あの子が尊い!
「大丈夫ですか?」
高校受験という、それも特待生になれるかという大事な試験の日緊張のあまり血の気が引き吐き気すら覚えて試験会場である教室に向かっていた私にそう声をかけてくれたのは、とてもかわいらしい人だった。
「あ、はい」
そう言ったものの、具合が悪そうなのは一目見ればわかるのだろう。けれども今この場にいるということは特待生の試験を受けに来ている者かすでにこの学園に在籍している者か教師ぐらい。見慣れない中学の制服を着ているのなら間違いなく試験を受けに来たものであるのは見て取れるためか、かわいい子は安易に保健室に連れていくこともできずに困ったように顔をしかめた。
「受験生の方ですよね?」
「はい」
「その、試験は受けるおつもりなのですよね」
「はい」
この場にいるのだから何を当たり前なことをっ!と思わず睨みそうになった私の前にかわいい子がきれいな透明なビニールに入った飴をいくつか差し出してきた。
「中身の見えない物は禁止されてますが、透明な物なら試験中でも大丈夫ですよ」
「ありがとう…ございます」
私が飴を受け取ったのを確認すると今度はいつの間にか現れたお友達っぽい人から何かを受け取ってなにかごそごそといじってから手の上にのせて私の前に差し出してくる。
そこにはやはり透明なビニールに入った未開封のホッカイロと、何かの錠剤。
「痛み止めのお薬です。緊張のあまりお腹を痛くなさる方もいますし、頭痛を感じる方もいますので念のためどうぞ。ホッカイロはおまけです」
「…どうも」
「あっ!でもお薬は強いものなのですぐ効くのですが、眠気が出てしまうときもあるので気を付けてくださいね。それと、どうしても体がつらいようなら保健室受験を申請してください」
「はあ…」
随分とおせっかいな人だと思ってよくよく見れば、左腕に【案内】と書かれた腕章をつけている。おそらく今回の試験の案内係になった子なのだろうとあたりをつけ、だからこんなにも親切なのかと納得する。
「大丈夫などと無責任なことは申しません。努力が必ず報われるとも申しません。けれども、培ったものは必ずあなたの力になります。どうぞ自信を持って試験に臨まれてください」
そう言って頭を下げてまた周辺の巡回に行ってしまったかわいいこの背中を見ながら、手に残った飴とホッカイロと痛み止めを持ちながら、受かったらあの子と同じ学校か…なんて考えているうちに、緊張は随分とほぐれ、試験は自分でも大分うまくいったとその日の夜、お父さんとお母さんに笑顔を向けることが出来た。
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あれ、あの子ライバルじゃん!そして私ってばヒロインじゃん!?
唐突にそう思いだしたのは無事に試験が終わっていよいよ明日は入学という夜。なんとなく真新しい制服のジャケットを羽織って鏡を見て唐突に思い出した。
自分が【恋こいアニマル系男子】とかいうふざけた名前の乙女ゲームのヒロインであると。そして受験して受かった学校こそが乙女ゲームの舞台だった。
ヒロインである私は特待生として生徒会に特別勧誘され、そこの役員と親睦を深めゆくゆくはお付き合いをしていくというベッタベタな設定のゲームだ。それでもそこそこ売れたのは攻略対象がアニマル系男子であり、いわゆる萌えのツボを刺激したからだ。
ライオン系男子:生徒会長
豹系男子:副生徒会長
熊系男子:生徒会長補佐
猫系男子:会計
犬系男子:書記
ウサギ系男子:風紀委員長
名前は忘れた。そこまでやりこんでたゲームじゃないし…。顔と性格はなんとなく覚えてるけど重要なのはそこじゃない!
受験の時にお世話になったかわいいこがライバルキャラだってところだ!別に誰の婚約者というわけではないけど、女子生徒では一番人気があり身分が高いこともあり生徒会に関わるヒロインになにかとちょっかいをかけてくる役。
ライバルという通り成績やそのほかのことで競い合う子で、時にヒロインを鼓舞して助言もくれるキャラなのに後半になるとなぜかヒロインとくっついたキャラに好意を持っていたという設定が生えて仲を引き裂くための嫌がらせなどをしてくるようになる。
そして別に大したことをしてないのに最後には生徒会員にヒロインをいじめたことを責められて転校していく。
「なんでじゃい!」
理不尽だ。あまりにも理不尽だ!
あんなかわいい子がそんな目に遭うのを黙ってみてるなんて女が廃る!
そもそもあんなにかわいい子は保護すべき対象であり敵対するなんてそんなオイシイ……じゃなかった、もったいないことなんかできない!
「決めた!私はあの子とお友達になる!」
恋愛ゲームなんてくそくらえ!なにが攻略対象だ!何が恋愛だ!勉強と友情でこちとら手一杯だだれかヒロインなんか勝手にやってくれ!
そうして、明日からの学園生活に夢をはせて、私はいそいそとパジャマに着替えてベッドに入った。