やまぬ憎悪
※流血注意です!( ;∀;)
時は遡り、ミーシャたちがアロクロに会おうと作戦を立てていた頃、エリザベスはルクスと共にリュゲル・クファン公爵の屋敷へと馬車で向かっていた。
(アロクロ様が記憶喪失だなんて……ミィは前を向いてくれたけれど……)
(ミィにはネリネ様もルーニャも……あと、殿下も……ついてくれてる。きっと大丈夫)
(わたしはまずこれをなんとかしないと……)
二重にハンカチでまかれている毒を入れられていた小瓶をエリザベスが物悲しく見つめる。
この小瓶を見た時から、今回の犯行に誰が絡んでいるのかはっきりとわかってしまった。
「エリザベス……本当に直接話すのか? 俺や騎士に任せても……」
「どうしても、クファン公爵の口からききたいのです。彼はわたしに良くしてくれて、こんなことをするような人には見えませんでした……なにか。訳があるなら、聞きたいです……すみません、またルクス様にはご心配をおかけします」
エリザベスはルクスに頭を下げた。
隣に座るルクスは苦笑するが、エリザベスの頬に手を添えて顔を上げさせる。
「エリザベス……俺が心配なのは、そなたはこれから見たくないものを見るかもしれないということだ。人には様々な顔がある。良い面も悪い面も……」
「クファンはそなたに良くしてくれたといったが、俺も幼い時、彼には良くしてもらった。だが、それでも彼の心の奥まで知っているわけではない」
「クファンの悪い面……それを見る覚悟だけしておいてほしい」
「覚悟……」
クファン公爵屋敷に到着し、ルクスに手を差し出されて馬車から降りた。
屋敷は人気が感じられず、やけに静かな気がした。
引き連れてきた帝国騎士たちに屋敷を包囲させ、ルクスとエリザベスは屋敷の中へと足を踏み入れた。
屋敷の異常な静けさにルクスの顔が険しくなる。
「気取られて逃亡したのか?」
「部屋を調べましょう……」
何か思ったエリザベスは、ある一室を目指した。
目的の部屋に着き、扉を開けるとクファン公爵の姿があった。
ただ、彼はいつもの紳士らしい姿ではなく、亡霊のように生気が感じられなかった。
「ここにいたのですね、クファン公爵……」
「あぁ、リーシア。荷物をまとめるのにどうしても懐かしいものがでてくると手が止まってしまってね……はは、これでは引っ越しの準備が進まないな」
「……」
クファン公爵は、亡くなった娘リーシアの部屋にいた。
今は荷物を鞄に詰めていて、手にはぬいぐるみを持っている。
彼の目は虚ろで、異常さがひしひしと伝わってくる。
エリザベスは、そのクファン公爵の姿が痛々しく、顔を悲しく伏せる。
「クファン公爵……昨夜、ルクス様に毒を盛ろうとした事件が起きました。毒の入っていた小瓶に、後からつけられたであろう特殊な印が入っていて……この部屋にある小瓶の模様と同じ模様です。単刀直入にお聞きします。ルクス様に毒を飲ませようと裏で手を引いていたのは、あなたなのですか?」
「ルクス……あぁ、陛下のご子息……あの、忌々しい……そうだ、あれに効く毒をやっとのことで開発したんだ。他国にまで行かないと手に入らなかった」
「だが、吉報が入らないということは、失敗したようだ。だがね、逃げる算段はもうできたから心配する必要はないよ、リーシア。君の兄も後で来させるから、今は一緒に逃げよう」
ルクスも同じ部屋にいるし、エリザベスは、リーシアではない。
だが、それを認識できないほど、クファン公爵は心を病んでしまっているようだ。
(きっと……この人はご令嬢を亡くされてからずっと、心を蝕まれ続けてきたのだわ……今となってはもう、どうにもできないほど)
「クファン公爵……リーシア様は、もう亡くなられたのです。ご病気で……」
「違うっ!!!」
エリザベスの言葉を怒鳴りつけるようにクファン公爵が遮った。
ルクスが咄嗟にエリザベスを守るように抱き寄せる。
クファン公爵は、持っていたぬいぐるみが裂けてしまわないかというほどに、握りしめる。
その目にはどろどろとした怒りと憎悪が入り交ざっていた。
「あの子はっ……あの子は化け物どもに殺されたんだ!! 無残に切り刻まれて……本当にむごたらしく……」
「殺された……? ご息女は病死ではなかったのですか……?」
「あぁ……どうして……? たまたま、馬車に乗っていたから? 金に困った化け物の集まりが馬車を襲ったばかりに……」
クファン公爵は頭を抱え込んで泣き叫び、崩れ落ちる。
ルクスがクファン公爵が言った『化け物』という言葉に心が裂かれた。
「クファン……そなたの言う化け物というのは、まさか……」
「獣も同然の癖にっ、人間に混ざって人の振りをしているあの生き物たち! あぁ、忌まわしい! 陛下は何故、化け物を伴侶に選んだのか!? ましてや、あんな化け物たちのために法を作るなどっ、愚行にもほどがあるっ!」
「あぁ……陛下お許しを……ただ私はわかってほしかったのです……あぁ、何故わかってくれなかったんだ!?」
クファン公爵は憎悪と懺悔と悲しみの感情を行き来しすぎて、支離滅裂になっていく。
狂ってしまったクファン公爵の声を聞くだけでエリザベスは震えてしまう。
しかし、ある考えが浮かんでしまったルクスは、ふつふつと腹の奥から怒りがマグマのようにあふれだしてきていた。
「まさか……クファン、貴様が全てやったのか? 貴様が父上を亡き者にしたのかっ!?」
「私は、あんなにも止めたのにっ全く耳をかさないから、ああなるのだ!!」
ルクスの顔が見たことがないほど冷たく怒りで満ち、暗く沈んでいく。
エリザベスから離れて、一歩踏み出したルクスに危険を感じたエリザベスは、ルクスの背に抱き着いてひきとめる。
ルクスの拳はぐっと握られ、爪が食い込み、見れば血が滴っていた。
「止めるな、エリザベス」
「止めますっ! お願いです。落ち着いて……」
「ずっと……ずっと夢見ていたんだ。もし、父上の仇がこの手でとれればと……かなわないと諦めていたその夢が現実になるんだ」
「駄目ですっ……これ以上、あなたの手が血に染まる必要なんてないです……」
「エリザベス……先ほど話したな。どんな人にも良い面と悪い面があると……俺もそうだ」
エリザベスを振り払い、ルクスはクファンに飛び掛かる。
簡単に押し倒されたクファンの顔面にルクスの拳が振り下ろされた。
一発、二発、三発……。
クファンの顔が醜く歪み、ルクスの拳が血で濡れる。
そこらに血しぶきが飛ぶがそれがクファンのものかルクスのものか、もうわからない。
エリザベスはその光景に身体が震えてその場にへたり込み、顔が真っ青になる。
(やめて……やめて、やめて!)
心の中で叫ぶが、それが口から出てこない。
「父上っ!」
突然、扉が開かれ、入って来たのはクファンの息子、マグザだった。
マグザは一瞬この悲惨な光景にひるんだものの、殴られているのが自分の父だと認識すると、咄嗟に父をかばおうとクファンに覆いかぶさった。
「陛下! 父のやったことは許されませんが、どうかっ命だけはっ」
「どけ」
冷たい声で命令し、マグザを片手で持ち上げて壁へと放り投げた。
「もうやめてっ!」
やっと動き出した足を引きずって、今度はエリザベスがクファンの上に覆いかぶさる。
エリザベスの鼻には強い鉄の臭いが刺し、クファンの今にも息絶えそうな微かな呼吸音が聞こえた。
「どけ、エリザベス」
「いいえ、どきません」
「何故かばう? それはそなたがかばうに値するようなことをしたのか? 情が移ったのか?」
「情は……正直移っていました。けれど、貴方様を手に掛けようとしたと気づいたときには、その情は捨てました……」
「なら何故? あと少しなのに……あと少しでそれの息の根を止められる」
「これ以上……これ以上、貴方様にお辛い顔をしてほしくありません……」
顔を上げたエリザベスの青い瞳から、ぼろぼろと涙が流れていた。
彼女の顔にも衣服にもべっとりと血がついてしまっている。
ルクスは、我に返って自身の手を見下げる。
いつもなら美しい銀の毛が血で真っ赤に染められている。
(俺は……今どんな顔をしている? 復讐者……殺人鬼……化け物?)
(エリザベスは……泣いている……父上と母上の肖像画の前で、一番大切で、笑顔でいてほしい人だと、言ったはずなのに……)
ルクスは、拳をゆっくりとほどき、馬乗りになっていたクファン公爵の上から引いた。
エリザベスはまだ涙が止まらないというのに、血で染まった自分の手で拭ってやることなど到底できなかった。
マグザはとばされて身体が痛むのか、ふらふらとしてエリザベスとルクスの前に膝をつけて頭を深く下げた。
「……皇帝陛下、エリザベス皇妃様、慈悲深いご判断、感謝の言葉もございません……」
「……ぐず……まだ息がありますが、治療が必要です。このまま、城に連行し治療も受けさせますがよいですね……」
「はい……今までの父が行った証拠は全て書簡にまとめております。それを持って私も同行いたします」
「……はい」
エリザベスが泣きながらも冷静に対応するなか、ルクスは呆然として固まっていた。
エリザベスは立ち上がると、ルクスを引っ張って立ち上がらせた。
ただ、何も言わないし、お互いに目線も合わなかった。
城に戻る馬車の中、会話が生まれず、向かい合って座っているのにお互いずっと遠くに感じた。




