傍にいても
ミーシャとアロクロは、ナロクロに会うため城に戻ってきた。
「ナロクロさん、どこかな? もしかしたら、あたしたちが借りてた部屋に行ったのかも……アロクロ、何か思い出した?」
「用事」というのを聞いてからずっと、アロクロは顔をしかめて記憶を掘り起こそうとしていた。
「……かなり重要なことな気がするが……これは記憶というより勘のように思えるな」
「そっか、なんなんだろ……あたしは記憶がなくなる前のアロクロから何も聞いてないし、タクトさんは知っていても話すわけにはいかなさそうだったし」
うーん、と考えつつ上を向きながら歩いていると、少し暮れてきた空にぽつんと影があるのが見えた。
その影はどんどんとこちらに近づいてきて、人の形をしているのがわかった。
「あれ、ナロクロさん!?」
「あーにーきーの……バカーーーっ!」
ナロクロが空から落ちる勢いそのままに、アロクロに蹴りをかましてきた。
アロクロは蹴りを受け止めるが勢いが強すぎて、足が地面にめり込んだ。
ナロクロは背中のドラゴンの翼でふわりと飛んでアロクロから離れる。
可愛い顔の眉間に皺を寄せ、頬を膨らませてご立腹のようだ。
両手には風呂敷に包まれた荷物を大事そうに抱え込んでいる。
「自分で約束したくせにっ、破るとは何事だーっ!? 大事なものだろうがっ! ちゃんと受け取れい!」
「なんだこのじゃじゃ馬は? まさか、こいつがナロクロか?」
「あぁ!? アタシ、馬じゃない!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてナロクロさん! これにはワケがあるの……」
「ワケ……?」
ミーシャはナロクロを宥め落ち着かせて、アロクロの記憶喪失について話した。
ナロクロは、ショックであんぐりと口を開けて、混乱する。
「ウソでしょ!? 兄貴がそんな毒に負けるだなんて思えないよ! 魔族の治癒力はものすごいんだよ! そのうちに自力で治っちゃうよ、きっとそう!」
「自然治癒か……たしかに、お腹刺されても自力で治してた。記憶も、治るのかな……?」
「治るよ! きっと兄貴は真っ二つにされても治る! 記憶喪失なんて、へでもないよ!」
「おい、真っ二つって……それはさすがに無理だろ」
ナロクロなりの励ましだったが、アロクロは呆れてため息がもれる。
ミーシャは苦笑するも、たしかに治癒力の強い魔族なら、もしかしたら時間さえあれば治るのかもしれないと微かな希望が持てた。
「うーん、うーーーーん、これは今の兄貴に渡してもいいのかな?……よし決めたっ! 渡しておくけど、開けるのは任せたっ!」
「結局なんなんだこの中身は?」
「中身を言ったら任せた意味がないでしょ。でも、質は保証するよ。なんたって、たぁくん作だからね!」
「タクトさんの?」
「そ、じゃあ、アタシ行くね! なんか記憶喪失って言っても、兄貴はちゃんと姉貴と仲良いみたいだから安心したし、大丈夫な気がする。それにもう帰らないと、夜はたぁくんと花火を見る約束なの! じゃねぇ~」
ナロクロは荷物を渡した後、実にあっさりと帰っていってしまった。
彼女なりになにか確信があったのかもしれない。
アロクロから、嵐が去ったという気持ちが込もった深いため息がでた。
ナロクロから貰った荷物を確かめるように上下させると、荷物はさほど重くはないが、布製のものと何か硬いものが入っている。
ミーシャは気になって、首を傾げて荷物を見つめるが自分が勝手に見ていいとは思えなかった。
「開ける?」
「……一旦、部屋に戻る」
「わかった。先に行ってて、あたし先にリズにお土産渡してくる。戻るのは、アロクロが乗っ取った部屋じゃないよ。借りてた方の部屋にね」
「……あぁ」
「案内したから、場所わかるよね?」
「……あぁ」
荷物を見つめてぼーっとするアロクロの顔を心配そうに覗くミーシャの視線に気づき、アロクロは優しく微笑んで「大丈夫だ。姉の所に行ってきな」と声をかけた。
ミーシャは、やはりまだ心配だったがアロクロに宥められるように頭を撫でられた。
また、その感触が切なくて泣きそうになり、一歩引いてミーシャは笑顔をみせて「行ってくる」と小走りして立ち去った。
未だにミーシャとの壁を感じるアロクロは、心に冷たい風を感じた。
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建国祭の最終日。
エリザベスは、朝食も昼食もひとりで終えた。
いつも美味しいはずの料理長の作る料理は、どうしようもなく味気なく感じた。
ルクスは、昨日の夜からずっと姿を現わしていない。
(ルクス様……お部屋で扉越しに話しかけても、お返事がなかった……)
(もう、わたしとお話しもしたくない……ということなのかしら……)
建国祭のパーティーは夕方から始まるが、通常の仕事もある。
執務室にルクスがいるのではと思って行ってみたが、ルクスの姿はなかった。
ジーニャに聞くと、仕事を部屋に持ち込んでしまっているらしい。
明らかなルクスの態度の変化にジーニャも困惑している様子だった。
(執務室にもいらっしゃらない……やっぱり、避けられてる)
ルクスに避けられているという事実がエリザベスの心を確実に削り取った。
心がずっしりと重くなってしまって、仕事が手に着かず、少し休憩をしようと自室に戻った。
窓越しに暮れかけた空を眺める。
綺麗な空を見れば気分が良くなるものだが、エリザベスの心は一向に晴れる気配がない。
「ルクス様……貴方様のために、わたしに何ができますか……どうしたらもう一度笑ってくださるの……?」
「わたしはもう……貴方様の隣にはいない方がよいのでしょうか……」
鼻の奥がツンと痛くなる。
次第に視界が涙で濁っていく。
首を横に振って、しっかりしなければとぎゅっと唇を噛んで頬を軽く叩いた。
「リズー、入るよ!」
沈んでいく気持ちを引っ張り上げてくれるような、はつらつとした声が聞こえた。
エリザベスはできる限り速く歩いて、扉を開くと大きいクマのぬいぐるみを抱えたミーシャが楽し気な笑みで立っていた。
しかし、エリザベスの顔を見ると、ミーシャの笑みが心配な顔に変わっていった。
「リズ、どうしたの? 何かあった?」
「ううん、何もないわ。大丈夫よ」
エリザベスは安心させるように温かく微笑むが、口の端が引きつっているのがミーシャにはわかる。
ミーシャは視線で心配をうったえるが、エリザベスは困ったように笑ってなんとか受け流して、ミーシャを部屋に招き入れた。
隣どうしでソファに座って、ミーシャの持ってきてくれたお土産のケーキを受け取ってお茶を入れる。
まだミーシャの視線が痛く、このままだとまた自分の沈んだ気持ちの原因を聞かれそうなので、他のことに注意を向けさせる。
「ミィ、そのぬいぐるみどうしたの?」
「え? アロクロが的あてでとってくれたんだ。すごいんだよ、全部ど真ん中にあててさ!」
「そう、アロクロ様が……」
(記憶が戻ったら真っ先に教えてくれるだろうから、きっとまだなのね。でも、ミィを大事に想う気持ちは戻ったのね)
「ミィとアロクロ様がいい方向に向かっているようで安心したわ」
「うん……でも、きっとアロクロは優しいから、恋人だって言ったあたしに気を使ってくれてるのかなって思う……」
ミーシャは、ぬいぐるみをより抱きしめる。
赤い瞳は悲し気に揺れていた。
「あたしね……やっぱり、アロクロの記憶が戻らなかったらって考えると怖くてたまらないの」
「でも……万が一、記憶が戻らなくて、恋人に戻れなくても……やっぱり、傍にはいたいって考えちゃって……勝手だってわかっているけど」
「けど……もしも、アロクロの気が変わって……好きな人ができちゃったら……応援できるようには気持ちを切り替えるつもり、なんだ」
エリザベスはミーシャの驚くほどの弱気に目を見開いた。
現状、良い方向に向かっているのだからもっと前向きな言葉がでてくるかと思っていたが、こんこんと積もった不安がミーシャの心を蝕んでいたのかと気付いた。
そして、芋づる式にミーシャがアロクロとの将来の話をしたときに見せた不安そうな顔が思い出された。
(もしかしたら、アロクロ様の記憶喪失以前に、ミィはアロクロ様との関係に悩んでいたのかもしれない……)
(……アロクロ様の傍にいる自信が、なくなってきているの?)
(あぁ……まさか同じような悩みを抱えてしまうだなんて)
エリザベスは心の中で苦笑いをして、ミーシャの頬を両手で包んで、自分に向かせた。
「ミィ……教えて、アロクロ様とのことで何を不安を感じているのか」
「不安なこと……」
しばらく考え込んで、ゆっくりと口を開く。
「記憶喪失になっちゃって、一生このままだったらって……あたしと過ごした分のアロクロが消えちゃったのが寂しくて、悲しくて」
「うん……」
「でも、ほんとはその前から、あたし……アロクロの傍にいていいかわかんなくて……アロクロの傍にいても、なんにもできないって気づいちゃって」
「そんなことないわ。ミィにアロクロ様が必要なように、アロクロ様にもミィが必要な人だって、近くで見てそう思ったもの」
「必要な人……でも、アロクロになんにもしてあげられてないよ……大事なこと全部できてない」
エリザベスはこの言葉を本心ではあるが、半分は自分自身に言い聞かせているような気分になった。
大丈夫だと伝えたくて、エリザベスはミーシャの頬を優しく撫でる。
「ミィ……今は大変なことが重なっていて、あなたは焦ってしまっているのよ。でも、時間はあるわ。焦らずゆっくり、自分にできることを探してもいいのよ」
「必ず、あなたにしかできないことが見つかるわ。だって、あなたは他の人のために一生懸命になれる頑張り屋なわたしの自慢の妹だもの」
「それに、不安なことはアロクロ様に相談してみてはどう? きっと一緒に考えてくれるわよ」
エリザベスがにこりと微笑むと、ミーシャの瞳から多少、不安の色が消えた。
ミーシャの表情が少し明るくなったので、エリザベスはほっとしてミーシャの頭をなでなでする。
「うふふ、アロクロ様は目移りなんてしないわ。だって、ミィはこんなにかわいいもの」
「も、もう、子ども扱いして……いや、たしかにリズに比べたら子供だけど……精神的に」
「そう? でも、ミィがかわいいのは事実よ。今のうちにたくさんなでなでさせてね」
「……記憶がなくても、魔族の人たちと会わないとだから。そしたら、やっぱりリズとお別れか……」
「違う道を歩んでも、わたしとミィが大事な姉妹だってことは変わらないから。また会えるわよ」
「うん……そうだね」
しばらく、話しをしたり、ケーキを食べたりして過ごすと思ったよりも時間が経っていて、エリザベスは建国祭の支度をしなくてはならなくなりミーシャは部屋をあとにした。
ミーシャは自身の不安は吐き出してしまったが、エリザベスは一向に心の悩みを話そうとはしなかった。
(リズ、結局最後まで話してくれなかった……よほどのことなんだ。あたしに、話せないくらい)
(何があったんだろう……ルクスさんが関わってる?)
(考えてもわかんないや……あの様子だと無理に聞けないな……)
ミーシャは、心残りがあるものの、頑ななエリザベスの様子に話してくれるまで待つことにした。




