心地いい隣
町の大通りは人であふれていて、歩くだけでももみくちゃにされる。
ミーシャは、リボンでは心もとなかっただろうと想像するとアロクロの提案が正しかったと身に染みた。
アロクロは、手をしっかりと握り、人ごみを裂くように先導してくれて、時々気にかけるようにこちらをちらりと見てくれる。
(今は優しいアロクロだ。記憶がなくなった直後は本当に混乱してたんだろうな……そりゃそうだよね、記憶がなくなるだんて、誰だって怖いよね……)
しんみりとアロクロを見つめていると、アロクロと視線がぶつかった。
アロクロは足を止めて、ミーシャに顔を近づける。
「なんだ? 何か言いたいことがあるなら言え」
「アロクロは、やっぱり根っこは優しいんだなーって思っただけ。昨日まではなんというかぴりぴりしてたから……でも、そりゃそうだよね。記憶喪失なんて怖いよ」
「……昨日は、というより今まで…………すまなかった」
「いいよ、気にしない。あたしも最初に気付いてあげられなかったこと……ごめん」
「謝ることじゃないだろう」
「謝るよ……好きな人の変化に気付かないのは、あたしとしてはショックなの」
ミーシャは困ったように笑って、再び歩みを始めた。
アロクロは何か言いたげではあったが、それを飲み込んでまたミーシャの少し先を歩く。
ミーシャは、ナロクロとタクトに会うことが先、と考えつつも魅力的な出店が並んでいるのに目移りしてしまう。
(やっぱりいろんなお店があるなぁ、あっ、あれ美味しそう! あっちは面白そう!)
「ちょっと寄るか」
考えていたことが顔にでていたようで見透かされた。
「い、や、先に二人に会いに行こうよ」
「別に急ぎじゃないだろ」
「急ぎだよ! アロクロの記憶に関係あるもの」
ミーシャは欲望に負けないように抗議したが、アロクロにきゅっと鼻をつままれた。
「オレとミーシャが一緒に過ごすのも記憶が戻るきっかけになるかもしれないだろう?」
「恋人……なんだから」
鼻をつままれても艶っぽく笑うアロクロの笑顔を見ると、ドギマギしてそんなことどうでもよくなってしまう。
しかも、ミーシャも身体が遊びたくてうずうずして、結局は欲望に負けた。
屋台で串焼きを買って、その後は果物が入った甘いパイ生地でできたケーキを買ってほおばった。
(これ美味しい! リズにも買って行こう! 今日はまだ見てないな。パーティは夕方からだけど、終わるまで忙しいだろうなぁ……)
「それ、うまいか?」
「うん! アロクロもやっぱり気になる? 食べる?」
「一口くれ」
アロクロはミーシャに食べさせろと言うように口を開けるので、ミーシャは、ぎくしゃくしてしまう。
(こっ、これはよく恋人のする、はい、あーん、だっ! ひゃあ~)
カチコチに固まったミーシャにしびれを切らして、アロクロはむすっとしてケーキに噛みついた。
ミーシャの顔は真っ赤になって、隠したくてたまらないが両手がケーキとアロクロの手でふさがっている。
「ん、甘いな……」
ケーキを食べ終えたアロクロが舌なめずりするとそれがまた色気があって、頭から湯気まで出そうだ。
(油断してたっ! あぁっ、ダメだ。あたしの決意が弱すぎるっ! 今のアロクロにやましいこと考えちゃダメだ!)
顔を背けてこの気持ちが収まるまで待とうと思ったが、急にアロクロに顎に手を添えられて前を向かされた。
「ミーシャ、口の周りについてるぞ」
アロクロに口周りを指で拭われて、汚れを落とされる。
ミーシャは頭が真っ白になって、呆然と立ち尽くすしたできなかった。
「よし、きれいになった。次はどこに行きたい?」
「あ……あっち」
「どこだよ」
指もささずに口だけで言ったので、アロクロに苦笑された。
「あ、あっちはあっち!」
ぎくしゃくしながら歩き始めたミーシャを見て、アロクロは満足げな悪い笑みを浮かべたのだが、ミーシャが気づくことはなかった。
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「見て、アロクロ! 弓矢の的あてだって、やってみよう。おじさん、的あてやりまーす! アロクロ、ちょっと荷物持っててね」
ミーシャはすっかり祭りを満喫するようになり、今も笑顔で的あてをしに駆けて行った。
弓矢の的には点数が書かれており、中心につれて点数が高くなる。
その点数に応じてもらえる景品が決まっているようだ。
一番いいのは両手で抱えなければいけないほど大きいクマのぬいぐるみだった。
(ぬいぐるみ……かわいい。いや、でも可愛すぎてあたしには似合わないかな。もし取れたらリズにあげよう)
弓の弦を引き絞って狙いを定める。
ぱっと手を離すと、ストンといい音をたてて的にあたった。
ただ、中心よりは少しずれてしまった。
(うーん、難しい……集中……)
ミーシャが真剣に的あてに励む姿をアロクロはじっと見つめる。
(……一緒に眠った後は頭痛も収まった。今はむしろ、ミーシャの隣にいるのが心地がいい……目が離せない)
「おい、見ろよあの子。すっげー美人」
「身体つきもめっちゃいいじゃん。声かけてみる?」
ミーシャを見て騒ぐ男性らの雑音がアロクロの耳に入った。
内容が不愉快極まりなく、アロクロは魔力を流してしまいそうになった。
(あいつら……両目をえぐってやりたいところだが……そうしたらまたミーシャが泣くか……)
ミーシャには嫌われたくないと自然と考えが浮かんで、アロクロは誰にもバレないように魔法を使ってその男性たちの精神をのっとった。
アロクロが指を振れば、虚ろな目をした男性たちは人ごみの中へと消えていってしまった。
男性たちの処理が終わって、ふと我に返る。
(男どもがミーシャを見るだけを胸がかきむしられるように腹立たしいのは、恋仲だったからか……?)
(ミーシャを抱きたいと思えたのもか? だが、結局泣き顔をみたらそれ以上は進めなかった)
(手を繋ぐだけで気持ちが浮つく、頬が染まれば心がざわつく……)
何かこの感情に名前が付けられるような気がするが、その回答が見つからない。
悩んでいるうちにミーシャが的あてから帰ってきた。
手には景品の不思議な模様のタペストリーを持っていた。
「ただいま! 二等だったよ。あとちょっとだったのに、おしいなぁ。これ、もらったけどなんの模様なんだろう? ちょっと変わってる」
「あのクマを狙ってたよな? さっき見てただろ」
「えっ、まぁ、かわいいしリズ……あたしの姉にあげたら喜ぶと思って」
「ミーシャは? ほしそうに見ていたのに、姉にやるのか?」
「でも、ちょっとあたしには可愛すぎるかなって、ぬいぐるみとか似合わないし……」
「ぬいぐるみに似合うもなにもない。欲しいのなら、手に入れたらいい」
(そう、欲しいのならどんな手を使っても、手に入れればいいのに……)
今度はアロクロが荷物を置いて的あてに挑戦しに行った。
ミーシャは、むずがゆく感じつつも期待してアロクロを見つめていた。
アロクロが弓矢を構えると、その姿勢がきれいでミーシャはつい見惚れてしまう。
弦を引き絞り手を離せば、まるで引き寄せられるように的の中心を射抜いた。
「アロクロって弓まで使えたんだ……相変わらずかっこいいなぁ」
惚けながら眺めていると、あっという間に終わってしまった。
当たり前のようにすべての矢が中心を射抜き、アロクロは堂々と一等のクマの大きいぬいぐるみを持って帰ってきた。
アロクロが真顔でかわいいぬいぐるみを抱えている画は少し面白かった。
「ほら、ぬいぐるみ。ミーシャのものだから、他人にはやるな」
「うん……ありがとう」
ミーシャは恥ずかしそうにだが嬉しさを滲みだして微笑み、ぬいぐるみを両手いっぱいに抱きしめた。
「えへへ……ありがとう」
「…………あぁ」
アロクロは、ミーシャの嬉しそうな顔を見て、心の中であることが腑に落ち、視界がはっきりと晴れたように思えた。
(そうか……ミーシャが笑うと心が温まる。ミーシャが泣くと心が握り潰される)
(ミーシャには笑っていてほしくて、泣いてほしくない)
(オレはミーシャを……大事にしたいんだ……)
「どうしたの、アロクロ? そんなにこにこして?」
「なんでもない」
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住宅街に来ると、人通りが落ち着いてきた。
ミーシャはぎゅっとアロクロからもらったぬいぐるみを抱いて、嬉しそうに、にこにこしている。
アロクロはぬいぐるみを抱えていたら手を繋げないと気づいて、魔法でしまっておこうと言ったがミーシャが嬉しそうに持ちたいと言ってしまったので諦める羽目になった。
今となってはこのクマのぬいぐるみが恨めしい。
「ナロクロさんとタクトさんの家はあそこだよ。随分遊んじゃった」
ナロクロたちの住む集合住宅の部屋の扉をノックした。
すぐにタクトがでてきてくれたのだが、ナロクロがいる気配がない。
しかも、タクトはアロクロを見て驚いたような不思議そうな顔をしていた。
「や、やぁ、ミーシャちゃん……にお兄さん。あれ? なぁちゃんと……あれ?」
「こんにちは、タクトさん。急に来てしまってごめんなさい。ナロクロさんがどうかしたの?」
「へっ!? い、やあ……その、お兄さんに用事があってお城に行ったんだけど」
「じゃあ、入違っちゃったんだ! しまったなぁ、ナロクロさんはお城でアロクロのこと探してるかも……でも、その前にタクトさんに話さないといけないことがあって」
「話さないといけないこと? わかったよ、ここじゃなんだし、中にはいって」
タクトは二人を招き入れてお茶を出してくれた。
ミーシャは、アロクロが記憶喪失になってしまったことをタクトに話すとひどく驚いた。
「そんなっ……記憶喪失だなんて……じゃあ、あのことも忘れて」
「あのこと? そういえば、ナロクロさんはアロクロに用事があるって言ってたけど、そのこと?」
「あっ……そう、なんだけど、ミーシャちゃんには……ごめん話せない。本当にごめんね」
タクトは隠すのに限界を感じ始めたのか、話さないものの隠し事があると素直に謝った。
ミーシャは、おそらくは悪いことではないだろうと思うし、タクトに謝られる必要もないと感じて、大きく頭を左右に振った。
「タクトさんが謝る必要ないよ! なんか訳ありそうだし。とにかく、お城に帰るね。ナロクロさんが待ってるだろうから」
「そうだね。もし、なぁちゃんがこっちに帰ってきたら、二人はお城に戻ったって言っておくよ」
ミーシャとアロクロは、タクトたちの部屋をあとにして帰路へとつく。
何も話さないと思っていたら、タクトたちの家にいる間、アロクロはずっと深刻そうに考え事に耽っていた。
「アロクロ、大丈夫?」
「あぁ……ただ、用事というのが妙に引っかかる」
「引っかかる……もしかして、記憶が戻る前兆かも! 早く帰ろう! ナロクロさんが待ってるかもしれないし!」
ミーシャは希望が垣間見えたとはしゃいで、城に早足で帰った。




