諦めたくない
ルクスはパーティー会場で、玉座に座り景色をぼんやりと眺めていた。
(エリザベスをおいてきてしまった……傷つけてしまった、だろうか……くそっ、これ以上迷うな、自分で決めたことだ……)
「陛下! 皇帝陛下!」
ジーニャが周りに気を遣いつつも、切羽詰まった様子でルクスのもとに駆け寄ってきた。
常に冷静なジーニャが普段と明らかに違うことに、ルクスは嫌な予感がしてたまらない。
「何があったジーニャ、まさか……まさか、エリザベスになにかあったのか!?」
ルクスの瞳が揺れ、毛が逆立ち、ジーニャに詰め寄る。
ルクスが取り乱しそうで、ジーニャはゆっくりと深呼吸をしていつもの冷静な自分に戻す。
「…………落ち着いて、落ち着いて聞いてください。エリザベス様がいなくなりました。部屋でおひとりになりたいとおっしゃって使用人たちが全員でてしばらくした後、叫び声がして……」
「っエリザベス!!」
ジーニャの話を最後まで聞かず、落ち着いてと言われたがそのようにできるはずもなく、ルクスはすぐさま立ち上がり走る。
二本の足で歩くのさえじれったく、人目もはばからず四つ足でエリザベスがいるはずの部屋まで駆けて行った。
(エリザベス! エリザベス! エリザベス!!)
部屋に着くやいなや、犬のように匂いを嗅ぎまわった。
エリザベスの匂いをたどって、一番濃いのが椅子であると分かるのだが、その後が不自然なほど消えてしまっている。
「おかしい……絶対ここに座っていたはずだ。窓は……開いていない。不審な臭いもしない。いったいどこにっ」
ルクスは、ぎゃりと牙を食いしばる。
ただ棒立ちでいられるほど冷静になれず、他の場所を探そうと急いで部屋を飛び出した。
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エリザベスは妖精たちに群がられたあと、すんなりとピスティの拘束から解放された。
いったい何をしたのかと訳が分からなかったが、とにかくピスティの笑顔が怖くてしかたがなかった。
そしてその後、使用人たちが助けに入って来てくれて、エリザベスは彼らのもとに走り寄ったが、どうしてかエリザベスの姿が彼らには全く見えていないようだった。
エリザベスが使用人たちに触れようとしても、ほんの少しだけ触れた感触があった後、身体がすり抜けてしまう。
自分の身体がおかしくなってしまったことに気付き、わななく。
「……みんなわたしに何をしたの?」
「フフッ、ボクたちはね、リズが大好きなんだ。だから考えたんだ……君を妖精と同じにしてしまえばいいって……そうすれば、老いることもなく、死ぬこともなく、ずぅーっと一緒にいられるからね。前にボクたち妖精と同化した君ならできると思って、みんなに協力してもらったんだよ。ねぇ、みんな?」
エリザベスが周りの妖精たちを見ると(リズ これから ずといっしょ! あそぼね!)と無邪気にはしゃいでいて、事態の深刻さに気付いていないようだった。
「今、君は普通の人には見えない。君が好きなあのわんちゃんでさえ、君の匂いもわからなくなる」
「君は永遠の存在だけど、あのわんちゃんはいつか死ぬ。そのときは悲しくなるかもしれない。でも、死んじゃったらいつかは忘れられるからね」
「でも、安心して。ボクたちはずぅーと一緒だよ。あぁ、好きな人が一緒だと生きるのも楽しくなるんだねぇ」
ピスティが恍惚とした顔でにんまりと笑うので、全身の鳥肌が止まらなかった。
ピスティの執着が恐ろしくて、足が震えて立てない。
そのとき、焦燥感に追い立てられたルクスが部屋に入って来て、エリザベスを必死に探し始めた。
(ルクス様っ! 来てくださった!)
「ルクス様、わたしはここにいます! お願い気付いてくださいっ!」
しかし、ルクスはエリザベスに気付くことはなく、エリザベスを探しに部屋から出て行ってしまった。
「フフ、フフフ……どう? 妖精と同じなった気分は……ねぇ、リズ?」
エリザベスは、その場で泣き崩れる。
ピスティがエリザベスの肩に触れてきたが、エリザベスはその手強くはじいた。
「触らないでっ! 諦めない……ルクス様に気付いてもらえるまで、わたしは諦めません!」
エリザベスは泣いて恐怖で身体が震えているのに、できる限りの怒りを込めて睨みつけた。
ピスティは余裕そうに笑って、エリザベスにはじかれた手をさする。
エリザベスは立ち上がって、高いヒールの靴を脱いでドレスをたくし上げ、ルクスを追いかけた。
(リズ おこってた)
(いやだった? ずぅーっといっしょ いや?)
(きらわれた? どうしよう……)
妖精たちがエリザベスの怒りに動揺して、あわあわしだす。
「はぁー……強情だなぁ」
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ルクスは、部屋を飛び出し廊下を駆けずり回り、必死にエリザベスを探す。
「エリザベスー! エリザベス、どこだー!」
すると突然、目の前に立ちはだかるように妖精が現れ、ルクスは、急ブレーキをかけるように足を踏ん張って、止まった。
(こいつは、ピスティ……いや、イノか?)
「イノ、だったな。エリザベスを……エリザベスを知らないか? 攫われたかもしれないんだ……!」
(ルクス……フフ、馬鹿な奴。なんでリズはこんな奴が好きなのかな?)
目の前でふわりと飛ぶイノが不気味に笑い始めた。
明らかに雰囲気が不穏になり、ルクスはもはやイノが敵であると判断し身構える。
「貴様か? 貴様がエリザベスに何かしたのかぁ!?」
(おぉ、怖い怖い。ボクはただリズの幸せを願っているだけだよ。まぁ、何かしたのはそうだけど)
吠えて怒りをぶつけるが、ピスティはものともしておらず、くすくすと笑っている。
(ちょっとした遊びをしようか、ルクス。この城のどこかにいるリズを見つけてみてよ。でも一人でだ。誰かの助けなんか借りるなよ。その瞬間、リズは永遠に返さない)
(そうだな……今から一時間にしようか、リズもくたびれちゃうだろうから……それまでにリズの居場所をあてられたら、リズを返してあげる)
ルクスは怒りがこみあげて、ピスティを握りつぶそうとしたが、ひらりとかわされた。
(はやく探しなよ。ま、別に君的にはこのままでもいいんじゃない? リズをわざと避けていたみたいだし。あ、諦めたいならいつでもどうぞ、その方がリズもあきらめがつくだろうしね)
「ふざけるなっ! 今すぐに彼女を返せ!!」
(自分で手放そうとしたくせに勝手な奴……リズが苦しんだ分、お前も苦しめ)
ピスティは姿を消した。
残されたルクスはこの状況に動揺している暇さえない。
「くそっ……一時間……エリザベス、必ず見つける!」
ルクスが再び走ろうとしたときに外套が少し引っ張られたのだが、そのほんのわずかな動きに気付けるほどルクスは冷静でいられなかった。




