婚約者の友好関係に口を出して何が問題でもありますか?
「モルティ様を解放してあげてください! 家の決めた婚約なんて、モルティ様が気の毒です!」
放課後、いくつかの集団に別れてそれぞれふさわしい場所で優雅にティータイムをしている所に響いた声に、誰もがその発生源を見た。
叫んでいるのは最近男爵家の庶子として迎え入れられ、この学園に通う事になった生徒で、教師からも平民であった時の癖が抜けずに教育に苦労していると評判の生徒だ。
やる気はあるのだ、ただしそのやる気は全て空回りしていると言うか、余計な仕事を増やすだけと言うか、とにかく厄介ごとしか持ち込まない為、何もしてくれるなというのが教師陣の本音だという事を彼女は知らない。
とりあえず、モルティ様を解放と言う単語から、わたくし相手に話しかけているのだと判断して、持っていたティーカップをテーブルの上に戻して膝の上に置いていた扇子を手に取り広げて口元を隠すと、しげしげと女生徒、リンダ=シルフィエイを見る。
大きな声というのは観劇の際などでしか体験したことがないため、正直耳が痛いが、今はその事について言及すべきではないだろう。
「解放、といいますと、まるでわたくしがモルティ様の動きを制限しているようですわね」
「実際にそうじゃないですか。婚約者だか何だか知らないですけど、友人関係についてまで口を出したり、あれをするな、これをするなとか、文句を言ってばっかりだそうですね」
その言葉に、そういえばこの娘はつい最近学園にやって来たばかりだったかと改めて思い、アーシャは深くため息を吐き出した。
アーシャとて文句を言わずに済むのであればそれに越した事は無い。
ただ、自分の婚約者としてあまりにも目に余る行動が多いため忠告と言う名の行動制限をかけているだけだ。
もっとも、それも口頭注意なだけなのでほとんど意味を成してはいないが。
「婚約者が、相手の女性関係に口を出して何がいけないのでしょうか?」
「え」
「わたくしだって、愛人や妾を認めないほど狭量ではございませんけれども、流石に学園のあちらこちらで破廉恥な行いをしていると報告が上がっている以上、婚約者としてその行動を諫めることが何か間違っていますか?」
「そ、それは。で、でも友好関係に口を出すのはおかしいです!」
「では貴女は、モルティ様に怪しげな友人が出来てもいいとおっしゃるのかしら?」
「え?」
「わたくしが口を出しているのは、ご実家が怪しげな事業に手を出している家の子女とお付き合いをなさらないように、と言うぐらいですわ」
「そ、そんなの親がそうだからって子供がそうだとは限らないじゃないですか!」
「そうですわね。でも、親の指示でモルティ様に取り入ろうとしている子女は多く居りますので、婚約者としてあくまでも忠告させていただいているまでですわ」
そこまで話すとリンダさんの顔色が悪くなる。
「そうそう、リンダさんも確か庶子として男爵家に引き取られましたけれども、貴族になる為の準備が随分スムーズに行われたと聞きますわ。まるで最初から貴族にするために見繕われていたような、ね」
「そんなことありません」
「そうですわよねえ。それで、まだわたくしに何か御用でしょうか?」
「もういいです!」
そう言って足音を立てて立ち去って行くリンダに、サロンにいた全員が呆れた視線を向ける。
「仮にも貴族になった者が、王位継承権第六位であるアーシャ様にあんな風に声をかけた時点で打ち首になってもおかしくないって、誰も教えてあげないのかしら?」
「教えてくれる友達がいたら、そもそもこの学園にいないのではないかしら?」
「それもそうね」
アーシャ=ディディル=グリームア、わたくしは王姪にしてこの国の王位継承権第六位を持ち、莫大な魔力でこの王都の結界を支える聖女でもあるのです。