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戦慄・恐怖の体験談! あなたも私も井戸へGO!

「――って、違あああああうっ!!!」


 執務室で一人、頭を抱えるブルーノ伯爵はそう叫ぶ。


「いや、こういう話ってだいたい最初はツンケンしていてもなんだかんだお互いの良いところを知っていって最終的に『二人は本当の愛で結ばれた夫婦になりました。めでたし、めでたし』ってなるものだろう? なのになんで僕の妻は、あんなに淡々としているんだ? ツンデレ・クーデレの類だと思って甘く見ていたら本当に、何もしてこないじゃないかあああああっ!」


「何もしてこないってアンタ、じゃあ何をされたかったんですか?」


 仕掛け絵本のように、扉の隙間からにゅっと顔を出してきたサラにブルーノ伯爵は「うぎゃっ!?」と悲鳴を上げる。


 妻の専属侍女がなんで執務室にいるんだ、というかこの家の主であり伯爵である僕を「アンタ」呼ばわりだなんて失礼にもほどがあるぞ。今すぐクビにしてやる――そう言いたかったブルーノ伯爵の唇は、しかしサラの持っているやたら巨大なノコギリを前にして引っ込んでしまう。


「お嬢様は、あなたがおっしゃる通りにしているだけでしょう。お飾り妻、契約妻として必要以上のことはせずさりげない気配りまで完璧にしてみせる。旦那様の女遊びも無関心で、いつも一歩引いた距離を保っているじゃないですか。旦那様は、とても『大切』にされているでしょう。それがなぜわからないのです」


 ノコギリをくねらせながら、なぜだか音楽を奏でてみせるサラに伯爵は言葉に詰まる。無駄に上手いその音色にイライラするやら感心するやら、もうなんかメチャクチャになった自分の気持ちを懸命に整理しながら伯爵は懸命に言葉を紡ぐ。


「その、だな。契約とはいえ僕とデイジーは夫婦なんだ。なのにあんな無関心だと……あれだ、浮気とかしてるんじゃないかと疑わしいのだ。伯爵家の血筋に他家の血が混ざり、それで爵位を奪われたら僕の立場がないだろう? そうだ、それで僕は妻にイラついているんだ、うん」


「そんなの、よそで女作りまくってる旦那様が言えたことではないでしょう」


 自分自身に言い聞かせるように、説明してみせた伯爵の心情を一言で論破するサラ。

 ですよねー、と言いたげにノコギリを一度高鳴らせると今度は別の曲を演奏してみせる。完全にノコギリ奏者となりつつあるサラの前で、それでも伯爵は何か言いたげだ。そんな彼を前にサラはノコギリの音色を止めることなく、どこか呆れたような顔で口を開く。


「デイジー様のことが気になるのでしたら、とりあえず共通の話題でも持ってみてはいかがですか? 例えば、デイジー様は怪奇文学がお好きなのですよ。昔は寝る前によくせがまれて、色々お話ししたものです。いやぁ、懐かしいですねぇ」


 完全に楽器としてノコギリを使いこなすサラは、どこかノスタルジックなメロディーを奏でながらそう話す。そんなノコギリ奏者……ではなく、侍女のサラにブルーノ伯爵は怪訝な目を向けた。


「いや、ちょっと待て。怪奇文学が好きなのは別にいいが、普通は寝る前に怖い話なんて聞かないだろう? 怖くて眠れなくなるとか、一人でトイレに行けなくなるとか、そういう不都合が生じたりしないのか?」


「デイジー様によると『むしろ寝る前だから余計なことを考えず話に没頭できるし、話を聞き終えた後もあれこれ考えこまず怪奇文学の余韻に浸りながらゆっくり睡眠に移行することができて良い』とのことですよ。こればっかりはデイジー様のご趣味なので、一介の侍女である私や夫である旦那様にも口出しのしようがないでしょう」


 そんなものなのか?


 特に心霊現象やオカルトといった類に興味のない伯爵は一応、サラのその説明で納得してみせることしかできない。それでも、「だからどうしろと言うのだ」という疑問が顔に出たのかサラはノコギリの素晴らしい調べとともに伯爵に向かって提言してみせる。


「まずは、デイジー様が好きな本を購読してみたらいかがですか? 私のオススメで、デイジー様のお気に入りは『戦慄・恐怖の体験談! あなたも私も井戸へGO!』という本ですよ」


「……本当に、そんなふざけたタイトルの本があるのか?」


 怪奇文学の題名にしてはやけにテンションが高く、意味不明なそれに伯爵は疑わし気な目をサラに向ける。だが、それを見返すサラは至って真剣な表情だ。いつの間にかノコギリのBGMも止め、真摯に伯爵を見据えるサラはその本の内容について解説してみせる。


「この本は井戸で起こる様々な怪奇現象を集めた、ドキュメンタリー風ホラーエンタメ小説です。加えて異国の文化について言及した教養小説としての一面も持っており、これを読めば異国において『井戸と言えば幽霊、幽霊と言えば井戸』であると考えられていることがよくわかります。私個人としてもとても面白い本だと思いますので、旦那様も一度目を通してみてはいかがでしょう?」


 サラは異国に関してとんでもない偏見を持っているようだが、怪奇文学のことを知らない伯爵は素直にそれを信じるしかない。


 果たして幽霊が井戸とそんなに仲良しなのか、というか井戸を使う一般人たちはどうやって暮らしているのか、色々と疑問を抱きつつも――馬鹿げたタイトルをしっかりと頭の片隅にとどめ、本屋に行く時間ができたら少し読んでみるかという気持ちになっているのだった。


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