結婚はこれからも続くんだ、しっかりやってもらうぞ。デイジー」


 エスコートするように手を差し伸べ、そう口にする伯爵にデイジーは目を丸くする。




 やたら「契約結婚」を連呼する伯爵は女好きの馬鹿だ。美人を見ればデレデレしてその尻を追いかけ回してばかりいるし、女のこと以外はほぼ何も考えていない。そんな伯爵バカだから、デイジーを取り戻したのは本気で「契約結婚を続けるため」だと信じ切っているしデイジーを女性として愛することもないと信じ切っている……だが、「愛などいらぬ!」なんて極端な考えを持つほど冷酷な人間でもないのだ。ビビりでチキン、怖がりの臆病者。だが、そのクズ伯爵の中にも譲れないものがあるということが今回の件で証明された。それが褒められたものであるかどうかは定かでないが……デイジーはその事実を受け止め、ゆっくり笑うと伯爵の手を取った。


「了解しました、ブルーノ様」


 その光景を見た使用人たちが、それぞれ「ヒューヒュー!」「いいぞ、もっとやれ!」などと勝手に囃し立てる。悪ノリした小学生のようにぎゃあぎゃあと騒ぐ彼らを制し、ダリアが声を張り上げた。


「ちょっと待ちなさいよ! 確かに『伯爵夫人』の座はデイジー様のものだけど、ブルーノ様の愛は私のものなんだからね!? 絶対にそれだけは、譲れないから……! そうだ、デイジー様! 私と勝負よ! 今日こそ絶対、決着をつけてやるんだから!」


「あら、それは良いですね。もう帰れないと思っていたこの国に、戻って来ることができたことですし……せっかくなので、怪談対決でもしませんか?」


 デイジーの提案に、伯爵がぎょっとする。


「私、どきどき怪談トゥナイトでは話し足りなかったので……こうやって歓迎してくれた使用人の皆様にも参加してもらって、自分の知る怖い話をたくさんしましょう。そうやってより多くの怖い話ができた方が勝ちということで……」


「望むところよ! 震え上がって夜も眠れなくなるほど、怖い話をしてやるんだから!」


「それならデイジー様の専属侍女として共に怖い話収集をしてきた私、サラも負けませんよ。井戸だけではありません、恨みつらみの果てに降り注ぐ恐ろしい出来事の数々をここで語ってみせましょう……」


 胸を張るサラに続き、「それなら俺も」「私も」と使用人たちも手を挙げ始める。青ざめていく伯爵をよそに、デイジー歓迎会はあっという間に怖い話大会の準備へと動き出していた。その中で、デイジーは楽しそうに微笑んでいる。




『人間、自分で選んだつもりでも実は第三者によって「選ばされていた」ということもよくあるものだ』




 王弟殿下がそう話していたことを、伯爵は思い出す。


 伯爵は口煩い周囲を黙らせるために、契約結婚をした。だから彼女を愛するつもりもないし、伯爵夫人としての務めを果たしてくれれば後はどうでもいいとさえ思っていた。だが、いざデイジーとの結婚生活が始まると専属侍女のサラは凶器を振り回し、『あなたも私も井戸へGO!』という恐ろしい本を勧められ、愛人であるダリアと決闘を繰り返しその果てに王弟殿下やらガーベラ王女まで関わることとなってしまった。その上、成り行きでとはいえ王家の影に協力する羽目にもなってしまい、伯爵としては踏んだり蹴ったりのはずなのだが……それでも、悪い気はしなかった。その事実に自分自身が一番驚きながら、伯爵はそれでもデイジーの手を取る。


「……ほどほどにしてくれよ、君には『契約妻』を続けてもらうんだから」


 力なく呟く伯爵は、それでも自分が選んだ契約妻――デイジーに、そっと寄り添うのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] とっても面白かったです。デイジーとダリアのやりとりが、特にお気に入りです!楽しいお話をありがとうございました!
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