微かな希望
次の日。
城の美しい庭園で、セナは一見素敵なお茶会に招かれているように見える。
だが、実際には窮地に立たされていた。
彼女を助けたネリネ、笑顔だが静かに怒っているエリザベス、さらにはお茶の準備をしつつ訝し気な視線をおくるルーニャに背中から監視されている。
ネリネは毒が入っていた小瓶を机の上にのせる。
「さて、セナ君が教えてくれたこの毒を持っていたという男からの情報で、この毒の詳細が分かった……たった一滴、粘膜に接触すればこの毒は対象の記憶を破壊する。銀狼族も認識することができない無味無臭の毒……皇帝陛下用ということだね」
「それを奪い、そして小瓶まるまる使うとは……こんな強力な毒をミーシャ君に飲まそうとしただなんて……ミーシャ君を殺す気かい?」
ネリネの笑顔が怖い。
エリザベスの表情から、笑顔が抜け落ちたのはもっと恐ろしい。
「ち、違います……そんなことしたかったんじゃないです。ただ、ちょーっと記憶喪失にして、その間にアロクロ様と仲良くできたら、なぁーって……」
「そのあなたの欲は、ミーシャを危険にさらそうとし、アロクロ様を記憶喪失にしたのよ。毒がルクス様の口に入らなかったのは良かったけれど、そこで踏みとどまってくれたら……」
「こんなに危険だなんて知らなくて……本当にごめんなさいっ!」
セナは、目に涙をためて、何度も頭を下げた。
しかし、エリザベスは無表情のままで許してはいないようだ。
「わたしに謝っても意味はないので……あなたの処分は……保留です。まずは、アロクロ様をどうにかしないと……解毒剤を作るにしても、かなり時間がかかるかも……」
エリザベスたちが悩んでいると、恐る恐るセナが手を上げる。
「あ、あの……解毒剤を作るよりも、他の方法が……」
エリザベスたちの冷たい視線が一身に集まって、身体が縮こまっていく。
「え……と、きっかけがあればいいんです……イベントの終わりは……うぅ、なんて説明すれば」
「もしかして、これってイベントなの?」
「ミィ! 大丈夫なの? それに、殿下?」
泣いて腫れぼったい目のミーシャとその後ろに何故か王子まで引っ付いている。
王子はミーシャを熱い視線で見つめているが、ミーシャの視界に王子は入っていないようだった。
昨夜、エリザベスは建国祭一日目が終わり部屋に戻ると、ミーシャはすでに寝台で毛布にくるまっていた。
いくらエリザベスが話しかけても生返事しか返ってこず心配していたのだが、次の日になってようやく何故ミーシャがそうなっていたのか想像でき始めていた。
「大丈夫だよ……昨日、アロクロに会った時すごく変でさ……そっか、記憶喪失だったんだ……」
「あぁっ、非常に残念だな! だが案ずるなミーシャ、オレがついているからな!」
「あれ? 殿下?……いつの間にいました?」
「嘘だろっ!? さっきからずっーと、楽しい会話をしていたじゃないかっ」
「あれ? してたかな……すみません、ぼーっとしてて……」
ミーシャは、まだショックがとれないのか、頭がふわふわとしているようだった。
「ねぇ、それでイベントなの? これって」
「あ、その……本当ならルクス様のイベントなんだけど、毒のせいで記憶喪失になるけど、もう一度主人公と恋に落ちてキスをしたときに記憶が復活するっていう……」
「じゃあ、記憶は戻るんだ……」
「た、ぶん……」
セナとしては、イベントを捻じ曲げてしまったので本当に記憶が戻るかどうかは半々の気持ちだった。
しかし、わずかでも縋れる希望があるとわかったミーシャの瞳に光が戻る。
「よし、わかった……キスは……できるかわかんないけど……もう一度、アロクロに向き合ってみる。教えてくれてありがとう!」
まだ弱弱しいが笑顔でお礼を言うミーシャに、セナの申し訳ないという気持ちゲージが限界を迎えた。
「ご、ごめんなさいっ! 本当はあなたに毒を盛って記憶喪失にさせて、あたしはアロクロ様と、あなたを王子とくっつけようとしてましたっ!」
「でも、こんな風に……人を蹴落としてまで、幸せになろうだなんて……しちゃだめだった……ごめんなさい」
ミーシャは、泣きじゃくって何度も頭を下げるセナにどう言葉をかけてよいかわからず、困った顔をする。
ミーシャの隣で、とばっちりを受けあわあわする王子に、エリザベスたちからどういうことか?と問い詰めるような視線を向けられていた。
「オレはっ、確かにきっかけになればとは思ったが、この娘の話しは半信半疑だったんだっ! 実際、何もしてない!」
「ということは殿下もご存じだったんですね、何度も言いますけど、何があっても殿下の求婚は受けませんから」
「だがしかしなミーシャ、本当にこの娘の話しを信じるのか? あの男は本当に記憶喪失になったようだが、それが口付けなんぞでどうにかなるものか? そんな男より、今となりにいるはオレじゃないか……」
そう言って、王子がミーシャの腰に手をまわそうとした時、突如として黒い光線が王子めがけて飛んできた。
しかし、瞬時にネリネが王子の前に立ち、光の盾を聖なる力で作り出して攻撃を防いだ。
突然の襲撃に王子は腰を抜かしてその場にへたり込む。
「ひっ!? な、なんだっ!?」
「ふーむ、どうやらアロクロ君だね。ほら、あそこ」
ネリネが指さした先、かなり遠い城の屋根に人影が見える。
ネリネが遠くのアロクロを眺めながらにっこりと笑う。
「よかった、よかった。アロクロ君が遠くに行ってしまっては手の打ちようがなかったが、まだこの城にいたみたいだ」
「アロクロ……アロクローー!」
ミーシャが叫んで呼ぶが、アロクロの姿はその場から消えてしまった。
「今のアロクロ君はあれだね。家出した猫みたいだ。近づけば逃げる……フフ、記憶が戻ったらこれでからかおう」
「アロクロ……どこかに行っちゃった……まさか、遠くに……」
「大丈夫、悲しい顔をしないでかわいいことりちゃん」
ネリネが慰める言葉のついでにミーシャの髪に触れると、再び黒い光線が飛んできて、ネリネは再び光の盾で難なく防いだ。
「彼は姿をみせなくとも、君が見える範囲にいるようだね。記憶がなくとも、君に何かは感じとっているのかもしれない」
ネリネは不安そうにするミーシャに優しく微笑みかける。
そして、未だにへたり込んでいる王子に手を差し出して立ち上がらせた。
「さて、これを利用すればアロクロ君をおびきだす方法は考えられる。あとは……セナ君が言ったようにどうやって口付けまでもっていくか」
「あっ、あの娘の言うことを信じるのか……というか、お前誰だっ!? ミーシャに馴れ馴れしい。というか女……だよな?」
「力づくで捕まえて拘束し続けることは、簡単じゃないな……今は毒のせいなのか、混乱しているせいか、本気を出していないようだけど……本気で暴れられたら今のワタシでは少しきつい」
ネリネにナチュラルに無視されて、王子はちょっとショックを受けてしょんぼりとした。
ミーシャは、再び姿が見えなくなってしまったアロクロがいた場所を見つめる。
「まだ、あたしのこと覚えてくれているの?……アロクロ……」




