姿が見えず
建国祭最終日の締めくくりのパーティーに、エリザベスはきらびやかなドレスに身を包む。
支度が終わり、通常ならルクスが迎えに来てくれてともに会場へと向かうのだが、一向に姿が見えない。
(ルクス様がいらっしゃらない……なにか、あったのかしら……? それとも……)
エリザベスは心配でそわそわとして、こちらから部屋に向かおうと立ち上がったとき、ジーニャが部屋に入ってきた。
しかし、ルクスの姿はない。
ジーニャは本当に申し訳なさそうにしていて、視線をエリザベスに合わせられない。
その様子を見ると、エリザベスの不安が本当になってしまったのかと心臓が苦しくなった。
「ジーニャ、ルクス様は? なにかあったの?」
「いえ、その……先に行くとおっしゃって、おひとりで会場に……向かわれました」
「……そ……う」
外面的にはまだ夫婦として体裁を保っていたのが崩れた。
こんな、他貴族にもわかるように距離をとる行為をするとまでは考えておらず、エリザベスは頭を殴られたような衝撃で眩暈がした。
(本当に……本当に避けられている。これは少しの間ではないわ……本当に、わたしを拒絶して)
周りの使用人たちの心配する視線が刺さって、ふと我に返る。
目の前で泣きわめくなどできるはずもないが、心落ち着いていられるほど大人にもなれなかった。
それほど、自分の中でルクスが大きな存在になってしまっている。
「……みんな、申し訳ないのだけど、少しの間ひとりにしてもらえるかしら……本当に、少しの間だけだから」
使用人たちはエリザベスを心配しつつも、了承して部屋からでていった。
部屋で一人、椅子に座ってうなだれる。
心の一部がなくなったように思えて、身体から力が抜ける。
「どうしたら……涙すら、でてこない……」
「ルクス様……貴方様にとって、わたしはもう隣にいてはいけないのですか……」
(リズ……また、ルクスに嫌なことされた?)
妖精のイノがふと現れ、エリザベスの膝にとまった。
冷え切った心に、イノの温かさはほっとする。
「イノ……嫌なこと……ううん、違うわ。もう、ルクス様のお力になれないと思うと、不甲斐なくて…………」
「……ごめんなさい、違う、違うの……距離をとられてしまったのが、やっぱりとても辛い」
「一生、このままって考えると……こわい」
「こわいよ、イノ……嫌われたままだったらどうしよう。このままあの方に、声さえもかけてもらえなくなったら、どうしようっ」
呆然としていて出ていなかったはずの涙が溢れてきてしまって、顔を伏せて拭う。
拭っても拭ってもでてくる涙に嫌気がさすほどだ。
(リズ……君は悪くないよ。かわいそうなリズ……)
「君が辛い思いをするなら……あいつから引き離した方がいいのかもしれないね」
やけにくっきりとした声が聞こえて、エリザベスは驚いて顔を上げた瞬間、何者かに抱きしめられた。
抱きしめてきたのは、はっきりと人の形をしていて、さらには見覚えがある。
ゆっくりと顔を上げるその人物は白銀の長い髪に、女性のようなきれいな顔をしていた。
「ピスティ卿!? どうしてっ!?」
「君の傍にいるあいだ、ずーっと君の聖なる力を貰っていたんだ。おかげでこうやって人の形を保てるくらいに力を取り戻したんだ」
エリザベスはピスティの胸を押すが、ピスティに肩を掴まれてびくともしない。
「いやっ! 誰かっ、誰か来て! もう離してっ!」
「嫌だよ。せっかく大好きな君にこうやって触れられるのに……あぁ、やっぱり君はいいなぁ、いい匂いもする」
ピスティに頬ずりされて髪にも指を絡められて、首元で匂いを吸われた。
背筋に鳥肌が立って、恐怖で身体が震え、流れる涙が恐怖からによるものに変わってしまっている。
(イノに同情してしまっていたなんて、わたしは大馬鹿者だわ! でもまさかイノがピスティに戻るなんてっ)
エリザベスがあまりにも暴れるので、ピスティはやっとゆっくりと距離をとるが逃げられないよう腕が掴まれている。
「酷いなぁ。妖精の姿の時はあんなに優しくしてくれたのに」
「あれはあなたが無垢な妖精だったから……でも本当は記憶があったのね」
「うーん、最初はなかったよ。でも、少しずつ取り戻していったんだ……エリザベス、君のおかげだよ。君の傍は聖なる力で満たされて心地がいいんだ。おかげでゆっくり療養できたよ」
ピスティは焦ることなく、にこりと笑う。
あれだけ騒いだにもかかわらず人が来る様子がなく、エリザベスの顔がより青ざめていく。
「ピスティ卿、何が目的なの? また、恐ろしいことを企んでいるの?」
「フフ、そんなに怯えないで、ボクは別に悪いことなんて考えてないよ……ただ、君の悲しむ顔を見たくないんだよ。だから……」
エリザベスとピスティの周りに無数の妖精が囲い始めた。
かなりの数の妖精がいるせいで、周りの視界が遮られ、エリザベスはいつもの様子と違う妖精たちが怖くなり怯える。
「だからね、エリザベス……ボクたちと永遠にいよう」
妖精たちが一斉にエリザベスに纏わり付いてきた。
普段ならこの温かさが心地よいはずなのに今は恐ろしくてたまらない。
「みんなどうしたのっ!? お願いやめてっ!」
・
・
・
「エリザベス皇妃様! 皇妃様!」
エリザベスの助けを呼ぶ叫び声が聞こえ、使用人たちはすぐに扉を開けようとしたのだがまったく扉は開かなかった。
強硬手段をとって、男性の使用人たちが扉に突撃するがびくともしない。
しかし、しばらく扉を攻撃するとやっと開き、なだれ込むようにして使用人たちがエリザベスを助けに入ったのだが、先ほどまでいたはずのエリザベスの姿が見当たらない。
エリザベスは忽然と姿を消してしまった。




