花籠
(あたしの不安……全部、アロクロに言ってもいい、のかな……?)
ミーシャは、考え事に耽りながら自分が借りている部屋までたどり着いた。
「アロクロー?……いないのかな?」
ノックしてみたが中からは返事がなく、部屋には誰もいなかった。
「もしかして、迷ってる? ううん、一度一緒に来たし、アロクロが迷うとは思えない。どこかに行ったのかな……?」
とりあえず、クマのぬいぐるみを飾り、頬杖をついて思案する。
「……くまたろう、くまのすけ、くま……くまくろ。うん、クマクロにしよう!」
クマのぬいぐるみにいい名前がついた、と満足する。
少し休もうと椅子に腰を沈めた。
ぼーっとしていると悩みで再び頭がいっぱいになってくる。
「リズ、自分も悩んでいるみたいだったのに……心配かけちゃった」
「……リズの言った通り、焦っている、のかな」
「はぁ、考えがうじうじしちゃうや……」
ふと、窓を見ると夜に片足をかけた空の色だった。
「そういえば今日は花火が上がるんだっけ……アロクロと、一緒にみれたら……いいな」
そんなことを考えながら背もたれに身体を預けていると、視界の端で何かが動いた。
何かが見えた方を素早く振り返ったが、そこにはクマのぬいぐるみこと、クマクロがいるだけだ。
眉をひそめてじっとクマクロを見つめていると、クマクロが突然ひとりでに立ち上がった。
「うわぁ!? 動いた!? って、どこ行くの!?」
クマクロは立ち上がったかと思うと、てくてくと歩いて扉のノブに飛びついて器用に開けて出て行ってしまった。
あまりにも不思議な光景に固まっていたが、はっと気づいてクマクロを追いかけた。
「ちょっと待って! ねぇ!」
ミーシャが部屋を飛び出して辺りを見渡すと、クマクロは廊下の突き当りでこちらを見て待っていた。
そして、ミーシャの姿を確認すると再びてくてくと歩いて行った。
「どこに行くつもりなんだろう? あたしをどこかに連れていきたい……とか?」
本気で走って追いかければ当然追い付くのだが、なんだか不思議に思えて、ミーシャはクマクロについて行くことにした。
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クマクロはもの言わずにミーシャをどこかに導いていく。
(うーん、お城の知らないところまで来たけど、どこまで行くんだろう?)
「……? あれは、ルクスさ……っ!?」
前方から尋常な様子ではないルクスが風を切るように四つ足で駆けて、ミーシャは見えていないかのように通り過ぎ、ルクスの姿はあっという間に小さくなってしまった。
「ど、どうしたんだろう? 様子がおかしかったけど……」
ふと、ルクスが通った後に、ほんの一瞬何か違和感を感じた。
(なんだろう……? 今、誰か……)
棒立ちしていると、クマクロがミーシャの服の袖を引っ張って、違和感の正体を考えていたのが頭から消えてしまった。
「ごめん、ごめん……ルクスさん大丈夫かな……」
「ルクスさんにはリズがついてるから、大丈夫……だよね?」
ルクスの強さは知っているし、何よりエリザベスがいると考えると大丈夫だと思いたい。
ミーシャはクマクロに袖を引っ張られて、少し気になりつつもクマクロの先導について行った。
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「ちょっと、本当にどこに向かってるの?」
ミーシャは、クマクロに連れられ、城の人気がない棟にまで来た。
螺旋階段を上り、上りきると部屋にでた。
部屋は布がかかった荷物がたくさんあるが、手入れはされているのか埃っぽくなく、空気がひんやりとしてた。
窓はステンドグラスでできていて、月明りが通ると輝いてさらに魅力が増している。
「きれい……クマクロは、あたしをここに連れて来たかったの?」
話しかけたのだがクマクロはてくてくと部屋の奥へと行ってしまった。
追いかけると、部屋の奥には大きなステンドグラスの窓と、その窓からの月明りに照らされたアロクロの姿が見えた。
アロクロの傍にはスタンドが立てられていて、それにはヴェールやアームレット、他にもたくさんの綺麗なアクセサリーが飾られていた。
クマクロは、アロクロが見えるところに来るとぱたりと倒れてしまい、ミーシャが抱きかかえた。
「アロクロがクマクロを動かしてたの?」
「そうだが……クマクロ? そのぬいぐるみの名前をオレに似せたな?」
「うん、別の名前にしようかとも思ったけど、せっかくアロクロにもらった子だもの。記念にいいかなって」
ミーシャはアロクロの傍に来て、飾られているヴェールやアクセサリーたちを見つめる。
ヴェールには花の刺繍が入っていて、アクセサリーはどれも花をモチーフにした宝石がついていて、アロクロの瞳の色のような紫色をしていた。
「綺麗だね……もしかして、これがタクトさんのたちから受け取った荷物?」
「あぁ、もう少しオレの魔力を込めて……これでよし」
アロクロがヴェールに触れると、ヴェールの花の刺繍が仄かに輝きだした。
次にアクセサリーにも触れると、優しく輝きを放ち始めた。
その不思議で美しい光景に、ミーシャは惚けてしまった。
「ん、完成だ」
「すごいね。とても不思議……それに、綺麗」
ミーシャは、このままつい見とれてしまいそうになったが、エリザベスの「不安なことはアロクロ様に相談してみてはどう? きっと一緒に考えてくれるわよ」という言葉を思い出した。
横をちらりと向くと穏やかな顔のアロクロが見える。
(言って、いいのかな? あたしの不安……)
不安が心によぎるが、視線を伏せつつ、アロクロに向き直る。
「あのさ、アロクロ……話があるんだけど」
「なんだ?」
深刻そうなミーシャの様子を察して、アロクロは床に座るように促した。
向かい合わせで座り、ミーシャは言いにくそうにもじもじとしている。
「あのね、あたしずっと……このままアロクロの傍にいていいのかなって、考えちゃって……」
ミーシャの言葉を聞いた途端、アロクロのきれいな顔の眉間に深く皺が刻まれ、明らかに不満だというのが表れていた。
しかし、話を最後まで聞くつもりなのか、不満をあらわにしつつも「なんでそう思ったんだ」と話を促す。
「あたし、アロクロのためにできることが全然ないって気づいて……今まで傭兵団で鍛えることばかりで、勉強とかしてきたわけじゃない。これから、アロクロの役に立てる自信が……なくて」
「あたし、全然アロクロの記憶を取り戻すこともできてないし、アロクロの恋人だって言ったけど、でもそのせいでアロクロに気を遣わせていたし……本当にダメダメで……」
自分の不甲斐なさに泣きたくなってくる。
だが、ここで泣けば今までと変わらないどころか、子供っぽくて呆れられそうな気がした。
「それで……自信がないから、どうしたいんだ?」
アロクロはミーシャをじっと見つめる。
不愛想な顔をするが、答えをじっと辛抱強く待ってくれているのがよくわかる。
「自信もないし、役に立たないけど、でも……頑張るから、こんなのあたしの我が儘だけど……一緒にいたい」
「あたし、アロクロと……ずっと一緒にいたい」
「ごめん、話っていうより、決意表明になっちゃうね……」
不安が拭えないなりにもまっすぐアロクロの瞳を見つめて伝えた。
すると、皺が刻まれていたアロクロの表情が柔らかくなっていった。
「……でも、これはあたしの勝手な気持ちだから、その、もし、アロクロが嫌……だったら……」
言葉を続けようとしたが、アロクロが優しくミーシャの顔の輪郭を指でなぞるので中断してしまった。
甘い指先の動きに、ついどぎまぎしてしまう。
「嫌なわけないだろう」
「そう、なの? 迷惑じゃない?」
「じゃない。好きな女が傍にいたいと言ったら、嬉しくない奴はいないだろう」
「す……へ……?」
ミーシャが口を半開きにして、頭が真っ白になっているのが目に見えてわかる。
アロクロがくすりと笑っているのが見えて、次には額に柔らかい感触がした。
額に口づけをされたことに気付くのに数秒かかった。
アロクロが離れると、彼の甘い匂いが鼻を掠める。
「記憶をなくしたときでも、お前が気になって仕方がなかった、目線が自然とお前に向いてしまった……」
「傍にいない時、気が気でならなかった……特にあの男と一緒にいると知った時は狂いそうだったよ……幻滅するかもしれないが、オレはかなり嫉妬深い」
「それだけ、お前の存在がオレの中で大きくなって……いつの間にか、お前の隣がオレの一番落ち着ける場所になったというのに……」
甘い表情だったアロクロが急にむすっとして、ミーシャの鼻をきゅっとつまんだ。
「ほへっ!?」
「まったく! お前ときたら、いつも思うがなんでもかんでも一人で抱え込みすぎだ。世の中、一人だけで解決できることなんてほんのわずかだ。オレがいるのだから、頼れ!」
(あれ? なんか……)
ミーシャが違和感に気付き始めて、口に出そうとした途端に、頬をぺちんと両手のひらで軽く叩かれたと思うと、次にはむにゅっとつままれる。
痛くはないが、ひたすらもちもちされてミーシャの頭は混乱する。
「ひょっほ!」
「オレの役に立ちたいと言ってくれたのも、オレの傍にいたいと言ったのも、お前一人でできることじゃないだろう?」
「ほう、だけど……」
アロクロはゆっくりと手を離すと、紫の瞳でじっと見つめた後、目を伏せ頭を下げる。
「すまなかった……それだけ、オレがお前を不安にさせてしまったということだな。まったく、ナロの言った通りだった……はやくちゃんと伝えればよかったよ。馬鹿だった」
「そんなこと……って、あのさアロクロ……ねぇ、もしかして」
ミーシャが困惑する中、アロクロは顔を上げると、穏やかに微笑み立ち上がって、飾っていたヴェールやアクセサリーをとってきた。
「これは、タクトたちに協力してもらって作ったんだ……お前に送るために……まずは腕」
ミーシャは目を瞬かせて、クマクロを脇に置いて腕を差し出した。
アロクロの視線は愛おしい人を見つめるもので、ミーシャの腕を優しくとって軽く口づけを落として、花の形をした宝石がついたアームレットをつける。
「前に言ったよな『花籠を贈られれば溢れるほどの愛情を』って言葉」
「うん……」
「魔族は愛する相手を花籠に例えるんだ……次は足」
ミーシャが頭が熱にうかされつつも、アロクロに足を差し出す。
アロクロが丁寧にブーツを脱がせて、足の甲に口づけして次はアンクレットをつける。
「生涯、共にする相手には花を贈るんだよ……愛情を込めて」
「生涯……って、それじゃあ」
アロクロは全てのアクセサリーをつけ、最後に花の刺繍がされたヴェールをふわりとミーシャに被せた。
驚きと喜びで揺れる赤い瞳でミーシャは一番愛しい人を見つめる。
アロクロもミーシャを愛しているとその視線で伝えている。
「ミィ、オレの愛しい花籠……これからもずっと、傍にいてくれるか?」
「うん……うんっ!」
「あぁ、そうしてくれ。そうじゃなくても離す気はない」
「ふふっ、そっか……そっか……」
ミーシャは、嬉しさが我慢できずに涙がぽろぽろと流れてくる。
そして、自然とミーシャからアロクロに唇を重ねた。
離れた時には恥ずかしくなったのか、顔を伏せていたがアロクロにぎゅっと抱き着いた。
アロクロは、まだ涙が止まっていないミーシャの背中を優しく撫でる。
「記憶……戻ったんだね」
「あぁ、このヴェールやアクセサリーを見た時に……ミィが傍にいてくれたからだ。ありがとうな」
「でも、あたし何にもしてないよ……」
「思い出せたのは、ミィがオレと一緒に過ごしてくれて、そのうえで見たからだ。ミィの存在がなきゃこれも意味がなくなるだろ」
「そっか……なら、よかった」
「……そういや、今日は花火だな。見るか?」
「いい、このままがいい……」
「フフ、そうだな……」




