どんな人?
皇帝は玉座の間にいるとのことで、そこに向かう道中、エリザベスは深呼吸を繰り替えして気持ちを落ち着かせていた。
緊張でカチコチになっていたエリザベスをルーニャが度々笑顔で励ましてくれた。
「大丈夫ですか、エリザベス様? 皇帝陛下は確かに顔は怖い方ですが、悪い方ではありませんから!」
「あ、ありがとう。ルーニャ」
(リズ どこいくの~?)
(リズっていうの? あそぶ? あそぶ?)
(だめだよ しーっ ひみつなの!)
どうしてか部屋からここまで歩いてくるまでに妖精の数が多く、そこらでたくさん遊んでいる。
人前ではさすがに話せないので、初めて会う妖精たちに微笑んで返事をしていた。
のほほんとしている妖精たちの様子を見ると力が抜けてきて、緊張が多少ほどけた。
(狼の顔………皇帝陛下は銀狼族の血族の方。一年前皇帝の地位についたけれど、王国では会う機会もなかったし、どんな方だろう………)
扉が開かれ、きらびやかな玉座の間の奥に、玉座に座る皇帝の姿が見えた。
光に反射する輝く銀色の毛に覆われた狼の顔、鋭い黄金の瞳は宝石のように美しかった。
その神々しさと威厳を前に普通の人間ならば、畏怖を抱いてしまうだろうとはエリザベスは感じた。
しかし、それは少しの間のことで、あることに気付いてしまったエリザベスは笑いをこらえるのに必死になってしまった。
(しっぽふさふさ~)
(みみおもしろーい)
(きゃー すべるぅー)
皇帝は厳しい眼差しでエリザベスを睨んでいたが、妖精たちがその皇帝のふさふさのしっぽやピクリと動く耳に触って面白がっているし、外套を滑り台の代わりにして遊んでいる。
あんなに触られたらくすぐったいと思うのだが、厳しい顔をしながらも我慢しているのだろうか。
エリザベスは、なんとか平常心を保って皇帝の前で礼儀正しく礼をした。
「フンゴル王国から参りましたエリザベス・フォン・ディーワです。命をお救いいただきありがとうございました。この度は……」
「形式的な挨拶はいい」
皇帝が立ち上がり、エリザベスの前に立つ。
背が高くてやはり威圧感というものがあるのだが、未だに妖精たちが周りではしゃいでいて、その光景が微笑ましくてたまらなかった。
「エリザベス・フォン・ディーワ、そなたに求めることは一つ。世継ぎを産むことだ。産めばそなたに用はない。国に戻るでも、田舎に住むでも好きにしろ。その分援助はしてやる」
(ど、どうしよう、すごいこと言われた気がするけど、内容が入ってこない!)
(ルクス きんちょうしてる!)
(してるしてる! きみのこと しんぱいしてるのにねー)
「え? 心配?」
「なんだと?」
妖精の言ったことを思わず口に出してしまって、ハッとして口を塞いだ。
恐る恐る皇帝の顔を見上げると、怒っているのか鼻筋に皺がぎゅっと寄っていた。
「もっ、申し訳ありません! え、と………その大変失礼なのですが、先ほどの内容をもう一度仰っていただけませんか?」
「………もうよい。式まで数日ある。それまで部屋でじっとしていろ。式の準備はメイドたちが行う」
「そ、そうですか………ですが、何かわたしにできることを………」
「ない、じっとしていろ」
「は、い」
わずかな会話だけで終わってしまい、エリザベスは部屋に戻された。
役に立って信頼を得なければいけないというのに、なんという始まりだろうか。
一人になって、醜態を晒してしまったことに大反省会を行っていた。
(やっちゃった………変な人だと思われたわよね? あぁ、どうしよう………)
(陛下があんな厳しい顔していたのに、可愛いとしか思えなくて、変な態度をとってしまったわ………うぅ)
(じっとしていろと言われてしまったし、幻滅させてしまったんだわ)
一通り悶え終えて、冷静になってきて皇帝の言っていたことをじんわりと思い出す。
(世継ぎを産む。それが叶えばいいとおっしゃっていた。その後は国に戻ってもいいとも)
(どうして、追い出すようなことを………子どもさえできればいいということなの?)
「でも………心配ってどういうことなのかしら」
「それに、妖精たち。ただでさえ他人の名前を覚えようとしないあの子たちが皇帝陛下の名前まで覚えて、あんなに懐いているだなんて」
「本当はどういう人なんだろう………」
・
・
・
「陛下、あのような言い方をされてはエリザベス様が誤解されますよ」
「しておけばいい。ヘタな情などいらぬ」
「そうですか………」
「ジーニャ、お前が人間を気にするとは珍しいな」
「そっそんなことありません! ただ、妹が懐いていたので少し何かあるのかと思っただけです!」
執務室で書類を処理しているルクスの仕事をジーニャは手伝っていたが、返答に慌てて思わず大事な書類をくしゃりと潰してしまいそうになった。
ルクスが眉をひそめたので、我に返ったジーニャが書類をきれいにのばしてルクスに渡した。
「ただ………陛下が勘違いされるのが私は心苦しいだけです。あの噂だって……」
「俺が先代を死に追いやったのは本当だ」
「そんなことは………」
「こんな俺の近くにいては、彼女の命がいくつあっても足りない。この前は危険な目にあわせてしまった」
「あのような怖い目にもあわせて、しかも慣れない土地で、疲れていた様子だった………ここにいては、彼女が幸せになれるはずがない」
ルクスはため息をつくと、口を閉じ黙々と仕事に勤しんだ。
多くのことを抱えてしまっている主人の姿を見て、ジーニャは胸が苦しくなるのを感じた。